461
その後は無事に指輪を手に入れて、若干有頂天な私です。
まあまだこの指輪は正式な婚約式までつけませんけど……それでも手元にコレがあるとないとでは大違い!
いつものように『野苺亭』に寄って夕食をとりながら、私はアルダールに疑問をぶつけました。
「でも思ったんだけど」
「うん?」
アルダールはもうつけていてもいいんじゃないかって言うんだけど、さすがにそれはどうなのかなあと思うんですよ。
一応例のアプローチ避けになるからって話なんだけどね?
「私の利用価値に気づいてアプローチをしてあわよくば……ってのは理解できたんだけど、気になることがあって」
「してほしくもないけど、まあ……気になることって?」
「私にアプローチをかけてくる人がいると仮定して、接触するためには王城内になるわけよね。……そうなると自然とアルダールとの関係が伝わるってことはないかしら」
そうしたら自然と諦めてくれるのでは?
ならそこまで気にすることもないような気がする。
あまり気にしたら、それこそ自意識過剰って思われそうじゃないですか!
でも私の言葉に、アルダールは首を小さく横に振りました。
「王城に来る立場の者はそうだと思う。だけど、授与式まで来られない人もいるからね、そういう人たちには情報が遅れると思った方がいい」
そりゃそうですね、辺境地とか王都から離れたところでお仕事をしている人たちは、移動時間も含め計算をしないといけないわけですから……ギリギリまで自分たちの職務をまっとうして来る形になるのでしょう。
今回のリハーサルも基本的に王都から割合近い領地の人たちが多かったように思いますし。
「じゃあ、授与式の後に声をかけてくる可能性があると思う?」
「……まあ、そうだと思う」
「でも王城内だとして、授与式の直前直後はさすがに無理だし……その後となると、面会を申し込まれるって形になるのかしら」
「そうだろうね」
「ならそれを断ればいいのね」
なんだ、それなら簡単です!
面会室からの連絡で知らない人は基本的にお断り……という形にすればいいんでしょう?
いや、本来はそれじゃだめだってわかってますけどね。
これがもし内宮や外宮みたいに部下を多く抱える立場となると、その関係者かもしれない……と思って断りづらいものがあります。
まあ全部が全部受け入れて面会しなきゃならないわけでもないので、用件を書面にしてもらって後日必要であれば面談の都合をつけます……みたいにお断りするのが今回に関してはベストでしょう。
「それでいいと思う。もし直接的に働きかけてくる人間がいたら、遠慮なく私の名前を出して婚約することを宣言して」
「……なんだかそれはそれで恥ずかしいけど?」
「事実だろう?」
「事実ですけど!!」
確かにまあ、それが一番後腐れがないと自分でもわかってますよ。
というか、いらんモテ期が到来したものですね……こんなことを言うときっと周囲から睨まれてしまうでしょうから、言いませんけど!
(私だってもし同僚がそんなことを言い出したら、事情を知らなかった場合は『何言ってんだコイツ』って思ったでしょうしね……)
今回のことだって私たちの事情をよく知らない人たちから見たら、私の悩みなんて『イケメン婚約者がいるのに他の人にモテちゃってるらしくてどうやってお断りしよう☆』なんてモテ自慢されているようなものじゃないですか。
この考え方が卑屈だって?
いやいや、こんなものでしょう。……こんなものだよね?
「とりあえず授与式の際、もしお声がけいただいて派閥問題に発展しそうな方とかっていらっしゃるのかしら?」
「いや、特にそういうのはないはずだ」
「そう、なら一安心……かな」
そうですよ、派閥問題があるんですよ。
エイリップ・カリアンさま程でなくともプライドが高くて私みたいな侍女に断られたって激昂する人がいないとも限らないのです。
……あそこまで酷い人はそう、いないと思いたいですけど……。
でも、いないとは限らないのです。
(今回のリストを見た限りでは地方貴族や平民でも頭角を現したメンツってところでしょうから……)
声をかけてくるなら地方貴族なのでしょう。
今回の勲章を得たことによって叙爵や陞爵……という人もいるのでしょうか。
その辺りについては詳しく知らされていないのでなんとも言えませんが、そういうのって後々に人間関係で出てくるかもしれないじゃないですか。
周囲に気を配ることも大事だと思うんですよね。
(それに、言い方悪いけど私たちの結婚については王家が応援してくださっている)
王太后さまを始め、王弟殿下やプリメラさま、王太子殿下だってご存じなわけですし。
むしろプリメラさまがいずれ嫁ぐ先であるバウム家に、お気に入り侍女である私が先んじて嫁ぐとあれば何かと便宜も図れるという国王陛下のお考えも透けて見える気がしないでもない。
まあそれはともかく!
そんな私たちの関係に割って入ろうとする人がいたら、それはそれで睨まれたりして不利益を被る羽目にならないだろうかっていうことです。
勿論それは自業自得だろうという人もいるかもしれませんが、それで逆恨みなんてされた日には……。
「目も当てられないよね」
「ユリア?」
「え? ああ、独り言」
婚約式を執り行うにも書類がまず通ってくれないと話が進まない。
それが終わらないと、私たちはまだ正式な婚約者ではないのです。
つけ込まれる隙はどこにもないと思いますが、絶対に大丈夫だと言えない……こともないか。
「そういえば気が早いかもしれないんだけど」
「え?」
食事も半分を過ぎたくらいでしょうか。
ちなみに今回は野ウサギのコンフィが美味しくてですね……今度レジーナさんにお勧めしておこう。
「ユリアは新居にどんなものがあったら嬉しい?」
「ああ、そうねえ……」
前から少しずつ、婚約が決まったんだから家も探さないとという話はしているんですよね。
なんせ、婚約が調った後も婚約式の手続きやらで忙しいのです。
私もアルダールも王城で勤めている以上、勤務が公務に被らない日を選ぶのが大前提ですし、その後は結婚式だってしなくてはなりません。
しかも少なくともプリメラさまとディーン・デインさまが結婚するまでの間に私たちは結婚していろって話なので……色々と慌ただしいんですよ!
ただまあ、私もアルダールも家を借りること自体は初めてなので戸惑いがあるっていうか……でもこういうのって新鮮で楽しい。
「……アルダールの同僚が来るかもしれないことを考えて、玄関は広めの方がいい?」
「来なくていいんだけど」
「そんな即答しなくても」
騎士ってそういうイメージあったんだけど、違うんでしょうか。
まあそれはともかくとして、私としてはそうですね……。
「キッチンはそれなりに充実してると嬉しいかなあ」
「使用人を雇った方がって言ってたけどそれは?」
「時々は料理がしたいから。……でもそうね、使用人は住み込み? それとも通い?」
「通いの方がいいんじゃないかな。私たちが城に詰めっぱなしのこともあるだろうし」
「それなら逆に住み込みでいてもらった方が防犯上いいんじゃないの?」
あれこれと意見を出してみるものの、総合すると今度は予算がね……という会話に落ち着いてしまうのはきっと新居探しあるあるですね!
決して我々が薄給とかそういうことじゃないぞう!!




