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その後、私の部屋に移動してアルダールには少しだけ仮眠を取ってもらうことにしました。
不満そうでしたが、隈作っといて出かけるのも心配じゃないですか。
まあ、出かけないで指輪は後日でも……という提案もしたんですが、それはアルダールによって強く却下されてしまったので。
(そりゃ、指輪は嬉しいけどさ……)
慌てなくてもよくない?
そう思ってしまう私は乙女レベルが足りないんでしょうか。なんだ、乙女レベルって。
それはさておき、まあアルダールからしたら例の〝アプローチ〟に対する牽制をしたいってところですかね……。
わたしが婚約したとか、恋人がいるとか、その辺の話題が王城内で終わって地方にまで知られていないっていうのはしょうがない話だとは思うんですが……。
それでも確かに余計な問題が起きる前に、指輪一つで解決するならその方が手っ取り早い気もします。
あんな話を聞いた後だと一人でうろうろ歩くのは気が引けますしね!!
(しかし私のベッドに寝かせるべきじゃなかったな?)
半ば無理矢理私の部屋に連れて来て、そのまま騎士服のジャケットを脱がせて仮眠を取れと寝かしつけたのはいいものの……これってかなりマズい絵面では。
恋人が、夜に、自分の部屋で無防備に寝てる! 可愛い!!
違う、そうじゃない。
(……自分の部屋で寝て貰えばよかったんじゃない?)
アルダールだってそう思ったから最初は遠慮しまくってたもんね?
まったく気付きませんでしたが何か! ポンコツか私は!!
でも最終的には折れて寝てくれたんだから、アルダールは優しい。
それとも実はすごく眠かったのかな?
絶対に一時間経ったら起こすこと、とそう約束をしているので私は眠る彼の傍らで本でも読んですごそうかなと思ったわけですが……ふと、彼のジャケットに手を伸ばしてみました。
騎士服はもう何度も間近で見ているし、なんなら王女騎士隊のみんなのものも見ていますからよく知っています。
でも手に触れてというのはなかったので、ほんの少しだけ好奇心が……!!
(へえ、こうなってるのか……)
王城の数ある騎士隊の中でも王宮勤めの騎士、王子騎士隊や王女騎士隊ともなればやはり機能性だけでなく、美しさも求められますからね……。
なんせ王族の傍に控える騎士がみすぼらしい格好なんてできないでしょう?
それに加えて彼らが他の騎士に比べると多少装飾品が多かったりデザイン性が高いのも、それだけ国が富んでいるというのを見せつける……まあ言っては何ですが、モデル的な役割もあるのです。
(わあこの飾り紐、絹じゃないですか! えっ、こちらのチェーン結構な重さなんですがこれメッキじゃなくてまさか純金?)
預かった時にも随分ずっしりしているなあとは思いましたが……いやはや、彼らはこれを着てあんなモンスターとも戦っているのですね……。
いえ、王宮の騎士たちはその壮麗さを誇るために騎士服が布鎧としての役割を果たしていると聞いてはいますが……防火性にも優れ、軽い矢は通さないという話です。
さらに遠征に行く時はこれにマントが加わると防御力があがるって話なので、きっとあれも重いのでしょうね。
えっ、すごすぎでは。
(知識ではわかっていても、やはり触ってみると違うなあ……)
騎士たちには感服ですね。
今度レジーナさんにも騎士服を見せてほしいと言ってみましょうか?
「……」
ひとしきりチェックして満足した私は、もう一度ハンガーにアルダールのジャケットを戻そうとしてしげしげと眺め……いや、うん、それはよくない。
よくないけど……今はアルダールも寝てるし、ちょっとだけ。
うん、ちょっとだけ……。
「おっきい」
そして重い!!
実際に着てみるとずっしりとした重みに思わず笑いが出てしまいそうです。
おっといけない、起こしてしまう。
腕周りなんかはかっちりしている服に見えて案外動かしやすく、まあそれも騎士のための服なんだから当然ですが……意外と私が着ても動けるので、色々な面で考えられているものなのでしょうね!
(実は一度着て見たかったのよね!)
私は争い事などには向かない性格なので、騎士を目指す……なんてことはこれっぽっちも考えたことはなかったんですが……憧れるくらいはいいじゃないですか。
まあ、プリメラさまの侍女であることが誇りなので、これはこれ、それはそれです。
アルダールのジャケットを羽織ったまま姿見の前に立ってみれば、当たり前ですが侍女服のお仕着せの上に騎士のジャケット、似合うはずがありません。
それも含めて何だかおかしくて声を殺して思わず笑っていると、鏡越しに視線が合いました。
「あっ……」
「楽しそうだなあと思って」
「アルダール……!? いつから!?」
「いや、今さっき。ユリアが鏡の前に立ったくらい、かな?」
ぐっすり寝てるから大丈夫だと思ってたら起きただと!?
これは……これは迂闊でした! なんというところを見られてしまったのでしょう。
子供のような振る舞いをした自分を思うと、猛烈に恥ずかしくて堪りません!!
「着てみたかったんだ?」
「わす、わす、忘れてええ……」
思った以上に情けない声が出てしまい、余計に泣きそうです。
そんな私を前にクスクス笑ったアルダールがベッドから身を乗り出して、私の手を取り引き寄せました。
二人分の重みにベッドが少しだけ軋みましたが、そこは王城の備品、しっかりしたものです。いや違うそうじゃない。
「ううう……恥ずかしい……」
「可愛かったから私としては役得だったけどね」
後ろから抱きしめられる形でそんな風に言われると余計恥ずかしいんですけど!?
顔から火が出るような思いとはまさにこのことだ……!!
「ああ、でも」
「……」
「結婚したらこういう光景が当たり前になるんだなあと思って」
「それは……」
言われてみれば、まあ?
ベッドに眠る夫とか、一緒に暮らしていれば当たり前ですよね。
で、お互いのコートとかジャケットを取ってあげるとか、かけてあげるとか……いや、使用人を雇えばそちらにお任せするんでしょうが。
私たちの身分と収入から考えれば雇えないこともない、というか雇った方が無難でしょう。
信頼のできる侍女……はさすがに厳しいので、一般のメイドさんに通いで来てもらうか、住み込みか。
なんせ私たちは揃って王城に詰めているし、勤務時間も色々パターンがありますし。
重要なものは王城に置くとしても、そう考えると日中誰かが家にいてくれた方がいいんだよなあ。
「それじゃあ、指輪を取りに行こうか」
「え? あ、そうね!」
「……どうしたの?」
「いいえ、結婚したら……ってアルダールが言ったけれど、使用人はやはり雇った方がいいのかしらと思って」
「ああ。……まあ、家の規模によるんじゃないかな。町の警備隊が巡回するルートとかなら日中強盗の押し入る率も低いと聞くし」
「そうねえ」
「そういうことも考えないといけないね」
「……バウム家からの贈り物は要りませんからね?」
あんな豪勢な家を贈られても本当に持て余すので!!
私がそのことを暗に示せばアルダールもすんっとした表情で「勿論」と応えてくれたのでした。




