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「……なんだったんでしょうねえ……」
呆然と呟く私に、アルダールは不満そうな顔をしていました。
ヤキモチだとか不安だとか、そういう感情ではないことくらいわかりますが……アプローチと言われても私にはピンと来ませんが、彼からしてみていい気分ではないでしょう。
私だってアルダールが目移りしないとわかっていても、可愛い女の子に囲まれたりしたら嫌な気分になりますからね!
「……あら?」
そんなアルダールを見ていたら、ふと、こう……違和感が。
思わず手を伸ばして彼の目元に触れると、アルダールは私の行動に目を丸くしました。
何その表情可愛い。
「ちょっと屈んで?」
「え? うん」
大人しくされるがまま屈んでくれたアルダールをジッと見る。
普段通りではあるものの、そこにはうっすらと隈が見えるし……何より、さっきからずーっと感じていた違和感の正体を理解して私は首を傾げた。
「……いつもはつけていない香水」
「え」
「それと何か、口腔用の薬を使ってる? 具合が良くないの? それなら出かけずにまずは医務室へ……」
そう、それだ!
なんかアルダールと一緒に歩いていて違和感を感じてたんだよね。
抱き寄せられてそれがより一層強まったけどアプローチ云々でびっくりしてしまったけど……。
隈ができていて、体臭・口臭を誤魔化しているってことは具合が悪いってことじゃないのかなと思うんですよ。
そりゃ指輪のことは気になるけど、大事なのは大切な人の体調ですよ勿論。
ちなみに口臭云々ではこの世界にも口腔用の薬ってのがあって……要するに口の中を洗浄するための薬剤でミントを含んでいてさっぱりするってやつなんだけども。
二日酔いの人なんかも使うけど、強めのお薬は匂いがするものがあるので、それを誤魔化したりするのにも使われるんだよね。
主に痛み止めとか。
騎士隊で用いる内服薬はすごい効くらしいけど、同時に匂いと味も強烈だってのは有名な話。
アルダールは騎士だから私に言えない仕事もあるし、重労働なこともあるから……もしかしてそれかなってピンと来たわけですよ!
(あら? でも最近はそんな出動聞いたことないし……表彰を控えた騎士をそんな危険な場所に出すかしら)
余程のことがない限り、他の騎士たちで対処するものですよね?
アルダールの方を見ると、彼はなんとも言えない表情をして視線を彷徨わせ、そして大きなため息を吐きました。
「いや……これは、その……」
「アルダール?」
「怪我じゃないんだ」
「え?」
「……その、明け方まで飲まされて」
「ええ?」
「色々とこう、やっかみとか、まあ、あるんだよ」
とても言いづらそうなアルダールでしたが、私の部屋へ移動した後にちゃんと教えてくれました。
婚約が内定した旨を隊長に報告したところ、近衛騎士隊でその日にいた方々にもベイツ隊長が発表したんだそうで、祝福して貰えたそうです。
まあ、ベイツ隊長はもう私たちが婚約するであろうことはご存じでしたし、ご挨拶済みなんですが……これを機に他の近衛騎士隊の方々にも知っていただこうということだったんでしょう。
「でも、なんでそれで朝まで飲み明かして……?」
「うーん……。あまり、私としては話したくなかったんだけど」
言いづらそうにしつつもアルダールは私から水を受け取って、苦笑しつつも話してくれました。
それによると、近衛騎士隊の方々でも私を口説こうとタイミングを狙っていた人たちがいたんですって! ええ、初めて知りました!!
「ユリアはほら、王女宮にずっといたからね。近衛騎士隊との接触はほぼなかっただろう? あるのは公式行事くらいだけど、王女殿下はまだ公務に参加しておられなかったから、大きな行事だけだった」
「え、ええ」
「だからね、今回地方の面々が声をかけるタイミングを探していたように、近衛騎士隊の中にもそういう人たちがいたのさ」
いや、うん、まあ。
正直なところをいえば確かに私は、釣書を書いたら結構な経歴だと思うんですよね。自惚れではなく。
地方とはいえ領地のある子爵家の娘で、王女のお気に入りで、その関係で王家の方々からも覚えがいい。
さらには筆頭侍女としての教養と礼儀作法を兼ね備え、王宮に出入りするレベルの商会の、それも会頭とも顔見知り。
(貴族家の男性だったら、家を任せるに足りる女性ってことになるよね……)
見た目とか中身はこの際考えず、家にとって利があるかないかで考えたら私は超がつく優良物件だったわけですよ。
まあ、自己評価的にはそんな風に思われるととても困るんですけど……その辺は置いておくとしてね!!
「私が十八才の時に入隊したのも最年少と言われていたことは知っていると思うんだけど」
「ええ、それで期待の新星って言われたんでしょう?」
「……どちらかと言えばバウム家の七光りって言われている方が多かったと思うけどね。まあそれはともかくとして、基本的には近衛騎士隊は知っての通り貴族出身しか所属できないこともあり、実力を求められる部分も大きいから騎士隊から選抜される。なので、二十代半ば以降の人が多いのさ」
「そうですね」
「まあ要するに適齢期だからね、近衛騎士ともなれば妻に求めるところもある程度高望みしがちっていうか……」
「まあ貴族出身者の集まりですし」
勿論、国家のために……という気概もあるでしょうが、この国の騎士たちの中でも選り抜きの集団であるという矜持もあるからでしょうか。
立ち居振る舞いも綺麗ですし、実力は折り紙付き。
一般騎士でもそこそこモテますが、近衛騎士隊となればそりゃあモテまくるってもんですよ。
ただまあ、国王陛下直属の部隊でもある以上、家族についても調査が入ります。
となれば当然、お付き合いからその後結婚に至るかもしれない女性なんて念入りチェック対象なワケで……。
(そういう点でも私はクリアしているってわけね)
なんせ王城勤務っていう確かな証明がありますしね!!
で、さっきの話を聞いていて思ったんですよ。
確かにプリメラさまと共に私は王女宮にずっといたわけです。
王宮暮らしだと当然ですが、生活範囲はとても狭く……安全面のことも考慮して接する相手は限られてくるというものです。
勿論、侍女である以上他の宮の侍女や、警護の騎士たちと顔を合わせることくらいはありますが……親しく言葉を交わすかどうかと問われると、それはなかったですね。
そういう意味で、私が目立ったのはあの社交界デビューです。
私の存在はそれまで〝鉄壁侍女〟として可愛げのない女、ただそれだけだったと思います。
いえ、その段階でも結婚相手としてはまあまあ価値があったのでは?
単に私という人間と接する機会がなかなかないってだけで。
おそらく社交界デビュー後、茶会の誘いなどは当面の間、王太后さまたちが遮断してくださる……とのことだったので、そこには見合いも含まれていたのでは。
王太后さまの指示があったなら、うちの両親だって安心して断りの手紙を書けるでしょうし。
(……私が知らない間にまた守られてたんだなあ)
ただまあ、今はプリメラさまが公務をなさるようになり、外に出る機会が増えて、同時に私も人の輪を広げるということで……つまり、他の方々にとっても機会ができたと、まあそういうことなんでしょう。
「それでまあ、酒を付き合えって言われて断れなかった」
「大体察しがついたわ、でもケガじゃなくて良かった」
「……酒は別に弱くないし、構わないんだけどこう、リハーサル中に匂いをさせるわけにもいかなくて。心配をかけたかったわけじゃないんだ」
最終的に射止めたアルダールに対する祝福と、そして小さな妬みを込めて酒を振る舞われたと、まあそういうことらしいです。
アルダールは苦笑しつつも、どこかホッとした様子の笑みを浮かべていました。
「後ろ暗いところは何もないけれどね、ユリアがそんなことを欠片も考えずに心配してくれて嬉しかった」
「でもこういうことなら正直に今度から先に話してね?」
こっちの心臓がもたないでしょう!!




