458
(はあ~~、疲れた……!!)
今日は授与式のリハーサルでした。
といっても国王陛下は不在ですけどね。
あくまで周囲の人間がきっちり段取りを覚えて優雅な振る舞いで陛下の邪魔をしないように、頭と体にしっかり叩き込んでおけ……って感じですよ。
といっても勲章を授与される側であるアルダールたちは基本的には平伏して陛下のお言葉に耳を傾け、名を呼ばれるまでその場でずーっとその姿勢ですけどね。
功績を読み上げる人がいて、私が陛下の傍に控えて該当する勲章を差し出すっていう流れですが……どれがどの勲章かをしっかり覚えておけって言われたけどパッと見た感じが全部似てるんだよなあ!!
いや、勲章ってこの国にはすごい数があるんですが……その中でも今回の授与式はこの式で与えられたとわかるものにするため、意匠は全く同じですが埋め込まれている宝石が違ったり、勲章に使用されるリボンの色が異なったりとまあ小さな違いなんですね。
(……一応間違えないとは思うけど、当日緊張のあまりにやらかしたらどうしよう……!)
そうしないためのリハーサルだとわかっちゃいますけど!!
でも緊張するなって方がおかしな話なんですよ。
プリメラさまもいらっしゃる手前、絶対に失敗はしたくありません。
というか、できません。
色々な意味で人生終わっちゃう!!
いやいや、冷静になれば大丈夫……いざって時はフォローしてもらえるって話だし、基本的には一室の中での話。
「ユリア」
「……アルダール」
「疲れた顔をしてるね」
「リハーサルを重ねれば重ねるほど緊張してしまって……」
授与される側も参加できる人はリハーサルに参加なので、アルダールも勿論そうです。
さすがに地方住みの方については、こちらに来るまでの段取りを記した書類を熟読しておくようにということらしいですが……まあその分、王都に近い人たちが完璧にこなしてフォローしろってことなんでしょう。
まあ、祭礼用の一室で一段高いところからアルダールを見るっていうのはとても不思議な光景で、ちょっとだけ特等席気分を味わったのは内緒です。
ここで国王陛下から勲章を受け取るときの彼はさぞかし素敵でしょうし、これまで縁がないと思っていただけでアルダールがイケメンで人気者であることは知っていましたからね。
そりゃもう、今の私はドキドキしちゃうんじゃないでしょうか。
(当日、見惚れて挙動がおかしくなったらどうしよう)
他の心配が生まれるとは思わなかったな!
……多分、緊張の方が勝るんでしょうけどね……。
「今日この後時間が取れるかい」
「ええ、私はこの後もう入っていないの。みんながリハーサルで疲れているだろうからって気を利かせてくれて」
「私もだ。……じゃあ、これから城下に行かないか?」
「城下に?」
「ああ、そろそろ指輪が――」
「バウム卿!」
アルダールのお誘いの言葉を遮るようにして私たちの背後から声がかけられました。
呼ばれたのはアルダールだけど、思わず私も一緒に振り返ってしまいましたが……そこには、見慣れない若い男性の姿が。
リハーサルに参加していたので、彼もまた授与される……つまり表彰されるに値する功績を持つ人物です。
服装から察するに、文官でしょうか?
少なくとも王城勤務の方ではないようですが……。
「す、すみません! お話し中……」
「いや。……確か、貴殿は」
「はい! 今回授与式でご一緒させていただく者です!!」
ニコニコと笑う姿はまだどこかあどけなさを残す人で……そう、確か地方でモンスター騒ぎの際、補給物資を途絶えさせず民間人の救助に当たって功績を出したんでしたね!
いや、そこそこ人数いるんですよ授与式って。
さすがに全員の顔と名前と功績を一致させるのって難しいです。
王城内で働いている人ならなんとか……ってところですかね!
「それで、私に何の用かな?」
「お礼を申し上げたくて」
「……え?」
「お役目とは重々承知しておりますが、バウム卿によって我が故郷の被害がなくなったと実家から聞き及んでおります」
「それは」
アルダールが目を瞬かせながら、困惑しているのを私はちらりと見上げておりました。
彼からしてみれば、バウム伯爵さまから言われて功績のために……いえ、勿論騎士の役目の一つとして各地のモンスターを退治して回ったのでしょうが、こんな風に感謝されるだなんて思ってもいなかったんでしょうか?
もしこれがファンディッド子爵領で、領兵で対処できずに被害ばかりが増えるモンスターを退治してくれた人がいてくれたなら、やはり私も会えたときには感謝の言葉を述べていたと思います。
そのくらい、アルダールがしたことは、故郷を思う人からしたら大きなことですから。
「故郷では自分の父親が領主として、モンスター退治の指揮を執っておりました。ですが、押されるばかりでむしろ父の身が危うかったと聞いています。その際にバウム卿が現れ倒してくださったと」
「……」
「領主の息子として領民に代わり、そして父を救ってもらった息子として改めてお礼申し上げます。……ありがとう、ございました……!」
「いや……」
「すみません、リハーサルでまさかお目にかかれるとは思っておらず、不躾にも声をかけてしまいました」
ちらりと私に視線を向けて本当に申し訳なさそうな顔をするものだから、私は思わず笑ってしまいました。
こんないい話で呼び止められたなら、文句なんて言えるはずがないでしょうに。
「いえ、大丈夫です。ね、アルダール」
「あ、ああ……」
思っていたのと違ったことと、ストレートな感謝にアルダールは困惑して……少しだけ、照れているようです。
まったくもう、これからもきっとこんな場面がたくさんあるっていうのに!
この人はこんな風に誰かに感謝されることって少なかったんでしょうか?
まあ、次期剣聖なんて呼ばれて期待ばかり大きいものだから〝できて当たり前〟みたいな扱いをされることも多いのでしょう。
私も仕事ができるんだろうからって感じでプリメラさまの専属侍女になったばかりの頃、他の侍女に雑務を押し付け……じゃなかった、頼まれることがそこそこありました。
その時はやったところで『またお願いね』だけでお礼なんて言われなかったなあ……。
(まあその後、筆頭侍女になったからあの時の先輩侍女たちから仕事を押し付けられることもなくなったけどね!!)
そうやって考えると素直に感謝を言われるってのは結構面映ゆいものなのかも?
照れるアルダールがちょっぴり可愛いなんて、思わずニヤニヤしちゃいそうですがそこはぐっと堪えてみせました。
気付かれたら最後、後が怖いですし?
目の前でアルダールに感謝をする彼にも王女宮筆頭が変な表情しているところを見せる訳にもいきませんし?
「そういえば、あの、余計なお世話かもしれませんが」
「……どうかなさいましたか?」
「バウム卿と王女宮筆頭さまはお付き合いをされていると兄から聞いておりますが、此度の授与式の参加者で地方の者の中に、王女宮筆頭さまにその、アプローチを試みようとする者がいるようなんです」
「……えっ?」
なんだって?
アプローチ?
思わぬ言葉に私が虚を衝かれて間抜けな表情になったところでアルダールが私のことを抱き寄せました。
その顔は私には見えませんでしたが、きっとあまりいい表情ではなかったんでしょうね、目の前の彼が慌てたように手を振っています。
「あっ、いえ! 地方の者はやはり情報に疎く、自分は兄から聞いていたので知っていただけなので……王女宮筆頭さまは多くの方と繋がりもある才女で独身ということで、地方に来ていただければと思う者が今回をチャンスだと……」
「そうか。助言ありがとう」
恐る恐る私もアルダールのことを見上げましたが、笑顔が怖い。
そのことに目の前の地方文官さんもそう思っているんでしょうね、慌てて会釈して去って行きましたよ。
「ええー……アプローチ? なにそれ……」
思わず呟いてしまいましたけど、それだよね!!




