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商人が来るということで侯爵さまと並んで座るプリメラさまは、すっかり落ち着きを取り戻されてディーン・デインさまに贈るペン軸がどのようなものが良いのか楽しげだ。
侯爵さまも「ガラスペンなどいかがかな? さほど流通しておらぬが、なかなかにあれは趣があって私は好きですよ」などとこちらも楽しそうに答えている。
商人の到着を告げるメイドの声に、平伏した男性が続いた。
その男性は、私にも見覚えのある方なのでご挨拶したいところだがまあ、それは後程。
いくら非公式でフランクな場とはいえ、王族がいる場所なのだから気軽さばかりが目立ってはいけないのだ! なによりお仕事中ですから!
「さ、王女殿下。こちらは私も懇意にしている商人のロベルトと申しましてな。なかなかに良き品を紹介してくれる男なのです」
「まあ、侯爵の? それは頼りになりますわ!」
商人の前だから、準公式として捉えたのか。
侯爵さまが“王女殿下”と呼んだことでプリメラさまも侯爵さまを官位で呼ばれた。
「ロベルト・ジェンダ。それがこの者の名にございましてな、ジェンダ商会の会頭を務めておるのです」
「……え……」
プリメラさまが商人が誰であるのか紹介されて、驚いた顔のまま後ろに控えていた私を勢いよく振り返る。
うんうん、侯爵さまと考えた甲斐がありました。ってことで私は涼しい顔で立つのみです。
流石に感動の祖父と孫の対面と言うわけには参りません。例え侯爵さまといえど、越えてはならない一線というものがあります。
けれど懇意にしている商人を、招いた客人に紹介するくらいは問題ないのです。
だってそうでしょう、お客人が欲しいものがあるんだと家主に相談した、だから家主はお客人の為に商人を呼びつけた。ただそれだけの話なのです。
「えっ、でも、あの、ユリア? あの、この方……この方って私のおじ」
「プリメラさま、侯爵さまのご厚意でペン軸のサンプルをいくつか持って来させております。お手に取ってご覧になりますか?」
「ユリア……?」
「ジェンダ商会の会頭どの、品を拝見してよろしいですか」
「はい」
顔を伏せたまま、老人がそれでもはっきりとした声で応じた。
侯爵さまがジェンダ商会の会頭に、どんな風に説明してここに来てもらったのかまでは私は知らない。
けれどもお二方の前にしっかりと膝をつき、顔をあげないその人が、いつになく緊張していることくらいは私にもわかった。
これはきっと私の独りよがりの我儘だったんだと思う。
孫に会いたいと願った老人と、自分の本当の祖父について少し興味のある女の子。
ちゃんと一度でいいから会わせてあげたい、なんていう。
結局祖父と孫としては触れ合えないのだから、不完全燃焼もいいところなんじゃないのか。
そう思わないわけでもなかったけれど。正解があるわけでもなし、私の勝手なんだろう。
「……御身の前までお持ちしてもよろしいですか」
「え、ええ、お願いユリア。……あと、会頭に、顔をあげるように、……」
「はい。王女殿下のお許しが出ましたので、顔をお上げください」
「ありがたき、幸せに……」
空気がちょっと重い。
だけれど、顔をあげた会頭の顔を見て私は内心ほっとした。
ちょっと潤んだ目で、穏やかな表情だ。プリメラさまを見る目は……幼いころのご側室さまを思い出しているのかしれない。
私は会頭から受け取った商品の箱をお二方の前に開いて出した。
引き出しみたいになっているトランクなんて初めて見た……きっとこれ、特注品だわ。
こういう風に商品を見せるのにはきっといいのよね。
高級品の軸だけを持ってきてくれたのだろう、ビロード張りの引き出しの中には上段が木材、中段が石材、下段がガラスペンだった。
私は一般的な金属のつけペンを愛用しているのだけれども軸が金属で羽が飾りで付けられるタイプのものを使っている(羽の部分が付け替えできるので気分で色んな羽を使えるというオシャレアイテムだ!)。
でもこのガラスペン! これはいいなあとちょっと思った。でもきっとお値段、高いんでしょう?
勿論この場で金額なんて野暮なものは出て来ない。
これいいわね、じゃあこれをお届けします。うふふあはは。
そういうもんなのだ、上流階級って。
勿論支払いは滞りなく。値段を知るのは使用人の務めであり、財務官がその家の財布の中身と相談して今後何とかしていくものなのだ。
プリメラさまの場合は国庫の中の、王女宮で使える予算の中で、ということなのだけれども。
この方はあまり散財なさるわけではないので十分お金はあるはずだ。
というか、正妃さまが倹約をよしとしているので先代よりも財務官たちが厳しくはあるんだけどね。
しかしこのガラスペン、いいなあ……色んな色ガラスのがあるよ……。
あっ、青いの素敵。緑のも捨てがたい……スタンダードなのもいいけど、わあ、軸の端に意匠が凝ってるなあ……宝石軸のほうもすごくいいけど……これは目を奪われるわ! これ金箔入りなのかな、どうやってるんだろう……。
「いかがですかな、王女殿下。私などもガラスペンは愛用しておりましてな。ロベルトの知人に腕の良い硝子職人がいてこのようなものができるのだそうです。ご要望とあれば、オーダーメイドも勿論可能ですし色も選べましょう」
「素敵だわ……そう思わない、ユリア」
「はい、とても」
プリメラさまの目がきらきら輝いている。
そうだよねー素敵だよほんと。ガラスペンだとインクをつけてすり減ったら捨てるペン先と違って、長く使えるらしいよ。会頭が侯爵さまに言われて説明してた。
しかも水洗いだけでいいらしい。なんと……。
「もっと鮮やかな青い色のものが欲しいわ。晴れた夏空のような色。贈り物なの。できるかしら」
「かしこまりましてございます。職人に疾く作るよう、申しつけておきます」
「そう。……ありがとう、ジェンダ商会の会頭、ロベルト……」
「勿体ないお言葉にございます」
この邂逅が2人にとってどんな位置づけになっているのかはわからない。
けれど、どうやら悪いようにはならなかったみたいだ。
プリメラさまの表情はちょっと固くて、でも多分これはどうしていいかわからないんだろうと思う。
手放しで喜ぶとまでは思わなかったけれど、喜ぶかなと思っていた侯爵さまも少し困ったようだった。
いや、プリメラさま、多分これは嬉しいんだろうな。
嬉しいけど、身分の問題で祖父として認めるわけにはいかないし、孫と呼んでもらえない寂しさを感じて色々な感情が混じりあったのかもしれない。
ただ感情のままに動いてはいけない、という先々まで考えられる聡い王女としての部分が流石です、プリメラさま!!
「それでは、品物は王女宮へとお届けさせていただきます」
「……ええ、その折は会頭自ら届けて。いいわねユリア」
「かしこまりましてございます」
プリメラさまの言葉の意味は、また会いたいってことなんだろうなあ。
前から会いたいって言っていたから……会頭の方も、無言でただ頭を下げていた。
ジェンダ商会の会頭はこの領からだとちょっと遠いところに住んでいるから来てくれたことに感謝したいけれど、私はプリメラさまの傍を離れるわけにはいかなくて。
部屋から出る会頭を見送る形で「今日はありがとうございました」とこっそり言えば、「良いってことよ、俺と嬢ちゃんとあの旦那の仲だ。……むしろ、ありがとうなア」といつもの好々爺の顔で笑って去って行かれました。
……私の我儘でしたけれども。
悪くはない結果だと、感じました。
というか今更気が付いたんですけれども、あの方……ロベルトというお名前でしたのね。
いつも会頭とお呼びしていたのですっかり失念しておりました!
こうしてプリメラさまと私たちの避暑地生活は、終わりを迎えたのでした。
これにて避暑地編(夏)終了です!
次回からちょっと他者視点を挟んで、王城生活に戻りたいと思います!
それと更新を3~4日ペースにしたいなと思います。