456 その愛情は甘いのか、それとも
今回はなんとリード・マーク・リジル視点です
「それで?」
「うん? なんだい、アラルバート」
僕がにっこりと笑えばアラルバートは気に入らないとでも言いたげに半眼でこちらに視線を向ける。
決して不機嫌だとかそういうわけじゃないんだけど、そういう顔がいけないんだよなあと思いつつ、僕はそれを教えてやらない。
この幼馴染は周囲からの重圧を一手に引き受けざるを得ない立場で、大人たちの期待に全て応えてきた器用なヤツだ。
そして、その分、感情表現がとても不器用なヤツでもある。
(そこがまあ、面白いんだけどね!)
僕……リード・マルク・リジルは王家御用達のリジル商会の跡取り息子であり、国王と商会長である僕らの父親たちが個人的に友人でもあることから自然と友達となった。
まあ世間から見るとリジル商会の息子は幼い内から王太子に気に入ってもらうため媚びへつらっているんだろうと思われがちだけど、実際のところは僕らの立場は同等だ。
そりゃまあ、表舞台じゃしっかりとした身分差があるからそうじゃないけど。
「はいはい。アラルバート、いつも言ってるだろ? もっとちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないって」
「……ふん」
「それで、ええと……そうだなあ。あのお嬢さんとはちゃぁんと婚約のご挨拶させてもらったよ。うん、なかなか面白そうな子だよね、僕は気に入ってる」
「……正気か……?」
「ちょっと、ひどくない?」
最近、僕にも婚約者ができた。
巷で噂の〝英雄〟の娘、ミュリエッタ・フォン・ウィナー男爵令嬢だ。
薄紅色の髪、鮮やかな緑の目、自由闊達で朗らかな人柄に加えて頭脳明晰、おまけに回復魔法まで使えるときたもんだ。
教育が追いつかないせいでちょっとだけお転婆が過ぎたため、上層部からは相当目をつけられている……とまあ、ここまでは少し調べれば誰だってわかる話。
僕と彼女の婚約はまだまだ内々の話だ。
なんたって、彼女は学生だし? 僕もまあ、商会の跡取りとして修行中の身だしね。
「……お前はそれで良かったのか」
アラルバートが少しだけ痛ましいモノを見る目で僕を見る。
あの子は随分と嫌われているらしい。
損な厄介者を僕は押し付けられたのだと彼は思っているからこそ、案じてくれているのだろう。
もし僕がここで『ちょっと手に余る』とか言い出したら、彼なりに婚約を解消できるよう、裏で動いてくれるに違いない。
冷酷だのなんだの裏じゃ言われがちだけど、アラルバートって男は基本的にいいやつなんだよね。
ただ、大人たちに負けないだけの知識とそれを使うだけの能力、子供と侮られないために被った仮面が脱げなくなってしまったってだけの話。
(まあ……あの有能王妃様の一人息子として、期待されてちゃしょうがないけどねえ)
国王の愛情は、今は亡き側室が産んだ娘だけに注がれる。
王として民の理想に背かぬよう、子供たちに不自由なく……そしていずれ民を導く者として十分な教養を得られるようにと育ててくれてはいても、それがアラルバートにとってどうだったのか。
(幸いにも兄妹仲はいいみたいだし、それのおかげでコイツも捻くれずに済んだんだろうねえ)
その裏にはあの侍女の姿がちらついていたみたいだけど。
おかげで僕は親友の悲しむ顔を見ることが減ったんだと思えば、割と感謝しているんだよ。
「アラルバートには言ってなかったっけねえ」
「……何がだ」
「あの子を婚約者にしようって言い出したのは僕だよ」
彼女……ミュリエッタ・フォン・ウィナーの扱いは難しい。
粗雑に扱えば民衆の不信を買い、かといって重用するには自由奔放、さりとてその羽をもいで希有な治癒能力を失われても困る。
楔の一つとして父親を国で囲い、彼女を令嬢として囲ったはいいもののなかなかの跳ねっ返りだ。
これで頭の中が空っぽでちょっと褒めてやるだけでホイホイ言うことを聞いてくれる可愛い女の子だったなら上層部としては大変ありがたい存在だったのだろうけれど……ミュリエッタという少女は、良くも悪くも中途半端に賢かった。
だからまあ、自由にさせとくよりは結婚させちゃった方がいいだろうってことになるのはわかりやすい方法だよね。
ただ、誰が引き取るかってなるとまた話がややこしくなるわけで。
「お前が?」
「なかなかイイ話だろう?」
「……確かに、身分も高すぎず、だがそれなりに資本がありウィナー家の今後にも繋がると考えた時に最も適してはいるが」
「まあ、そういうこと」
「だが」
「別に自己犠牲とか、彼女の知名度とかが必要で……とかそんなんじゃないから安心してよ」
「……本当か?」
「本当だって! やだな、アラルバートは心配性が過ぎるよ」
うちの父親に話が回ってきた時に、念のためどうかって聞かれたときに一も二もなく僕が受けるべきだと進言したんだよね。
父親は少しだけ驚いた顔をしていたけど、僕がそうすべきだと言ったことに重きを置いてくれた。
その理由を、僕は誰にも語っていない。
「挨拶した時には随分驚かれたけどねえ。可愛い子だったし、僕としては文句は今のところないよ」
「……お前がいいなら、いいが」
「それに僕も今のところ商売の勉強が忙しいからね、彼女には自由に学園で学んでいてもらっていた方が何かと都合がいいのさ。ああ、一応婚約者らしく定期的に接触はするし、夜会も連れて行ってあげるくらいはするよ」
「……そうか」
「あとは、そうだなあ。いずれは商売に関わってもらうこともあるかもしれないから彼女にもできそうなことを探しておいてあげようかな」
期待しちゃいない。
あの子はあの子でいてくれればいい。
初めて挨拶をしに行った時、自分が誰と婚約をしたのか知ったミュリエッタのあの表情はなかなか見物だった。
きっと今頃はあれこれと考えを巡らせている頃だろう。
(いい加減、初恋を諦めたかな? それとも悪あがきを続けるかな? まあなんにせよ、どんな風に踊ってくれるのか楽しみだなあ!)
好きにすればいい。余程のことになる前に、なんとかはしてあげよう。
あの子は自由に振る舞うのがいいんだ。少なくとも今はね。
だけど、そんな僕の気持ちを語ろうとするならばきっと誰にも理解も、共感も得られないに違いない。
長い付き合いのアラルバートにだってね。
「随分、悪い笑いをしているんだな」
「ええ? そうかなあ」
「自覚なしならタチが悪い」
「アラルバートに言われると傷つくよ」
言いながら僕は僕でアラルバートの前だからだなんて思う。
決してそれを口にすることはないけど、きっと彼もわかっているからあえて言葉にしたんだろうし。
まあ、そうだなあ。
「僕はあの子が好きだよ。ちゃんと恋愛的な意味でね」
「……なら、いい。お前が幸せなら、こちらとしても安心して祝福できる」
「あはは、なにそれ。でもありがとう」
アラルバートには理由を教えてあげてもいいかもしれない、親友だしね。
時期的にはもう少し後の方がいいかな、ミュリエッタが無事に学園を卒業したくらいがベストかな?
ミュリエッタの行動次第で、彼女には理由を先に教えてあげてもいいかもしれない。
(ああ、そうだ。帰り道でチョコレートでも買って贈ってあげよう)
とびっきり、ビターなヤツをね!




