449 あたしは悪くない
ってことでミュリエッタさんです。
ああ、どうして。
どうしてってこの言葉も、何度も心の中で頭の中で繰り返し繰り返しあたしに問いかけてくるけど、あたしが答えを知りたいのに。
どうして誰も答えてくれないのだろう。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
あたしは相変わらず治癒師として、これから学園に通う一人の貴族子女として、定期的に王城に呼ばれてはあれこれと報告させられたり指示されたり、窮屈な生活を送っている。
別にそれだけなら苦じゃない。
問題は、アルダールさまに拒絶されたことだ。
(どうして)
ある日、ハンスさんと一緒に来たアルダールさまはお父さんを前に正式な通達であるということを前おいて、一つの書状を広げて読み上げた。
その姿は変わらず格好良くて、あたしは見惚れていた。
ねえアルダールさま、あたしの活躍、聞いてくれている?
真面目にやっていて、周囲は褒めてくれているの。
そりゃ、目立った活躍はないけれど。
ねえ、あたしのこと、見直してくれた?
そんな期待を胸に彼の言葉に耳を傾けていると、それは……あまりにも、あたしにとって裏切りにも似たものだった。
『ミュリエッタ・フォン・ウィナーとリード・マルク・リジルを婚約させること』
お父さんはあたしの結婚が決まったって、喜んでた。
そりゃ普通に考えたら、相手は王太子の友達で大商会の跡取り息子。
一代限りの貴族位を持った元冒険者からしたら、良縁もいいところだ。
(ねえ、なんで? どうして? あたしの何が悪かったの?)
でも、それはあたしが望んだ未来じゃない。
その場で叫ばなかったあたしは、偉いと思う。
本当は、わかっている。
いくら頑張ったところで、アルダールさまがあたしの方へ振り返ることはないくらい、もうわかっている。
ここにいるアルダールさまは、あたしが恋した、【ゲーム】の中にいる〝アルダール〟とは違う人なのだって、本当はとっくの昔に気がついていた。
でも、もしかしたら……そんな希望が、あたしの中にはずっとあったの。
あたしがちゃんと【ゲーム】の〝ミュリエッタ〟を演じられれば、もしかして……って。
(けど、あたしは……あたしは、〝ヒロインのミュリエッタ〟にはなれなかった)
ちょっとくらいならいいだろう、本編に関わる問題じゃなければ、能力があるんだから最初から強くなっておけば……そんな感じで、違うことをし続けたのだ。
本当は、わかってた。
あたしのとっているこの行動の一つ一つが、ゲームヒロインと違う物だって。
こうしたあたしの行動が、きっと何もかも悪い方向にしちゃったんだろう。
その上、アルダールさまが恋をしていただなんて予想もしていなかったものだから、焦ってしまったのがさらに悪かったんだろう。
早く修正しなくちゃって思って、あの侍女さんに対抗したり余計な手を回したせいであたしは目をつけられてしまっていたんだと思う。
今ならわかる。
かなり前から、ニコラスたちは行動していたに違いない。
気がついたら、もう、あたしには道がなかった。
それでも挽回できるって信じて、いつかはアルダールさまに認めてもらえるって思って、あたしはあたしなりに努力する方向を……【ゲーム】とは違う道を選んだけど、これもだめだったんだと、その時に伝えられた。
婚約自体は悪くない話なんだと、思う。
窮屈な貴族の家じゃなくて、平民の家。
それも大金持ちの家だ。
当然、貴族との付き合いだってたくさんあるだろうし、冒険者にはない苦労が一杯あると思う。
(ああ、あたしの夢はここまでだった。これが、現実なんだ)
あたしはどうして間違えてしまったんだろう。
大好きなゲームの、大好きなキャラと恋愛ができる。
そのついでで他のみんなを幸せにしてあげて、そうしたら完全無欠のハッピーエンドを迎えられるって思ってたのに。
でも冷静なあたしが言う。
『ハッピーエンドってなぁに?』
知らないよ、どうしてあたしがそんなことを考えなくちゃいけないの。
物語のヒロインとして結ばれたなら、その後はハッピーに過ごせるに違いないでしょ。
冒険者なら、冒険者になったなら、強ければそれでいいんだから。
そう思っても、思っても、切り離せないのが現実で。
嬉しそうに今度、リード・マルクと正式な婚約前の顔合わせをするって話をするお父さんを、あたしは冷めた目で見ることしかできない。
娘の婚約を喜ぶ父親に、あたしは、冷たい目を向けているのだ。
周囲はきっと、お父さんと同じようにあたしを祝福してくるのだろう。
鬱陶しいけど、笑顔でありがとうと言わなきゃいけないことに、ムカムカする。
(違う、あたしはヒロインなんだから。幸せに笑って、惜しかったと思わせるくらいじゃないと……でも、今更それがなんなの?)
王城で治癒の仕事内容を話して、褒められたり注意されたりして。
待機させられる時なんて本当に暇で。
そんな折、どこかで見た顔だなって女の子に話しかけられて、あたしはピィンと来た。
(この子は、あたしと同じでアルダールさまの相手があの侍女さんなこと、気に入らないんだ)
だからあたしは利用してやることにした。
あたしは悪くない。
何も知らなかった。知った今は反省している。
アルダールさまには憧れてた、子供の頃から描いた理想みたいな人がいたから。
でもそれだけだ。
勘違いさせてしまったのはあたしが悪い。
だから反省して今は治癒師として頑張っている。
そんな感じのことを、話したと思う。
きっと彼女たちはこれをいいように解釈して話すんだろう。
あの侍女さんには悪いけど、あたしは悪くない。
そうだよ、あたしは悪くないの。
あたしは……【ゲーム】のアルダールさまに恋をしていただけで。
その隣にいたのが貴女なのが、納得できなかっただけで。
でも現実は〝違う〟んだって気づいたんだから、あたしは悪くないの。
『本当に?』
鏡の向こうで、あたしが問う。
あたしは、それを無視した。
「誰だって、悪者になりたくないでしょう?」
このくらい、学校じゃよくあった話だよ。
みんなやってたでしょ。
あたしだけじゃないはずだよ。
「そうだよ、誰も悪くないじゃん」
ギュッと手を握る。
あたしの取った行動は、あんまり良くなかったから叱られた。
でも反省したの。
(もう、それでいいでしょ?)
あたしの反省が噂になって広まればそれでいい。
可哀想な平民上がりの女の子、そうなるのか……或いはご令嬢たちが勝手に尾鰭をつけたって、あたしはただ反省していましたって発言をしただけで、人の多い場所だったから証人だっていくらでもいる。
(……他に、どうすれば良かったのよ)
これまでのあたしの行動が、あたしを苦しめる。
でも、今はどうしていいのかまだわからなかった。




