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「どうせ多くの人間は適当にはぐらかしているのでしょうが、それは優しさとは違います。お前たちは知るべきだとわたくしは思っています。ですが、それを強要することもまた違うのでしょう」
「統括侍女さま……?」
「知ることは、力です。知ったことで後悔しても、知らずに後悔するものとは違います」
「それは……はい、承知しております」
働く中で、私が筆頭侍女になった時に統括侍女さまはとても厳しくて怖い人だと思ったものです。
容赦なく叱責し、笑みなど殆ど見たことなく、新任でまだ若いと侮られるばかりの私に対し、他の筆頭侍女……つまり熟練の方々と同じものを求められる。
イビりか! と最初の頃は泣きそうになったことだってあります。
(でも……教えてもらったんだ)
他ならぬ、統括侍女さまに。
今と同じように、静かな眼差しで、決して目を逸らすことなく真っ向から見つめてくるその視線は怖くもあり、そして頼もしいものだと私は知っています。
かつて、ただプリメラさまのお世話をするために王女宮の運営についてだけを考えていた私に、統括侍女さまは多くのことを覚えるようにおっしゃいました。
貴族間のあれこれや、王族に擦り寄ろうとする人間たちの見分け方、躱し方など……私にとって、当時はとても辛いものであったと記憶しています。
その頃の私は、下級貴族の娘であり、まだ侍女としても新人と言われてもおかしくない経歴の……筆頭侍女としては異例の抜擢であったわけですから、周囲からの妬みやその他、色々あったものです。
だから、つい……というのは言い訳にしかなりませんが、笑って誤魔化すことが多かったと自分でもわかっています。
それを統括侍女さまに注意されたのです。
話しかけられた際に誤魔化す方法だけでなく真っ向から断る姿勢を持てと注意されて俯くしかできませんでした。
けれど、統括侍女さまは決して頭ごなしに叱るだけではありませんでした。
俯いて思わず泣きそうになった私に、今と同じように目を合わせて静かに教えてくださったのです。
『貴女にとって学ぶことが多く、敵も多い状態での筆頭侍女業務はとても重荷でしょう。ですが、知って後悔することは多々ありますが、貴女は筆頭侍女として王女殿下をお守りしたいのでしょう。そうと決めたならば、知らずに後悔する時はすでに遅いのだと知りなさい』
筆頭侍女として、プリメラさまのお傍にいるということは……ただ、お世話をして、健やかに育ってほしいと願うだけでは勿論、いかなくて。
でも前世の記憶もある私は、OL時代の嫌味な上司や先輩たちに対して笑顔でなあなあにして誤魔化す方法ばっかり上手くて。
(知らずに後悔する時は、遅い。そして……)
それを自分の胸だけにしまいこむのか、どうかは、自分次第。
情報の選別の一つにしか過ぎなくても、それがもし重すぎて……自分だけではだめな時には。
「教えていただけますか」
話の内容を聞いて、知らなければ良かったと思うかもしれない。
でもそれを、聞いておいて良かったと思えるかどうかは聞かなければわからない。
(まるで哲学みたい)
そんなガラじゃないんだけどね!
思わず笑ってしまいそうになったのをぐっと我慢して、私は統括侍女さまの視線に負けないよう、真っ直ぐ見返しました。
「良いでしょう。周囲の者たちが貴女たちに過保護なのは、贖罪の気持ちもあるのでしょうが……それ以外にも思惑あってのこと。これより話すことは、貴女を侍女として打ち明けるものと思いなさい」
「承知いたしました」
私個人ではなく、侍女として。
そう宣言する統括侍女さまも、結構過保護ではなかろうか?
(だってそれって、冷静に聞けって暗に示してるんでしょ? 侍女としての私なら処理できる、そう信じてるよってことでしょ?)
にやけそうになるのをぐっと堪えるって結構大変なんですよ、ええ。
でもこれにやけてしまってもしょうがないと思いません?
いや、過保護ですねなんて勿論、言いませんけどね?
言っちゃったら最後、話をしてもらった後にお説教あるって知ってますからね!!
「婚約の話し合い、その後にナシャンダ侯爵さまの元へ二人で赴く。それを貴族たちはナシャンダ侯爵が後押ししていると見るでしょう。けれど、それだけでは足りません。かの方は王族の外戚と位置づけてはおられますが、これまで政治的なことに関わることを嫌っておられた方だからです」
私は頷きました。
ナシャンダ侯爵さまは確かにご側室さまの養父なので、プリメラさまにとっても義理とはいえ祖父。ゆえに発言力をお持ちですが、それを好まれないのは周知の事実。
私たちの婚約への横槍って言われて首を傾げなくもありませんが、まあバウム家っていう由緒正しい家柄の兄弟が王族と、王族の覚えめでたき侍女をそれぞれ妻に迎えるとなると更に力をつけるだろうという心配があるのでしょう。
実際の所、私は結構な偉い方々に親しくお声をいただいていると思います。自惚れではなく。
ただまあ、だからって影響力があるか? って言われるとそこは疑問形なんですけど……。
「ですがそこで表彰式を行えば、また変わるのです。バウム卿だけが表彰されるならば、彼も……そして貴女も、それぞれに影響力がある存在として邪魔をしたいと思う者が増えるでしょうが、バウム伯爵さまが当主を退くとなれば話は変わってきます」
「え……?」
アルダールが表彰されて、認められて、そうすれば確かに今でも引く手数多な彼を欲する家が増える……ということは理解できます。
私に関しても〝王族や高位貴族と親しい〟という価値がある、それも理解できます。
だからそこが結びつくとバウム家にばっかり良いことがあるから嫌だってことですよね?
ええ、そこはわかっていますが……。
(バウム伯爵さまが、当主を退く?)
「ある程度のことは聞いているでしょう、バウム伯爵さまがとある伯爵家の闇を暴くために一芝居打たれたことを。それに貴女たちがだしにされたことも」
「は、はい」
「本来ならば、バウム伯爵さまでなくともよかった。けれど、愚か者として陛下の処断を受けることを考えるならば、自分以外いないのだとバウム伯爵さまが敢行なさった。それについては思うところは多々あるでしょうが、それはそれで結構。我らが考えることではありません」
「……はい」
「それに連動して多くの貴族当主がその座を跡取りに譲ることになるでしょう、これが重要なのです。今はまだ公表されていませんが、これから表彰される者たちの中には新たなる領主となり得る者、省庁において責任を担う者として目される人物たちがいます。……この意味は、わかりますね?」
つまり、新旧入れ替えってことなのか。
だとしたら、アルダールは? 私は?
一体何を求められているのでしょうか。
(ただ、給仕して、プリメラさまが笑ってくれたらいいのにって、それだけじゃダメなんだろうなあ)
ダメですよね、わかってますとも!
つまり、私たちに求められるのはある程度の効果のある発言権を持った存在になり、ディーン・デインさまとプリメラさまの補助に回れるようになれってことなのか。
バウム伯爵さまが、パーバス伯爵家に接触したことからその後どんな風に、誰がどのように交代するかなんてものは知らないけれど、求められているとすればそこでしょう。
少なくともバウム家そのものはプリメラさまが降嫁する先として、今までの功績もあるし変わらず陛下の信をいただけることは確かですが……。
バウム伯爵さまの行動で、パーバス伯爵家がまず落ちた。
それだけじゃなくてアルダールと私の婚約についての話題で、それを邪魔しようとする人たちの中から国にとって今後、良くないものになるであろう家が粛正される。
余計なことを口にしたとしてバウム伯爵さまが責任を取って当主の座を降りるだけじゃなくて、もしかしたら大将軍の地位も退かれるかもしれない。
それで、役職に新しい顔ぶれが一気に増えることになる……そういうことで、合ってる?
(なんか、壮大なことに巻き込まれている感が拭えないんですけど……!?)
思わず顔が引きつりそうになるのを堪えつつ、私は思考を巡らせることしかできません。
これ、アルダールに話すべきなのでしょうか。
ベイツさまが『知っておくべきだ』って仰っていたのは、きっとこのことでしょうね!
「当主が代わった家々で、それぞれ協力し合うためにも表彰式で出会った者たちは手を携えることでしょう。勿論、バウム卿も。そして、貴女も」
つまり、私たちの婚約は最初から守られていて。
そして、今後プリメラさまを守るために陛下があれこれと裏で手を回していた、そういうことで合ってますかね!
嫁ぎ先のバウム家が権力持ちすぎって妬まれてプリメラさまが肩身狭い思いをしないがためだけに、ここまでする?
いや勿論それだけじゃないと思うけど。
思いたいけど。
でもあえて言わせていただこう。
過保護か!!
過保護か!(壮大でそして迷惑)




