440
端的に言うと、アリッサさまとのお茶会はとても楽しい時間でした。
アルダールが幼い頃の、上手く打ち解けられない様子とか……初めてディーン・デインさまを抱っこした時に挙動不審になりながらアリッサさまたちがいないところで可愛がっていたとか!!
やだそんなのすごく可愛いじゃないですか……可愛いですよ絶対……。
アリッサさまもそれは偶然目撃したらしいですが、その時に『良い家族になれる』って思ったんですって。
『初めて会った時には、とても丁寧な態度を取る利口な子だと思ったわ。でもそれは、拒絶の表れでもあったのだと気づくのに時間はかからなかったの』
けれど一気に距離を詰めることは逆効果だろうとアリッサさまはそれに気づかないふりをして、ただ家族として接することにしたのだそうです。
その話を耳にして、私は本当にこの人がアルダールの母親で良かったと心底思いました。
まあ、それでも複雑な思いはお互いに色々あったでしょうし、外野もうるさかったしで大変だったのでしょうね。
それこそ余人がどうこう言う方がやかましいわ! ってなったんじゃないかなと思います。
『夫が家族を守る行動が、人には非情と思われることもあるでしょう。だけれど夫であり、父である前にあの人は貴族であることを選んだだけ……理解できなくていいし、しなくていいわ。でも、どうかそのことを、覚えていてほしい』
アリッサさまの別れ際の言葉に、私はとても微妙な気持ちになりました。
バウム伯爵さまを想う妻としての言葉、それは貴族夫人としての言葉であり……責任を優先する立場にある人の、一つの形なのでしょう。
(それでも、それを……もっと上手くできたら良かったんじゃと思ってしまうのは)
きっと、私が外野でしかないから。
だから、好き勝手に思ったりできるだけの話なのでしょう。
プリメラさまが王女であるがゆえに、個人よりも立場や名前でしか見てもらえないように。
王太子殿下が個よりも公を優先して常に王族としての振る舞いをするように。
私が、子爵令嬢としてよりも筆頭侍女として見られるように。
いや違うな、私の場合は自分で選んでこの道を進んできたんだから自己責任だな。
とにかく、権威ある方々は誰もが何かしらの責任を持って生きていて、それは時として個人にとっては重荷である……ということを私は今まで見てきました。
ご側室さまが、個人の愛を大切にしたために、家族と離れたりせねばならなかったのも……王族の一員という、これもまた一つの責任なのでしょう。
おそらくこれは、どんな立場の人であろうとそうなのでしょう。
勿論全ての人がそうだとは思いません。
時には権力だけを欲して、それをぶん回して自分の都合よく行使することだけ楽しみたいっていう愚かな人もいるのは事実ですからね!!
ただ、正しく公人としてあろうとすると……とても難しいことのように思います。
(公人として、責任が大きければ大きいほどその立場は……難しいんだろうなあ)
そこに存在する責任の大きさで、個としていられるのか、公としていられるのか……そういう立場の違いがあるってことを、私はきちんと覚えておきたい。
そう思いました。
今後、アルダールと私が結婚したら私たちは家族になるでしょう?
そうしたら、喩え爵位とかの違いはあっても、バウム家はやはり義理の家族。
(アルダールは騎士爵となる。その責任は……まあ、近衛騎士を続けるからそれなりにあるけど、それでも家名を背負うものからは、少なくとも解放される)
独立しても縁者という立場は変わらないですけどね!
それでも〝バウム家の長子〟として何かあったら跡取りに代わるかもしれない立場よりも、騎士爵として実家を支援する側に回るという明確な……まあそういう宣言? にもなるので一歩引いた立ち位置になれるのは事実です。
今後もバウム家が王家の盾として行動する際には、きっと……パッと見、理解できないことは多いのでしょう。
どうしてそんな遠回しなことを、とか。
どうしてそんな人を人としてではなく駒のように扱うのか、とか。
(だめ、だめ。そんなことを考えるのは、私の職分ではない)
国を運営する人たちは、いつだってこの矛盾したナニカを抱えているんだろうか。
私はそれを侍女として見てきたし、それを抱える人たちはいずれもその責任を胸に前を向いているからこそ誇り高いのだとも思ってきました。
だけれど同時にそれは……時折、辛そうだなと思うことも、しばしばあったのです。
それがどのようなものであるか、私に語る口はございません。
あの方々のお心を、僅かでも垣間見たそのことを一生胸に刻んでいきたいと、それだけは確かです。
「アリッサさまは、とても素敵な方だったわね。そう思わない? ユリア」
「はい、私もそのように思います」
「バウム家の奥方という立場は、きっと重いのでしょうね。それでもあんなに朗らかに笑って、わたしやユリアを気遣ってくださって」
「……はい」
「ねえ、わたし、良い女主人になれるかな……?」
「なれますとも」
プリメラさまの少しだけ不安そうなその声は、将来に対する不安です。
だけれど私は即座にそれを肯定してみせました。
だって、プリメラさまはずーっと立派な女主人として王女宮にいらっしゃるのです。
可愛らしくて私たち王女宮の誇れる女主人ですもの!
肯定以外何ができるってんですか!!
私の返事があまりに早かったのか、プリメラさまが目を丸くなさって……それから笑ってくださいました。
「もう、かあさまったら!」
笑いながらそっと私と手を繋いだプリメラさまは、幸せそうに微笑みました。
その笑顔に、私も頬が緩むのを感じます。
え、だってめちゃんこ可愛いのよ?
「かあさまがいて、アリッサさまがお義母さまで……ふふ! 素敵! プリメラには三人もお母様ができたわ!」
「まあ、プリメラさまったら」
「ユリアはわたしの専属侍女で、王女宮筆頭で、かあさまで、義理のお姉さまになるのね。これからもずーっと一緒だわ!」
「……はい、さようにございます。これからも、一緒です」
まあ、それこそプリメラさまが嫁いでからも縁は続くとはいえ多少の物理的な距離は生まれますし一緒っていうのは誇張表現かなとは思いますが。
それでも王女と侍女という関係から始まったプリメラさまと私の関係が、少しずつ形を変えてこれからも続いていくのだと思うと、なんだか胸が熱くなりますね!
「わたし、これからもっとお勉強頑張るわ。良い領主夫人になるために。王家の盾に嫁ぐ存在として、姫として……ディーン・デインさまを支える妻として」
「ご立派です、プリメラさま」
「これからも、よろしくね。ユリア」
「かしこまりました」
アリッサさまの去って行く姿を見送りながらプリメラさまと私は、思うところが色々ありました。
それでもやはり、この茶会を開けて良かったと思います。
改善点もたくさん見つかりましたしね!
そのことについては後ほどセバスチャンさんとも話してからビアンカさまに相談しましょう。
私はそう心に決めたのでした。




