438 知らぬ人から見た姿
今回は久々の王弟殿下視点でシリアスですw
「なあ、なんでアンタ、自分でやったんだ? 誰かを介してやれば良かっただろうに」
「……それが最善と思いましたので」
「まったく」
俺の問いかけに対して淡々と答える男の表情は崩れない。
どこまでもこの男は、自分勝手で……無駄に、優しい。
(融通が利かねえなあ、歳食ったからとかそういう問題じゃあなさそうだが)
将軍だのバウム伯だの、役職で呼ばれるばかりのこの男は寡黙で、ただ不器用で、少々抜けていて……政治的なやりとりなどには不向きな、実直さが売りの男だ。
逆に言えば、そういう男だからこそ国王なんてやっている兄にとって、信頼できる相手なのだろう。
おそらく、その程度にしかこの男を知らない連中からしてみれば、不器用さで失敗を拗らせて家族に迷惑をかける愚直な男に見えるに違いない。
まさしく、実際その通りだから笑えねえ。
このオッサンの融通の利かないところに振り回されるのは家族ばかりだし、周囲に心配をかけているとわかっていても自分を曲げられなくてこのオッサン自身も苦しんでるんだから呆れちまうわ。
それでも、この男がそれを甘んじて受け入れる姿を見て心配になるくらいには、このオッサンは情に厚いのだ。
「兄上がなんて言ったか知らないが、別に今回の件はアンタが自分の手を下す必要はなかったと思うぜ?」
「王弟殿下」
「おう」
「……パーバス伯爵家は、苦労することになりましょうな」
「……そうだな。計画通りにいきゃあな」
そもそも、今回パーバス伯爵にアルダールとユリアの結婚を教えてやれと命令を下したのは、愚かな振る舞いを誘発させるためのものだ。
考えたヤツがやりゃぁいいってものではあるが、一番効果的であるのは過去に因縁を持つバウム伯爵家の人間、あるいは現パーバス伯爵が個人的に敵愾心を抱くセレッセ伯爵か……どちらでも良かったのだが、パーバス伯爵個人では困ることからバウム伯爵に指示が出たって所だろう。
家人伝いに長男の結婚の話題を振りまきゃあ済むことだった。
それでも十分効果はあった。
なのに、このオッサンは愚直にも自分でそれを遂行した。
それだけの話だ。
話は単純だ、前々から金の流れがきな臭かったパーバス伯爵家だが、代替わりしてそのしわ寄せが領民に行きつつあった。
別にそれだけなら適当に理由を付けてただ当主の座をすげ替えちまえばいいんだが、爵位を返上させて一回リセットした方がいいだろうという意見が出たのだ。
どうやらバウム家に対して良くない感情を抱く連中が新しいパーバス伯爵を焚きつけていたこともわかっているし、同じようにパーバス伯爵がそいつらにセレッセ家へ対して嫌がらせさせようとしていたこともこちらに筒抜けだ。
間抜けな連中だと笑ってくれるな、王家が何も知らないと思って遊んでくれる分には可愛いものじゃあないか。
ある程度のことは見逃してやってんだから優しいだろう?
あまりオイタが過ぎるなら、王家もそれを支える家々も黙っちゃいない、ただそれだけの話だ。
で、今回はそろそろ大掃除をするべきだとなったわけで……。
「パーバス伯爵家との因縁、元々は自分の責任でしたからな。引導を渡すべき立場も、役目も、己が担うべきでしょう」
「それでも、世間から見たらアンタは今回も馬鹿な男だと思われることだろうよ」
「そうでしょうな。……息子たちも育ったのです、引退するには条件が揃ったことかと」
「兄上が認めるとは思えねえがなあ」
パーバス伯爵家は領地と爵位を没収で罪を償ったこととし、他にツルんでいた連中からは罰金を巻き上げたり爵位を落としたりと別の形で責任を取らせてお仕置き終了だ。
これでしばらくは貴族社会も大人しくなってくれることだろう。
貴族位までは奪わないから、手にしていた商売やら軍属との繋がりやらを頼ってまた成り上がればいい。
できなけりゃあ〝パーバス家〟って名前が貴族名鑑から消えるだけさ。
だから、そいつらに対する謝罪の意も込めて自分で行動を起こすバウム伯のことを、俺は理解してやれそうもない。
自業自得で苦しむ連中に対し、引導を渡したところで――いいや、引導を渡すからこそ、か。
(俺にその汚れ役は回ってくることなんて、なかったしな)
オッサンはオッサンなりに、思うところがあって……俺もまた、そうなのだ。
人から見ればこのオッサンは〝父親として〟ロクデナシのクズ男だろう。
クレドリタス夫人に対することも、アルダールに対することも、今回の件に関しても。
良かれと思ってやったら裏目に出て、引っかき回すだけの、愚直な男。
それがあながち間違いじゃないから、フォローのしようもないのだ。
俺は今回うっかり口を滑らせたことでバウム伯爵が妻にギッチギチにしめられた件も聞いている。
でもきっとあの奥方も、何か事情があることくらい察していて……また相談してもらえなかったことが悔しいことも含まれているんだろうなと思う。
それでも、そこは俺が口を挟むことではないのだろう。
「まったく、他国からの手が伸びてきている情勢で国内貴族同士足を引っ張り合う真似は遠慮してほしいもんだぜ」
「……調整が大変になりそうですな」
「まあ、アンタが言う通り、兄上だって後進が育ってきてくれているからこそ大胆に踏み切れたんだろうよ」
いずれは跡を継ぐ者たちのために、掃除は大事だと笑っていた兄上が俺には恐ろしい。
兄上から見れば息子と娘以外はその他ってやつなのだろうかと思っちまうほど朗らかに取り潰しだのなんだのを『掃除』と言えちまうんだから。
いや、それが為政者であるからなのか。
そうだとすれば、俺はオマケの第三王子で良かったと思うし、今のちゃらんぽらんな王弟って立場で本当に良かったと思ってるよ。
「それでは、残りは計画通りに?」
「さあな、俺らがやるべきことはパーバス伯爵家に調査へ行って、証拠を押さえることだろう。そいつが済むまでは終わっちゃいないさ」
パーバス伯爵家は事実上のお取り潰しみたいなもんだと俺は思うが、そう言葉にしない。
やりようによっちゃあ成り上がることだってできるだろう、息子の方は難物だが努力して更生しようと足掻いていると耳にした。
バウム伯爵が、これまでの生き方に後悔しかないことくらい、知っている。
だから将軍職を辞して、余生を静かに……領地に引きこもって妻と過ごしたいと願っていることも知っていて、知らんぷりするしかない。
(悪いな、オッサン)
後進は育ってる。ソイツは間違いない。
だけど、まだまだやつらに預けるには早いのだ。
それがわかっていて、この損な性格のオッサンを兄上が手放す訳がないのだ。
なにせ都合良く動いてくれる、愚直な男なのだから。
「さあて、仕事仕事……ってな」
「は」
準備が調ったのだろう、秘書官が俺を呼びに来る。
これから少しばかり気が重い仕事が待っていると思えば、腰も重たくなるってもんだが……まあ、そんなこと言ってられやしないだろう。
餌に食いついたパーバス伯爵家とその他諸々、それらを押さえるのが軍部の役目。
罪に関しては、家を出た連中に関しては直接的に関与が認められないとして不問だ。
だからユリアの義母さんや、辺境に嫁いだ当主の姉だか妹や、町で兵士をしているって息子たちには何一つ影響は出ない。
その後、領主不在となったあの土地には新しく見込みのある男を据える予定になっていると聞いている。
まあ、領民たちにとっちゃ寝耳に水だがそれでも悪くなることはない。
知らない人間から見りゃあ、それだけの話。
見えてることだけが事実だなんて、そんなこたぁ誰も思やしないだろうさ!




