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結論から言うと、アルダールは何も知りませんでした!
彼は彼で業務を終えて部屋に戻ると私が大変だからすぐ行くように、なんてメモ書きが残されていて慌てて来てくれたんですよ。
何事かと思いましたよ!
強めのノックがしたかと思ったら出た私を見てアルダールが目を瞬かせて強く抱きしめて来たんだからね!?
ドキッとする前に力が強くて死ぬかと思ったわ。
その後、思い返すとドキッとしてるあたり恥ずか死ねるけども。
とりあえず、私たちは何も知らない。
ただ〝何か〟があって、勝手に動いていて、私たちはそのまま知らなくていい……そう思われているということなんだろう。
「面倒くさい」
アルダールも呆れていたけれど、私は彼が帰ってしんと静まりかえった自室の中でそう呟いていた。
誰も居ない時にこのくらいの愚痴は許されるでしょう?
(そしてこのタイミングを見計らったように、ナシャンダ侯爵さまからの招待状が来るだなんて)
今度お茶会を開くから是非おいでという、まあ取り立てて気にする必要もない穏やかな内容のものでした。
それだけならばとても素敵だと思うのよね!
可愛い孫娘とビジネスパートナーを招いて自慢の薔薇を披露する、それだけの話ならね!
以前までの私なら、嬉しいなあってウキウキしてたと思うんですけどね!!
招待状の宛先は、プリメラさまと、ファンディッド子爵令嬢の私。
そしてそれぞれの婚約者にも届いていたら、そりゃ疑うでしょ?
ご丁寧にアルダールと私の婚約顔合わせ(予定)よりも後になるよう、調整されているんだよ!?
他意があるって思っちゃうのは仕方ないと思わない!?
(いや、まだ偶然ってこともあるから)
ため息が零れる。
そうよ、他意なんてない。
ただ偶然、偶然……。
(そう思えたらいいのに!!)
とにかく。
届いた招待状の中身を確認して、アルダールが来る前にプリメラさまにはお知らせして喜ばれているし、侯爵さまからのお誘いを断るなんて子爵令嬢の立場からはあり得ないし、おそらくあの方は私たちを悪いようになんてしないと思うからきっとこれは大丈夫!!
(ってことは、この招待状の日よりも前に顔合わせを終えて……私とアルダールが、正式な婚約者に)
両家の当主とその夫人が賛成しているんだから何も問題ないので、今後どこで暮らすのかとか結婚式はいつにするのかとか、そういう将来的なことを含めて顔合わせでは話をするのでしょう。
まあ、アルダールが騎士爵を得て城下に館を構え、私もそこに移り住んで王城に通うってだけなのですぐに終わる話ですけど。
あれっ、そうするとディーン・デインさまは学園をお休みになるってことかな?
この顔合わせに参加するためだけに休ませることになるのだったら、申し訳ないなあと思いますね。
(……学園、かあ)
その場所を考えると、どうしても脳裏にちらつくのはミュリエッタさんです。
以前、アルダールの件で声をかけられて以来、彼女のことはちょこっとでも、噂すら耳にしないのですが……。
本来なら、学園の新入生として期待に胸膨らませているはずの〝ヒロイン〟だったはずなのに、今は一体どうしたことでしょうか。
自身も〝英雄〟と呼ばれ、治癒師になり、貴族の令嬢として厳しく教育をされている。
(……ここが【ゲーム】とは違うと、彼女は理解したと思うんだけど……)
せめて、私にちょっとした嫌がらせをしたことで前を向いてくれるようになればいいんですけどね。
自分が幸せだと他人のことも思いやれるんだから、人間って不思議なものですよ。
そう思えば、彼女がこれまで私に対して……というか、アルダールや他の人に対して親切であっても想い遣りに欠けた態度をとっていたのは、そういうことだったのかもしれません。
ミュリエッタさん自身が満たされていないから、他者の幸せをそのまま受け入れることができず……自身の思い描いたようにするべきだとムキになってしまったのかもしれません。
まあ、それもやっぱり私の推測ですけどね。
ただまあ、そうやって考えるとあの子は周りが思うよりも幼い女の子でしかないんだなあと……そう思うのは、きっと私が彼女と同じ転生者であって、彼女の価値観を理解できる側の立場だからなのでしょうね。
とはいえ、私はこの世界で暮らし、生きているということをきちんと理解しているので完全に彼女の考えを理解して賛同できるかって問われるとはっきり言ってノーなんですけど。
(それよりも自分のことですよ、自分のこと!)
アルダールとも話しましたけど、パーバス伯爵家の件はハンスさんが言っていたように気にしないのがいいでしょう。
彼についてはアルダールが話を聞いておくと約束してくれましたし……藪をつついてわざわざ蛇だかなんだか妙なものを呼ぶ必要はないと思うことにシマシタ。
(まず顔合わせでしょ)
さすがに普段着って訳にはいかないからそれなりの服で臨まないといけません。
新年祭の時にアルダールに買ってもらったドレスで袖を通していないものがあるので、それでいいかなと思うんですよね。
で、次がナシャンダ侯爵さまのところに行くからいただいたドレスでいいとして。
その頃には婚約の届け出を出した後ですからアルダールが婚約者として私をエスコートするということで……照れるな!
それから婚約式としてささやかながらパーティーを開かなきゃ……開かなきゃだめかな……!?
一般的に次女とか次男とか、跡継ぎじゃない子息に関してはパーティーを開かず身内でお披露目くらいなんですけど。
でも私たちの交友関係が割と広い方ですから、ちゃんとやらないとやっぱり角が立つし……でも本音を言えばやりたくない。
だって絶対ビアンカさまは来るでしょ!?
『来ちゃった(はぁと)』
なんて満面の笑みでお祝いしに来てくださいますよ、絶対!
アッ、可愛いし麗しいですね!!
でも普通に考えて筆頭公爵家の奥方が一般の騎士爵と子爵令嬢の婚約お披露目会に出席するとか聞いたことないし!
きっと王弟殿下とかお忍びで来るんでしょ!? いや、来てほしいけど!!
それからナシャンダ侯爵さまとか、ジェンダ商会の会頭ご夫妻には来てほしいよね。
(プリメラさまだってきっと出席したいと仰ってくださる)
いえ、プリメラさまなら上司と部下の関係ですから?
その点で押し切ればいけ……いけ、いけないな……王族だもんな……。
(あーもう! いい! この件については今度考えよう!!)
考えれば考えるほどドツボに嵌まりそうで、私は一旦それらを〝後で考える〟ことに決めてベッドサイドのランプを消したのでした。
まずは目先のことから考えましょう。
招待客やお披露目会についてはアルダールと相談すればいいんです。
(ああ、そういえば……近衛隊の隊長さんともお会いするんでしたね……)
ベッドの中でうつらうつらし始めた頃、そんなことを思い出しました。
近日中に時間が取れそうだという話をさっき聞いたんでしたね。
その近日中ってのはいつなんだろう?
私はそんなことをぼんやりと考えていましたが、いつの間にかぐっすりと眠りに落ちていたのでした。




