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さて、手紙の内容ですが……なんていうか、一方的なものでしたね。
要約すると『そろそろ頭も冷えた頃だろうから戻ってこい、ファンディッド家の娘と婚姻を結べ、そのために口説いてこい』……といったところでしょうか。
追い出されたといっても貴族籍から抜けていないあたり、やはりエイリップ・カリアンさまは正式に勘当されたというわけではなかったようです。
正式な手続きをとった上での勘当はまず貴族籍から除籍され家名を名乗ることは許されず、無一文で平民となるわけですからね!
変わらず職があって家名を名乗れている段階で、パーバス伯爵家としては反省を促してそのうち呼び戻すおつもりだったのでしょう。
そのタイミングが『ファンディッド家の娘との婚姻』っていうのが迷惑千万極まりないわけですが……。
「一体全体これはどういうことだ! 俺は俺で立身出世の道を歩んでいるというのに……親父の横槍が入るなど貴様、何をやらかした!」
「もう少しお静かにできませんか」
「そうだぞ、エイリップ。この方が何をなさろうがお前の道を阻むのはお前のご父君なのだ。八つ当たりも良いところではないか」
「ぐ……し、しかし隊長……」
「お前は黙っておれ。……して、王女宮筆頭さまは何かご存じですかな?」
まあこの手紙をもらってエイリップ・カリアンさまは納得できず、お怒りでいらっしゃると。で、もう片方の当事者(?)である私に話を聞きに来た……ってことですね。
確かに一方的に放りだしておいて、理由も知らせず唐突に戻ってこいって手紙を押し付けてくるのはいただけません。
だからって矛先をこちらに向けてこられても困るんだよなあ!
(エイリップ・カリアンさまに同情するわけじゃありませんが、この人も大概、保護者に恵まれない方だったんですねえ……)
今は良い上司に恵まれて、更生の道を歩んでいる最中のご様子ですが……。
更生、するのかしら……?
いやまあ、そこは私が気にするところではないですね!
幸い、スポドーロ隊長は話のわかる御仁のようですし……事情をお話ししても問題はないでしょう。
「思い当たるところはございません。私としてもこのお話については先日、実家から連絡をいただいて知っていますが……正式な申し込みとはほど遠く、また理由については皆目見当がつかないのが現状です」
「ふむ?」
「実は私は結婚を約束した方がおります。その方と婚約を結ぶため、両家で話をしている所になるのですが……」
「なに!? アルダール・サウル・フォン・バウムと貴様……結婚、するのか……!?」
「そうですが、何か?」
「貴様が、結婚……結婚、だと……俺よりも先に……!?」
そこかよ!
っていうかいちいち人の名前をフルネームで呼ぶのはどうなのよ。
しかしそんなに驚かなくたってよくない?
アルダールと私が、政略的な意味だけではなくきちんとお付き合いしているっていうのは自分の目で見たことがあるでしょうに。
相手がいる分、私の方にアドバンテージがあるのは明らかでしょう。
散々私のことを煽ったり、ミュリエッタさんを追い回したりしてたところから察するにエイリップ・カリアンさまに恋人はいないと思いますしね!
私が結婚することに驚いたのか、それとも先を越されたのが悔しいのか、或いは両方なのか……あんまり成長してないな、この人。
そう思って呆れる私の隣でレジーナさんが私を見たかと思うと、静かに口を開きました。
「ぶん殴ります?」
静かに聞くことじゃ! ない!!
王女騎士団としての品位ある振る舞いはどこに行っちゃったんですか。
ぶん殴るて。
「レジーナさん、落ち着いて。ね?」
「……失礼いたしました」
「いや、そちらの騎士殿がお怒りになるのもご尤も。エイリップ、さすがに失言も甚だしい……そういうところだぞ、何度も言っておるじゃろ……」
呆れたように言うスポドーロ隊長のご様子から、普段のご苦労が窺える気がします。
しかしショックを受けているエイリップ・カリアンさまよりも先に冷静に戻られたのもスポドーロ隊長でした。
「話を戻しますと、婚約者がおられるのにパーバス伯爵家が横槍を入れてきたということに?」
「はい。私の義母がパーバス伯爵さまの妹なのですが、どこで私の婚約話を聞いたのかエイリップ・カリアンさまと結婚させた方が両家の繋がりが強くなるから……とそのようにお手紙をいただいたと……ただそれだけで、正式な申し込みでも何でもなかったのですが……」
さすがに昨日の今日でエイリップ・カリアンさまが来るとはこちらも思っていなかったのでびっくりですよ!
しかも本人も何も知らず『口説け』って命令されたらそりゃびっくりするよね。
でも何度も言うようだけれど確認する相手が間違ってるから!!
「私としては正式にお申し込みいただいても、当然ですがお断りさせていただくつもりです。同時にお尋ねいたしますが、エイリップ・カリアンさまはどうなさりたいのですか」
「なに?」
「私を口説き、妻とし、パーバス伯爵家に戻り次期伯爵として多くの人間に傅かれたいですか」
「……馬鹿にするな」
私の言葉に怒鳴り返すでもなく睨み付けてくるエイリップ・カリアンさまに、私は成長しているのだなあとなんとなく親目線に近い気持ちになりました。
前までのエイリップ・カリアンさまでしたら確実に怒鳴って私に掴みかかっていたことでしょう。
正直、そうなったらそうなったで王城出禁にできるだろうと見込んでのことでしたが……良い意味で裏切られましたね。
いえ、レジーナさんとスポドーロ隊長がいらっしゃるからこそこんな態度を取れたんですけど……本音を言うと、少しだけ期待していたんです。
変わったのかなって。
育った環境で形成された性格はなかなか変わらないでしょうが、この人も根っこは悪い人じゃないと思いたいっていうか……そりゃ今までの態度とかに思うところは一つや二つどころか十や二十、百はありそうな気がします。
今後、親戚として親しくできるかと問われればノーサンキューですが、だからといって堕ちるだけ堕ちてほしいなんて願っちゃいないのです。
「俺は、俺の意思で兵士として研鑽を積み、いずれは貴様の婚約者であるアルダール・サウル・フォン・バウムにだって勝ってみせよう! 俺はエイリップ・カリアン・フォン・パーバス、由緒正しき青き血の持ち主なのだからな!」
「それはようございました。では、ご父君へは断りの手紙をお書きください。決して兵士を辞すようなことはなさらず、普段通りお過ごしください。スポドーロ隊長、よろしいですね?」
「承知した。しかし上からの指示書が来る可能性は」
「私の方からも軍部へと問い合わせてみます。決してそちらの判断で行動を起こさぬよう、それだけお願いいたします」
私と婚約させるためだけにエイリップ・カリアンさまが折角やる気になった軍人の職を辞める必要は感じないんですよ。
そりゃ次期伯爵として学ぶことは大量にありますけど、パーバス伯爵さまだってまだ若いんだからいくらでもやりようはあるってんですよ。
うちの弟みたいに領地を盛り立てたいとか最初から領地経営に興味があるとか、お父さまみたいに余りやる気がないから積極的で助かる~って大歓迎しているとかじゃなければ今のうちに色々経験していいんです! 多分!!
(さて、そうなると)
私が会いに行くべきは、バウム伯爵さまかしら? それとも、王弟殿下かしら。
アルダールにも相談したいから、できるだけ今日のうちに時間をとってもらえるよう連絡をしなくては。
ああ、やることが一杯で頭が痛い!




