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結局の所、私はあれこれ面会室からの使者とやりとりをした結果、そちらへ足を向けることになったのでした。
勿論、一人ではありませんよ!
さすがに勤務中のアルダールを呼び出すわけにはいきませんので、事情を話して王女騎士団からレジーナさんに同行してもらうことにしました。
レジーナさんでしたら頼りになることは勿論、エイリップ・カリアンさまのことも知っているので話が早いっていうか……。
(はあ、面倒だなあ)
そもそもアポイントメントがないのでお断りだって伝えたらいくらでも待つから時間をとってほしいだとか、城下巡回の兵長が同行しているからとか、まあ……とにかく会ってくれの一点張りだったらしく、面会室の人もご苦労さまです。ほんと。
私も私で無理なものは無理だって突っぱねても良かったのですが……上司まで連れてやってくるなんてちょっと今までのエイリップ・カリアンさまからでは考えられない行動です。
それが気にならないといえば嘘ですし、その上司の方がどうしてもとお願いしているとあってはあまり冷たく断って角が立つのは望ましくありません。
確かに王城の、それも城下巡回の兵士となれば私と直接関係はありませんが、それでも同じこの国に仕える者同士。
そんな立場の相手の面目を潰すのはよろしくない……と、思いました。
エイリップ・カリアンさま単体で来ていたなら遠慮なくお断り案件でしたけどね!!
「大丈夫ですか? ユリアさま」
「ええ……はい、大丈夫です」
「まあ何かありましたらお任せください。男二人相手だろうと負けませんから!」
にっこり笑って物騒なことを言うレジーナさんを頼もしく思いつつ、私は面会室のドアを開けました。
今回、どうしてもお話がしたいということで個室を確保して待つとかどんだけ気合い入っているんだろうと思うと、気が重いです。
「……お待たせいたしました。お久しぶりでございますね、エイリップ・カリアンさま」
「……久しいな、ユリア・フォン・ファンディッド」
私が入室したのを見て二人の男性が立ち上がりました。
一人は勿論、エイリップ・カリアンさまです。
(しかし何故にフルネーム呼び……?)
一応血の繋がりがないとはいえ縁者には違いないので、親しくはなくとも互いに名前呼びするのも変ではない……のですが、まあ、彼なりに私のことをなんと呼べば良いのかわからなかったのかしれません。
親しげにユリア嬢だとかファンディッド嬢などと呼ばれたら驚いて変な声を出してしまうかもしれませんしね!
いや、さすがにそんな失礼な真似はしませんけども。
そしてそのエイリップ・カリアンさまの隣に立つ、がっしりとした体躯の初老の男性が私に向かって深々と頭を下げました。
「お初にお目にかかる、わしはテオドル・スポドーロと申す」
聞けばエイリップ・カリアンさまは以前の騒動が原因で城内の兵士から今度は城下巡回の兵士になったのだとか。
これは貴族の子息としては格下げ扱いと言って問題ないものです。
何故ならば、貴族の子息が兵士になる場合、基本的には騎士職として城内の仕事が多く、城外に出る時はそういった任務があってのこと。
対して平民や爵位に与れなかった貴族の子息のそのまた子息といった立場の方々は言い方がアレですが人数も多いので城下を守る側に回ることが殆どなのです。
つまり、今、エイリップ・カリアンさまが所属しているのは平民や貴族と呼ぶには少し縁遠い方々が多くいらっしゃる場所ということになりますね!
当然、そういった巡回部隊は隊の数も多く、スポドーロ隊長はそのうちの一つを任されておいでなのだとか。
「此度は誠に無理を申しまして大変失礼いたしました。お時間をいただき感謝いたします」
「いいえ。早速で申し訳ございませんが、一体何が……」
「何がではない! むしろ俺が知りたくて貴様の元へと足を運んでやったんだ!」
「エイリップ! 怒鳴るでないわこのたわけぇ!」
私の問いかけにグワッと怒りを露わにしたエイリップ・カリアンさまにレジーナさんが対応しようとした瞬間、スポドーロ隊長の拳骨が彼の頭に落とされて……うわあ、痛そうだ。
その場にしゃがみ込んでしまったエイリップ・カリアンさまに代わり、スポドーロ隊長は紳士らしい所作で私とレジーナさんに椅子を勧めてくださいました。
うん、その拳骨の前にそうされていたらよかったんですが、きっとあの拳骨を落とす姿の方が素でいらっしゃいますよね!
(……エイリップ・カリアンさまにはかなり刺激的な職場みたいね……)
レジーナさんは視線で自分も座るべきかと私に問うてきたので頷くことで同意してみせました。
騎士としての力量云々はやはり私には判断がつきませんが、とりあえずスポドーロ隊長は道理を弁えておいでの方のようにお見受けいたします。
まあ曲がりなりにも城下町を守る部隊の隊長を任されるだけの人なのだから当然と言えば当然なのでしょうが……。
「それでは改めてお話をお願いいたします」
「承知した。現在我が隊所属のエイリップ・カリアン・フォン・パーバスは本人の言に拠れば生家であるパーバス伯爵家とは縁を切られこうして兵士に身をやつしたとのことであった。性格に難があるものの、城内警備の者より引き継ぎで聞き及んでいたものよりは真っ当であるがゆえ、こちらでも指導し、今では良き部隊の一員として働いてくれているのだが……」
一昨日、スポドーロ隊長とエイリップ・カリアンさま宛に、パーバス伯爵家からお手紙が届いたのだそうです。
エイリップ・カリアンさまは近いうち除隊をし、パーバス伯爵家にて嫡男として次期伯爵としての勉強に入るようにという内容だったそうで……。
「親子間で何があったのか、わしは存じません。また、知りたいとも思いませんが……行き違いか何かがあって勘当したことを素直に詫び、取り下げることができないのを次期伯爵としての学びを理由にした可能性もあるかとわしは考えました」
まあ、普通の人なら頑固親父が袂を分かった息子に対して『言いすぎたけど謝るのは釈然としない、そうだ、跡取りとして迎えると言えばあっちだって黙っていないだろう!』くらいに考えるかもしれません。
そういう話、時々耳にしますしね!
でも、パーバス伯爵家に限って言えばそれはないような気がします……。
現にスポドーロ隊長の拳骨から復活したエイリップ・カリアンさまはプルプルとその身を怒りに震わせてらっしゃいますからね!
「あの父に限ってそれはない!」
しかも断言されたし。
いや、エイリップ・カリアンさまに言われなくても薄々気づいていたけども。
彼は懐から手紙を取り出したかと思うとペシンと私の前に叩きつけました。
まあお行儀が悪いこと!
思わずそう言いそうになりましたが、私は何事もなかったかのようにそれを持ち上げてにっこりと笑顔を浮かべてみせました。
「拝見しても?」
「好きにしろ!」
まったくもう、ちょっとは成長したかと思いましたが全然成長していませんね。
スポドーロ隊長がジト目で睨んでますよ、エイリップ・カリアンさま!




