432
そして翌日。
セバスチャンさんに説明をした後、王女騎士団への警戒の件を伝えてもらうように頼み、私は統括侍女さまに報告いたしました。
私の婚約の件(まだ成立したわけではありませんが……)にお祝いの言葉をいただき、喜んでくださいましたよ!
ですが、パーバス伯爵から横槍が入っていることをお伝えすると眉を顰めてらっしゃいましたね……いやまあ、そういう反応になるよね……。
アルダールと私の関係について、あくまでプリメラさまの婚約に関連して……というやっかみの声は今でも実はあるんです。
ですが、普通に考えてそれならそれで本人たちが納得の上で婚約が調ったとも取れるわけなので、横槍を入れる方が今更って感じですよね。
まあ! 実際は!?
私たち自身がちゃんと恋愛して結婚しようって決めただけなんですけどね!!
(いやあ、私みたいのでも変われるもんですねえ)
昔は……ってそんな前でもないんですけど。
とにかく、あーだこーだとウダウダしていたって自覚はあります。
でも今はやっかみとか嫉妬とかその辺で陰口を言われようと気になることもありませんね! 鬱陶しいとも思いません。
(今思えば、私がプリメラさまの専属侍女になった時や、王女宮筆頭として選ばれた時の方が酷かったかも?)
あの頃は必死だったから気にも留めなかったっていうか、そういうのに耳を傾けるくらいならもっと仕事を覚えろっていうセバスチャンさんがいてくれたからやってこれた気がします。
うん? 今思えばスパルタだな、いや、結果として私も成長したのでいいんですが……。
(そういうところがメイナやスカーレットに『セバスチャンさんは厳しい!』って言われる理由なのかしら……)
とにかく、統括侍女さまは私の話を聞いてアルダールとの婚姻に口を挟む立場ではないし、喜ばしいことだと仰ってくださったわけですよ。
その上で職務に差し障りがあるようなことをパーバス伯爵側から言われたりしたら、即報告をするようにと言われました。
正式な抗議を出してくれるって!
わあ、頼もしいですね……!!
(アルダールにも後で伝えないといけないけれど……)
タイミングを見計らって会いに行きたいところですが、それすら途中で何かあったらと思うと厄介ですね……さすがに昨日手紙が届いて今日何かあるとは思いませんが。
王弟殿下がいいタイミングでまた職務から逃げ出して遊びに来てくれないかしら。
(プリメラさまにも一応報告はしたけど……)
王太后さまにはプリメラさまがご連絡くださるとのことでしたし。
まあ、お知らせせずともご存じのような気がしないでもないですね……不思議ですが、そういうものなんでしょう……。
「あと、私に出来ることって何かしら」
報告業務でしょ、警備の強化でしょ、それ以外にも来ている書類は全部チェック済みですし……今日はプリメラさまの外出予定もないので待機ですし。
基本的な業務はメイナとスカーレットがやってくれるので本当に助かってます。
(ああ、そうだ)
お義母さまにお返事を書いていないことを思い出して私は便箋を取り出しました。
私からの返事が来ないと心配しちゃうでしょうからね!
こちらでも気をつけること、顔合わせの日程が決まったら前倒しで実家に帰るつもりがあること、上司に報告したら喜んでもらえたこと……そういう内容ですが、なんというか親子の手紙らしくていいなあ、なんて他人事のように思ってしまいましたよ!
そう思ったところで照れちゃいましたけどね!
……誰も居ない状況で良かった……。
(でも、本当にパーバス伯爵さまの意図はなんなのかしら)
私がアルダールと付き合う前、もっと言ってしまえばプリメラさまの婚約話が出るよりも前のことだったならありといえばありだったと思うんですよ、この婚約。
まあそれはあくまで貴族としてね!
私個人の認識で言えばエイリップ・カリアンさまとなんてごめんですけど!!
まあ個人の感情はともかく、その頃の私は婚約者もおらず、国王溺愛の王女殿下のお気に入りで役職持ち、それだけみればかなりの優良物件だったはず。
見た目や中身は二の次で、立身出世や多くの高位貴族と繋がりたい人間からしてみればとても良いカモだったと思うんですよね。
まあ世間知らずの小娘でしたから、今思えばそれを案じてセバスチャンさんが配属になったのだとわかりますが……きっと私の知らないところであれこれと手を尽くしてくださっていたに違いありません。
今更そのことを蒸し返して尋ねるのも単なる野暮ってモンですので聞いたりせず、日々恥ずかしくない仕事っぷりと美味しい紅茶を折々でプレゼントすることに決めています。
(でもその頃は私のことを馬鹿にしていたのよね……?)
行き遅れのブサイク的な扱いだったし、挨拶はお前が来いくらいの高圧的な態度だったし……まあ当時当主は妖怪ジジイだったから様子を見ていたのかもしれないけど。
でもその頃にもし縁談が来ていたら、当時のお父さまとお義母さまだったら私の意思なんて関係なく喜んでエイリップ・カリアンさまとの婚約を決めちゃっていたと思うんだよね。
でもそれはなかった。
その後アルダールと私が付き合い始めた時に妖怪ジジイが何かを言わなかったのも、噂にあるように私たちの関係が利害の一致であるならいつか別れるかもしれないし、付け入る隙があると判断したとも取れる。
だけど、今はどうだろう。
私とアルダールが両思いであることは割と知られるようになっているし、プリメラさまとディーン・デインさまの仲も良好。
逆に言えばそんな状態で横槍を入れる隙がどこにある? って感じですよ。
知らないなら知らないで、めでたい話に横槍を入れる要素がどこにあるのかってことですよ。
エイリップ・カリアンさまが私を熱望しているから……とか、ファンディッド家からの支援がないとパーバス家が立ち行かないから……とか、そういう事情でもない限り。
(でもそれはどちらもないはず)
弔事の際に訪問させていただいたパーバス伯爵家の様子からは没落するほど財政難とは見えませんでした。
まあ見た目だけではわかりませんが……でも貴族たちの噂話にそのような話が流れてくることもありませんし、多分大丈夫なはずです。
(……エイリップ・カリアンさまはこのことをご存じなのかしら? どう思っているのかしら……)
ふと、あの傲慢な表情を思い出して私は苦笑しました。
もしかしたら、彼は何も知らないかもしれません。
だって勘当まがいのことになったと私に噛みついてきたことがありましたしね!
跡取りには違いありませんから、ほとぼりが冷めたら呼び戻すつもりでしょうし……その際にもし私が彼の婚約者になったならと思ったまでは理解できるんですよ。
(それにしたってタイミングよね)
それに、私とアルダールの婚約の話はまだ内々のもの。
どこから漏れたのかとかそういうことを考えると頭が痛い話です。
「ユリアさま、今お時間よろしいですか?」
「あらメイナ、どうかした?」
「いえ、先ほど面会所の方が……その、ユリアさまに面会申し込みが来ているとのことで……」
「私に?」
歯切れの悪いメイナの様子も気になりますが、私に面会?
このタイミングで?
私が怪訝そうな顔をしたのを見て、メイナも困惑しつつ頷いて口を開きました。
「エイリップ・カリアン・フォン・パーバスと名乗る男性の方だそうですが、いかがいたしますか……と」
「エイリップ・カリアンさまが……」
私は驚いて目を瞬かせるばかりで、メイナに対してすぐに返事ができないのでした。




