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びっくりしました。
買い物は無事にできましたが、買い物に行ったら本当にユナさんが居たんですよ。
ところが彼女は私たちの姿を見るなりすぐさま綺麗なお辞儀をして、私たちが大事なお客さまであること、タヌキの息子……じゃなかった、リジル商会のご子息をすぐこちらへ呼ぶようにと店員に話し、再びお辞儀をしてその場を去ろうとしたのです。
以前の彼女とはまるで別人のその様子に、思わず声をかけてしまいました。
そして自分は以前非礼を働いた者なので視界に入れるのもご不快でしょうから、なんて言うんですよ!!
過去のことは過去のことだから気にしていないと言うとまた深々お辞儀をしてお礼を言ってくるとか、本当に同一人物なのか? 何か変な薬とか飲まされてませんかって思わず聞きたくなりましたよ。
思わず疑ってしまいましたね。
いや、失礼な思考だったと今は反省しておりますとも。
「……でも、びっくりしましたね……」
思わず声に出してそう言えば、ケイトリンさんもすぐに何のことか察したのでしょう。
困惑した表情を浮かべつつも頷いてくれました。
「何がああまで彼女を更生させたのでしょうか。もしコツがあるようでしたら、是非騎士団の方でも伺いたいものです」
「そうですね……商会で何か教育があったのかもしれませんね……」
そのくらい彼女の変わりように驚かされたんだよ! 本当に!!
前にちょろっと会った時も大分落ち着いてたなと思いましたよ!?
でも、あそこまでこう、別人みたい……といったら失礼かもしれませんけどそのくらい落ち着いていたんですよ、ユナさん。
テキパキ動いて他の店員さんたちともコミュニケーション取れていて、私たちに対する礼儀作法もバッチリで、彼女が有能だと言われていた本来の姿をようやく見られたような気がします。
最後は笑顔でお見送りまでしてくれて……なんていうんでしょうね、憑き物が落ちたとかそんな感じでしょうか……。
(彼女も彼女で色々あったんですね、きっと……)
ああ、勿論お買い物はできましたよ。
アリッサさまが気に入ってくださると嬉しいのですが……数種類、最低限お試しを準備したのでプリメラさまにお試しいただいて決めたいと思います。
(……ユナさんの件も、一応耳に入れておきましょうか)
今後、プリメラさまとフィライラ・ディルネさまがお茶をなさる時がきっとあるでしょう。
その際に話題として出てこないとも限りませんし、彼女が良い変化を見せたということはプリメラさまのお耳に入れても問題はないように思います。
というか、おそらく陛下や王太子殿下のお耳には随時情報がいっているでしょうしね!
「まあ……そう会うこともないでしょうが、あの様子だと安心ですね」
「そうですね。とはいえ警戒するに越したことはないと思います。一度道を誤ったこと自体はなかったことにできないので、そこを乗り越えるというのはとても大変なことだと思いますから……」
「ええ、そうですね」
「出過ぎたことを申し上げました」
「いえ、ありがとうございます」
ケイトリンさんの言葉に私も頷いて同意を示します。
ええ、彼女の言っていることは確かなものですからね。
(でも、みんな……前に進んでいるんだなあ)
アルダールと私の関係も、プリメラさまとディーン・デインさまの関係も、王太子殿下とフィライラ・ディルネさまも。
ユナさんも、ミュリエッタさんも。
つい最近出会ったばかりのような気がしますが、あれこれと色んなことがあってバタバタしてどうなっちゃうんだろうとその時はすごく心配していたのに、気がつけば過去になっているって不思議な気持ちになりませんか?
いつの間にか、過去として語れるようになっていて、みんなそれを乗り越えて前に進んでいるんだなあと思うとこう、感慨深いっていうか。
(……いや、ミュリエッタさんは前に進んでいないかも……?)
だってほら、治癒師になったって聞いた時は自分の能力を理解して頑張ってるんだなと思いましたけど、つい最近のあの行動を思うとアルダールへの執着なのか私への苛立ちなのかわかりませんけど変わっていないなって……。
彼女も彼女で現状を受け入れてくれればきっと良いようになったでしょうに。
注意は何度もしましたし、親しい仲でも親戚でもないからこれ以上のことは私にはできません。
(でも、もし)
そう、もしもですけど。
助けてくれと、泣きつかれたら。
私はどんな態度を取るのでしょう。
突き放す?
虫が良いって追い返す?
(……いらっとさせられることも多かったし、私のことを軽んじていた様子もあったし、決して友好的な関係が築けたとは思いません)
でも彼女が転生者として、苦労しているのだとしたらと思うと……そんな甘いことじゃだめだとわかっていてもやっぱり、助けてしまいそうですよね。
私は恵まれている。
人に、環境に、それは認めざるを得ません。
容姿や知能やチート能力とかは持ち合わせておりませんが、それを補って余りあるものが私にあるからこその余裕であると今でははっきり理解しています。
(そもそも、助けなんて求めてこないか)
ちょっと不安定そうに見えてたミュリエッタさんのことを心配しちゃうとか、私もお人好しだなあ。
知られたらまたアルダールや王弟殿下に叱られてしまいそうですよ……。
(そうよね、私は私のことで精一杯。大切な人を大事にして、毎日をきちんと過ごしましょう。きっと彼女だってそれを理解する日が来ます)
願わくば、それが後悔と同時でありませんように。
そのくらいは、祈っても害はないでしょう。
あの頑なだったユナさんでさえ更生したんです、きっとミュリエッタさんだって現実を呑み込んで幸せを掴み取ることができるはずです。
なにせ彼女はヒロインで、ハイスペックなんですから!
(あら? でも……)
アルダールが、お見合いを持っていったんですよね。
それって一体、誰となのかしら。
ほぼほぼ結婚が決定事項っていうのもびっくりですが、入学も確定事項でしょう?
きっと卒業と同時くらいに結婚とかそういうスケジュールも渡されている気がします。
(……もう後悔しているかも)
ああ、人生ってままなりませんね。
どうやったら〝上手く立ち回れた〟とか〝思った通りになった〟なんてできるんでしょう。
私がもっと上手く立ち回れていたなら良かったのかなって思う日があります。
でもそう思うこと自体がきっと、驕った考えなのでしょう。
(王女宮筆頭っていう地位にあったって、結局できることは精一杯働くだけなんだもんな……)
それがきっと大事。わかっていても時々振り返ってしまうのは、きっと悪いクセ。
直していくことにしましょう。
「ユリアさま、そろそろ王城に着きます」
「はい。今日はありがとうございました、ケイトリンさん。また近いうちにお願いするかもしれませんが……」
「その際はどうぞ気兼ねなくお声がけください!」
にっこりと笑ってくれたケイトリンさんに、私は筆頭侍女としての笑顔を返して馬車の窓から外を見ました。
綺麗な夕焼けが、そこにはあります。
さあ、戻ったらもう一仕事ですよ!




