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バウム伯爵領の旅行から戻った翌日、私はいつものように王女宮で仕事をしています。
なんとも濃い休日の過ごし方をしましたが、充実したものであったように思います。
私が不在だった間も特に問題はなかったようで、メイナとスカーレットの褒めてほしいと言わんばかりの表情ったら!
まったくもって可愛い後輩たちではありませんか!!
勿論、全力で褒めましたとも。
たかが二泊三日だろうとちゃんと褒められるべき働きをした者は褒められてしかるべきと私は考えていますので!
うん? 正確には三泊三日ですかね? 前日の夜から不在でしたからね。
まあ、それはともかくとして……。
「そう、それじゃあユリアも婚約が内々だけれど決まったのね!」
「はい、まだバウム卿からのお言葉のみで両家の話し合いはこれからとなりますが……」
私はお時間があるのを確認してから、二人だけになった部屋でプリメラさまにプロポーズをされたことを報告しました。
今後についてもご相談するために、こういうのはちゃんとね! ちゃんとしますよ!
まあ、堂々としたつもりですが、若干顔は赤かったかもしれませんが……。
それよりも私の報告を受けて満面の笑顔で祝福してくださったプリメラさま、本当に愛らしくって愛らしくってもう……本当、なんでこの世界色々と便利なものがあるのにカメラって開発されてないのかな?
どうして私は理系とかメカに強いとか設計図書いてイチから作り出せるような頭の良さを持っていないのかしら……って真剣に三秒ほど考えるくらい可愛らしい笑顔だったんですよ。
「そうなのね……でもきっと、ユリアのご両親のことだもの! きっと賛成してくださるわ」
「……ありがとうございます、プリメラさま」
うん、今ならその通りだと思います。
以前までの我が家でしたらそうはいかなかったでしょうが……お父さまも働く私に対する理解が微妙だった点を除けばお父さまなりに私を愛し、幸せになってほしいと思ってくださっていることはきちんと私も知っています。
お義母さまも、ご実家の呪縛……という言い方はいけないのでしょうが、そこから抜け出したことによって随分と視野が広がり、私の生き方そのものを認めてくださるようになりました。
きっと今の二人ならば、私の決めた道だからと祝福してくださると思います。
……横やりが入ると、途端に弱々しくなりそうな二人ではあるんですが!
まあ、そこは未来のファンディッド子爵、メレクに頑張ってもらいましょう。
「二人なら素敵な夫婦になれるわ! ……本当はわたしも、結婚式に参加してお祝いをしたいけれど、きっとお父さまはお許しにならないわよね……」
我がことのようにお喜びくださるプリメラさまですが、やはり身分の問題は大きいとご理解なさっておいでです。
たかが子爵令嬢と分家相続を放棄する騎士爵の婚姻に関して王族が関与することは望ましくありません。
個人の感情とは別に、王家、ひいては王族は特別なのです。
特殊と言っても良いでしょう。
それに、王族をお招きするような式というのはとかくお金もかかるものでしてね……そういう点でも負担をかけないというために、内々にお祝いの言葉をいただくとかその程度が無難と言えるでしょう。
「お心だけで、ユリアは嬉しゅうございます」
「……ありがとう、かあさま。ううん、これからはユリアのことをねえさまって呼ぶわ! だって、将来はそうなるのだもの!!」
「まあ、プリメラさまったら!」
少し寂しそうなお顔をなさいましたが、すぐに笑顔に戻られて……聞き分けが良いのはとても王女として素晴らしいですが、もう少しワガママを言ってくださっても。
そう思ったところで朗らかに爆弾発言ですね!
いや、うん。
将来的には確かにそういう関係になりますね?
未来のバウム伯爵夫人と、バウム卿の妻っていう身分格差はありますが……それでも私たち個人の心の在り方は、きっと変わらないことと思います。
それはきっと、アルダールとディーン・デインさまの兄弟も同じだと思います。
「ユリアは結婚後、仕事はどうするの?」
「お許しいただけるならば、このまま王女宮筆頭としてプリメラさまのお側に輿入れの日までお仕えしたく」
「勿論よ! わたしもそうしてくれた方がいいもの!!」
「ありがとうございます」
「結婚までの話し合いや諸々の時は遠慮なく休みを取ってね、ユリアの慶事だもの、王女としても個人としても全力で応援するわ!!」
「プリメラさま……」
気合いを入れるように握りこぶしを両手で作って力一杯応援すると私に向かって宣言するプリメラさま、ああ……本当に私、主に恵まれていて泣きそう。
幸せで泣きそうですとも!!
「本当に、……嬉しゅうございます」
「おめでとう、ユリア。……これからも、よろしくね」
「はい。私こそよろしくお願いいたします」
そう、これからなんて約束できる日が来るとは思いませんでした。
これまでは侍女として、ずうっとお仕えしていくものだと思っていました。
正直、この国の美女規格に当てはまらない平凡だからモテない、なんて言い訳をして自分が内向的になっていたこともあって、プリメラさまにお仕えできればそれで十分、なんて誤魔化していたことは認めましょう。
でもそれ以上に、プリメラさまが大事で、大事で……大切で。
ご側室さまの代わりにお守りするんだと、そう思っていた気持ちはプリメラさまを愛しく思う気持ちで日々より強固なものとなり、今に至るのです。
ですが、今、私たちの間で交わされた『これから』の約束は……少しだけ先の未来で、身分差はあれども義姉妹となっても続く、縁があるのだと……。
(私にとって、嬉しいことばかり)
こんなに幸せでいいのかしらと思わずにはいられません。
しばし二人きりの歓談をさせていただいた後プリメラさまがセバスチャンさんを伴にお勉強に赴かれるのをお見送りして、私は執務室に戻りました。
私が少し席を外している間に、スカーレットが書類を片付けて置いてくれたのでしょう、あとは私の決裁だけのものがいくつかと、今後の公務についての大まかな連絡が届いていました。
ふむ、そろそろプリメラさまの衣装を新調する時期ですね……!
この衣装も気が抜けないのです。
公務ということは王族である以上、多くの衆目を集めるのですから……。
(派手すぎず、かといってもうプリメラさまは小さな子供ではないのだから愛らしいだけではいけない……古典的なものも良いけれど、そろそろ革新的なものも少し交ぜつつ……)
この国を代表する方のお一人として、相応しい衣装を準備してみせるのも我々縁の下の力持ち部隊……侍女の役目ですからね!!
ふふふ、腕が鳴るというものです。
「あら」
そして、個人宛の封書と、荷物が一つずつ届いていました。
封書はアリッサさまからで、荷物はお父さまからです。
どちらも早馬で届けられたようですが……アリッサさまは先日お別れしたばかりなのにどうしたのでしょう?
私は首を傾げつつも、お父さまからの荷物が気になってそちらを開けてみました。
「……絵?」
そこには手紙と、小さめの円形の額縁に入った青い薔薇の絵でした。
ちょうど、テーブルに飾っておけるくらいのもので……一体どうしたことでしょう。
意味がわからなくて私は首を傾げましたが、お父さまからの手紙を見て納得しました。
「夢が叶う……かあ」
手紙には、私の結婚を、幸せを、自分の夢であると綴ってくださったお父さまの言葉がありました。
なんとこの絵はお父さまが描かれたものだそうです。
私の慶事に際して描いたわけではなく、いつか渡せたら……そう思いながら和解のあの日から描いていたのだと書いてあって嬉しくなりました。
ああ……本当に、私って幸せ者だなあ!




