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バウム家で客人として迎えられたお部屋はそれはもう……それはもう!
いやあ、王宮に匹敵するお部屋って本当にあるんだね!
ビアンカさまのところにお茶会に行った際にも思ったけど、お金があるところにはあるんだよ……いやそういうとなんか俗っぽいんだけども。
だって!
超! お部屋ふかふかで!
ナシャンダ侯爵邸で侍女としてお世話になった時でさえ感激したけどバウム家の客室、そう、私ってば客人扱いですから!
そうですよね、『お客さま』なんだから侍女たちよりも数段上のお部屋が用意されるのは当然な上にアリッサさまからしたら可愛い息子のお嫁さん(仮)ですものね!!
(ほわあああああ、歓待されているんだ、うわああああ)
表面上落ち着いて見せてますけどね、ほら、案内してくれたバウム家の侍女さんたちを前に醜態は晒せませんからね!
いつもはプリメラさまにお仕えし、常にお傍で控えている身の私が今は逆パターンという落ち着かないアレですよ。ドア近くに控えてらっしゃる!
とても落ち着いた様子の、年嵩の侍女さんで……あら?
(どこかで……)
私、コレでも結構記憶力がいい方なので一度お会いした人の顔を覚えてたりするんですが……見覚えがあります。
どこだったかな、と思ったところで以前バウム家の町屋敷で、クレドリタス夫人と一悶着あった際にアリッサさまの後ろに控えていた侍女さんですね。
思い出せてスッキリ!
……じゃないですよ!!
(ひい、バウム家夫人の傍につくような侍女さんが私に何故……)
私の視線に気がついたのか、侍女さんは私を安心させるように微笑んで一歩前に出ました。
そうですよね、侍女としてはお客さまが視線を向けていたら何か用事を言いつけられると思って行動しますよね、そうじゃないんですごめんなさい。
あ、いえ、あったわ。
「何かご用でしょうか」
「はい。あの……便箋を一式と、手紙を書き上げた後にすぐ出したいのですが……」
「かしこまりました。色合いなどご指定はございますか?」
「白を」
「少々お待ちくださいませ」
便箋そのものは、きっとアルダールが事前に伝えておいてくれたであろうから準備されているんだろうなあと私も思うんだけど、まさか色とかも指定したら出てくるんだった……?
一体何種類用意されていたんだろうか、そう思うとちょっと見てみたい気がするけども。
(アリッサさまはオシャレだからなあ、きっと便箋とかそういう小物にも気を遣われるんだろうなあ)
これほどまでに立派な家柄の伯爵夫人を務めるっていうのはきっととんでもない重圧の中にあると私は思うのですよ。
それこそ、そこいらの伯爵家とはワケが違うっていうか……宮中伯ってのも勿論あるんだけど、国王の盾であり矛であり、国でも古くから続く家ってもうそれだけでいくつの重圧があの方の肩に乗っかっちゃってるんだか!
(……いずれは、それをプリメラさまが担われるのよねえ)
当然だけど、当主となるディーン・デインさまの双肩にも私では想像できないほどの重圧がかかるんだろうし、それをアルダールも心配しているんだろうけども。
だけど……いくら心配したところでアルダールがバウム家のために何かをしようとすればするほど、周囲が放っておいてくれなくなっちゃうんだろうなあ。
庶子であっても長男で、武人として実力もあり近衛としての実績から有能さを示したアルダールを当主に据えてもいいのではって声は、きっといつもあるに違いない。
ディーン・デインさまの耳にそれを入れて仲違いさせようとしたり、庶子の兄なんてっていう貶しの言葉でアルダールを排斥しようとする層だっているのだろう。
そういう関係性を考えたら、アルダールがバウムの人間であっても分籍しちゃうっていうのは正しい選択な気がするのです。
新しく、騎士爵のバウム家を興すって意味でね!
(……私が、それを支えられるのかな)
好きだという、その気持ちだけじゃあどうにもならないことは、たくさんある。
でも新しいことをするならば、原動力は必要だ。
お互いを支えるに足るだけの感情が、愛情だっていうならそれは素敵なもののような気がする。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
おっと、客人としてはここは丁寧な言葉遣いをしない方が適しているんだったかな?
そう思ったけれど、侍女さんも特に苦言を呈するでもなく便箋一式を机に準備してくれた。
「わたくしは別室に控えておりますので、何かありましたらそちらの呼び鈴でいつなりとお呼びくださいませ」
「……はい」
優雅な仕草で一礼したその人は、きっと王城でも高位の侍女になれるのだろう実力者に違いない。
そんな気がする。
侍女さんが去って私は便箋を見下ろしました。
それから椅子に座り、細く、長く息を吐き出します。
便箋は、とても綺麗なものです。
真っ白で、上質な紙であることが一目でわかる、そんな綺麗な白でした。
(お父さま、びっくりするでしょうね……)
インク壺の蓋をあければ、ふわりと独特の香りがします。
なんて書こうか少しだけ悩んで、私はペンを走らせました。
拝啓、お父さま。
そう書き出して、私は言葉を選びながらまずは家族の安否を確認する内容を書きました。
きっと今頃はメレクの婚約が正式なものとなりあれこれと引き継ぎをしつつ各方面へと顔合わせなどをしている頃でしょう。
メレクはオルタンス嬢が学園を卒業するまでに、いつでもお父さまと交代できるよう準備を調えないといけませんからね!
オルタンス嬢は現在一年生、来年は二年生設定だったはず。
だから二人の婚約期間は二年あるので、その間にメレクはお父さまの、ファンディッド家の地盤を全て受け継いで、その上で今後の指針を定め、周囲に根回しをする準備期間なのです。
次期子爵ということでそれを行うに身分は不足ありませんし、お父さまが早期に爵位を譲りたい旨は以前のお芝居で貴族社会に周知されていますし……問題は、あの子が張り切りすぎて息切れしないかってことですけど。
ファンディッド領スパ計画を打ち立てたはいいけれど、一人で張り切ったって上手くなんかいきっこないですからね。
なんたって、領の運営って意味ではあの子はひよっこですもの。
(っと、そういうことを考えている場合じゃなかった……)
それこそ、私が口を出すことでもないのでした。
いやあ、心配はしちゃいますけどね。だって可愛い弟のことだもの!
とにかく、その辺りを一通り当たり障りなく書いて、私は本題に取りかかることにしたのでした。
しかし自分の、婚約を申し込まれたことを書いて知らせるってかなりの難易度であることをここで知るのです。
ええ、ええ、なんていうんでしょうね。
一度書き上げて、読み返して、恥ずかしさからあまりにも話題をしっちゃかめっちゃかにした挙げ句に末尾に『結婚を申し込まれたのでそのうち書状が行きます』とだけ書いた私のポンコツさよ!!
(恥ずかしいからって程度ってもんがあるでしょう! 自分!!)
くっ……勿論、こんな手紙を出せるはずがありません。
書き直しですよ書き直し!
幸いというか、予備の便箋もたくさんあります。
……なんでしょう、普通に考えたら多すぎないかな?
淑女が普通にお手紙を書くにしては便箋が多いのは、まさかこれを見越して……!?
果たしてこれを指示したのがアリッサさまなのか、アルダールなのか、或いはあの侍女さんが客人である私の様子から察して用意してくれたのか。
それについて聞かない限りわからないのでしょうが、私はこれ以上失敗してはなるまいと気合いを入れて書き直すのでした……。
コミックス版「転生しまして、現在は侍女でございます。」4巻、発売されております。
是非カバー裏も合わせてお楽しみくださいませ°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°巻末SSもあるよ!




