414 幸せに溺れる
今回はアルダールさん視点。
相変わらずかっこいいアルダールさんはいません。
「……はあ」
なんとか気持ちを落ち着けて、私は自分の部屋で一人ため息を吐き出した。
受け入れてもらえた。
それも、何もない『ただの』私がいいだなんて!
(まったく、口説くつもりが口説かれているんだから参ったなあ)
それでも喜びでにやける口元がなかなか収まらない。
格好のつかないプロポーズの後に二人で食事をとって、明日の朝が早いからという理由で早々にユリアは部屋に戻ってしまった。
そうして部屋に一人になった私は、まるで夢を見ている気分だ。
嬉しくてどうしようもないなんて、この年齢でまるで子供みたいな自分がおかしくてたまらない。
「旅行中に少しは挽回できればいいのだけれど」
こういうのは勝負ではないのだろうけれど、私はユリアから与えてもらってばかりだと思う。
だからこそ、もらった分だけの幸せを、彼女にも渡したい。
共に幸せであれるなら、それはどれだけ幸福なことだろうか。
ユリアに話したことは全部だ。
ただ、話さなかったこともある。
何故、親父殿が彼女への求婚を渋ったのか、その理由。
ユリアはもう察しているのだろうか?
このことについてはあくまで親父殿の想像でしかないので、逆に彼女を困らせるかと思ってこちらからは口にしなかったけれども……この件については少し、調べてから話したいと思っている。
少しは調べたけれど、もう少しだけ確認したいことがある。
(……ユリアは私と共にあることを嬉しいと言ってくれた。だが、親父殿に言われたように……有能な彼女ならば相手は私でない方が良いのかもしれないという現実か)
いくら名門と呼ばれるバウム伯爵家の長男であろうと、所詮は庶子だ。
貴族社会において、親父殿が当主であるうちはその庇護下にある長男。だからこそ、周囲は私に対して表向きは遠慮もするし敬意も払う。
だが、いずれディーンが跡を継いだ時にはどうだろうか。
私は当主となったディーンの兄というだけの立場になるのだ。
剣を振るう以外には『ディーンの予備』という目で見られている私と違い、ユリアには多くの名声がある。
生まれながらのご令嬢、領地持ち貴族の長女、王女殿下の信頼厚く、職務においても忠実で若くして役職についているだけあって上位貴族たちにも顔が利く。
その上、ナシャンダ侯爵領の特産品において〝ビジネスパートナーである〟と侯爵ご本人がお認めになったこともあって領の経営にもきっと富をもたらしてくれるのだろうと目されているのだろう。
「……ただの私、か」
彼女が望むなら、努力は惜しまないつもりだ。
爵位を得られるように、今後は自ら討伐隊に志願してその権利を勝ち取るくらいのことは、考えている。
勿論、先走りしすぎずに相談して決めるけれど。
分家当主の道には、進みたくなかったのは私自身の問題だ。
だが、同時にこれはユリアにとっても良い話であると私は思う。
だから、戻るつもりはないし、そこは譲れない。
何故なら、分家当主の妻はどう足掻いても分家扱いなのだ。
貴族社会において本家と分家は大きく隔たりがある。
各家によってその扱いはそれぞれ違うだろうし、少なくともバウム家はそこまで格差をはっきりさせるような真似はしないと言えるだろう。
それでも、外の連中は違うだろう。
おそらく、遠くない未来で嫁いで来られる王女殿下とユリアは義理の姉妹として仲睦まじい姿を見せてくれるに違いないが、社交の場でユリアは……日陰者の扱いをされる。
ただの分家当主となった私では、ユリアを自由にさせてあげられない。
同じただの騎士の方が、金銭面で不自由ではあってもこれからを望めるだけ違うように思う。
(まあ、全部これからの私次第だな)
ユリアをただの分家当主となる男、もしくはただの騎士爵に落ち着く男に嫁がせるくらいならばという動きがないと言い切れないのはなんとも歯がゆいことだ。
少なくとも、彼女の意思を尊重してくださる方々が殆どだということは理解している。
それでも、ファンディッド子爵はそうもいかないだろう。
今のところ、セレッセ伯爵という存在がそういう方々を牽制してくれているのだと思うと……はあ、面倒な先輩ではあるがやはり頼りになるなあ。
癪ではあるけれどね。
(本当は)
私が、全部。できれば、良かったのに。
こんな面倒な生まれでなくて、私が義母上の息子として、長男として生まれていれば。
ディーンが、遠縁の連中から私のことで色々言われて悔しい思いをしていたことは知っている。
気にするなと笑って見せても、私を慕ってくれる彼にはどれだけ苦しいことだったろう。
そんな重荷を、背負わせることもなかったのに。
(おかしな話だ)
早く、ディーンが跡を継いでくれて、私を親父殿から解放してくれたらなんて思っていたのが、遠い昔の話みたいだ。
ほんの、一年ほどで自分がひどく変わったことを思って、笑ってしまう。
「まあ、いいさ」
ユリアは、私を選んでくれた。
ただの私を、選んでくれた。
ならば、私は彼女のその想いに応えられるだけの男でありたい。
騎士として、応援してくれる彼女のために。
(……まあ、プロポーズ自体は格好つかないなりに成功したし、今は多くを望みすぎないで堅実に一つ一つ片付けていくしかないか)
彼女との仲を邪魔してくる者が現れないよう、キース先輩や王弟殿下にも頭を下げて回ろうか。
そういえば、ナシャンダ侯爵さまもお力添えをくださるとお声をかけてくださったし、ああ、ユリアの人徳に私がまた助けられている。
(私だけのユリアでいてほしいところだけれどね)
それが自分のわがままだと分かっている。だから、言わない。
彼女は私を選んでくれた。それで十分じゃないか。
(まずは彼女の了解を得られたのだから、親父殿に働きかけてファンディッド子爵家に婚約の申し込みをして……その後は顔合わせと、婚約手続きをしなくては)
以前顔を合わせているから、ファンディッド子爵も私からの婚約申し込みに関して驚くこともないとは思う。
ユリアの大切な親御さんなのだから、失礼のないように丁寧に書状を書かせてもらおう。親父殿がまだ何か言いたいことがあるかもしれないが、まあそれは先に義母上を通じてお願いするとしようか。
なんだかんだ、親父殿は義母上には頭が上がらないのだから。
それから、婚約指輪をどうしようか。
普通は男が用意して渡すサプライズが良いのかもしれないけれど、ユリアはどちらだろう?
(どちらでもいいって笑ってくれそうだけど)
ああ、あれこれ考えるのにやっぱり思い浮かぶのは、彼女が私の言葉に喜びを見せてくれたあの笑顔だ。
きっと断られることはないだろうと思いながら、内心かなりドキドキしていたことはしばらく秘密にしておこうかな。
それと、何度も夜に彼女の部屋を訪れたり、わざわざ町屋敷に彼女を泊めたりしたのが実は外堀を埋めていただなんてずるいことをしていたのは、……まあ、そのうち許しを請うとしよう。
(ずるい男で、ごめん)
ああ、どうしてくれようか。
この胸の中を、甘ったるい何かが満たしている。
彼女のそばにいたい、抱きしめたい、そう思う衝動のままに行動してはいけない気がして早めに休みたいという彼女の言葉に理解を示したように振る舞って見せたけれど。
(しかし、信頼してくれているのはありがたいけれど、ああも無防備だとこれからが心配だなあ)
ああ、それでも。
まだ正式なものではなくとも、もう、彼女は私の婚約者だと思うと。
幸せだな、と口から知らず知らずに言葉が零れた。




