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結婚してほしい、そうアルダールが言ってくれました。
空耳じゃないです。私が思い描いていた幻想とかでもありません。
「はい……はい! 勿論です!」
何が勿論なんだとか、自分の中で冷静な部分が突っ込んでましたがとにかくぼんやりしている場合じゃない、応えなければと私は思わず大きな声で返事をしていました。
自分でも思った以上に大きな声で返事してしまって恥ずかしくもありましたが、それ以上に嬉しくて、嬉しくて、とにかく嬉しくて!
どのくらい嬉しいかって?
そりゃもう飛び上がりたいくらいだよ!
勢い余って立ち上がった弾みに椅子が倒れてアルダールがびっくりしてしまったし、私もその音で正気に戻ったけども。
「ご、……ごめんなさい……」
「いや」
慌てて椅子を元に戻して座り直すと、なんだか自分の浮かれようが恥ずかしくてたまりませんでした。
でも、嬉しくて。
本当に嬉しくて、顔がにやけてしまうのです。
やばい、今まで経験で培ってきた私の表情筋が働きません! どうしましょう!!
「……ありがとう」
「い、いえ、その、私こそ……」
アルダールの顔もどことなく赤くて、それでもやっぱり嬉しそうで、それを見たらまた私も恥ずかしいけれど嬉しくって、ああ、なんて幸せなのかしら!
「本当は、もっとスマートにするつもりだったんだけどね」
「え?」
「義母上もディーンも応援してくれていたし、付き合っていると報告した際にも何も言われなかったから親父殿も婚約したいと願い出ても反対はしないと思ってたんだ」
アルダールがほっとしたのか、ふーっと息を吐くようにして椅子の背に体重を掛けるようにしてくすくす笑いました。
「ユリアに結婚を申し込んで、受けてもらえたらさっき話した分家を断りたいっていう相談をして……そんな風に思い描いていた」
貴族の結婚は家のため、そしてそれを判断するのは当主の権限。
だからこそ、アルダールの意思として私と結婚したいと思うことと、結婚の申し込みをするのは別の話……貴族の慣習は面倒くさいことも多いですが、これは大切なことでもあるのです。
まあ、一長一短と言えばそうなんですが……。
身分の高い家には逆らえない、そういう面があるからこそ貴族家の付き合いや派閥、年齢、相手の気持ちはどうか、互いに問題がないかどうか……そういうことを考慮の上で判断が下されるのです。
正当な判断ができる当主であれば、例えば放蕩息子が美女だからって理由で面識もない下位貴族のご令嬢を妻になんて言い出したらそれを却下出来るのです。
そうなれば放蕩息子はその下位貴族のご令嬢にいくらアプローチをかけようと、とりあえず彼女の戸籍は守れるって話で……まあ、身分を笠に狼藉を働く人はどこにでもいるので、その辺りは難しい問題ですが。
ほら、パーバス伯爵家の妖怪みたいなね!
とにかく、アルダールはそういった貴族としての順序を守ってまずはバウム伯爵さまに私に結婚の申し込みをする許可を得ようとしたわけですね。
特に彼の場合はディーン・デインさまが結婚する前だとあれこれ詮索したりする人が現れたりする、微妙な立場なので余計に気を遣うのでしょう。
まあそれはともかくとして……。
「ところが、親父殿にはなんでもかんでも相談するのは男として責任を放棄しているとか色々説教されて」
「え」
「別に君に決断を任せるとかそういうつもりじゃなくて、独断でなんでも決めるようなことはしたくないだけだっていう私とは平行線になってね。結果としてまあ、結婚したいなら条件を乗り越えてからきみに申し込めって話になったんだ……」
「ええ……」
じゃあもしかしなくても、アルダールは結構前から私と結婚したいと思って決意を固めてくれていたと!?
それを、バウム伯爵さまが立ちはだかっていた……だと……!?
「アルダールは、結婚したくないのかと思っていました」
思わずポロリとそう言えば、彼は目を瞬かせてから少しだけバツが悪そうな表情を見せました。
だって、でも、そう感じていた私は悪くないと思うんですよ。
(愛されてはいると、思いましたけどね?)
夫人に結婚はいつなんだと問われた時にそれを遮ったりとか、周囲がそういう雰囲気になっても将来の話とかは一切しなかったこととか。
「……ユリアは、働きたいだろうし。私が分家当主になると決まっている状況は、ある意味王女殿下の侍女として当面働き続けることにも繋がると思うし、悪いことじゃないと思ったんだ、けど」
「けど?」
「周りに言われてとか、流されて、とかじゃなくて……私と、歩みたいと思ってくれるのが、一番だと……」
言っていて恥ずかしくなってきたのか、顔を真っ赤にして片手で覆ったアルダールに対して、私も口元に手を当てた。
勿論、にやける口元を隠すためだよ!!
「アルダール」
「……いやもう、笑ってくれていい。バウム領までの旅行の間にこれらの話を少しずつしながら、きみの気持ちも聞いてもう少し行った先の、落ち着ける場所でちゃんと言うつもりだったんだ」
「ねえ、アルダール」
「告白だってなし崩しだったし」
そういやそんなこと言ってましたね!
考えてみるとアルダールからすれば、彼が思い描くように私との関係は進んでいないのかもしれません。
だって、告白はアルダールもエディさんの言葉を受けての衝動的な行動だったって言っていたし……。
初めてキスしようとした時だってハンスさんの邪魔が入って?
その上、私が奪っちゃったわけで……いや思い出すと恥ずか死ねるな。
で、今回の件か……。
まあ凹みたくなる気持ちもわかる。
わかるけど、気にしなくていいのに。
「笑いません。だって、私、幸せだもの」
私が恋した相手は、近衛騎士隊の人で、伯爵さまのご子息で、複雑な家庭事情をお持ちで、誰よりも剣の腕に秀でていて。
美形で、かっこよくて、優しくて、とてもモテる人で。
でも、甘い物が好きで、家族のために自分を我慢しちゃうところがある人で、周りの人が言うような完璧な人とはほど遠くて……。
「ただのアルダール、それが私の大好きな人なの。だから嬉しい」
「……ユリア」
「私と、共に歩みたいと望んでくれてありがとう」
だって、そうでしょう?
この国で望まれる美女の要素なんて殆ど持ち合わせていなくって、正直仕事以外の特技があるかと問われると微妙な私は恋なんて諦めていて。
プリメラさまのお世話があるって、確かにそれは大事なことだけど、どこかでそれを理由に私は選ばれないと思っていたのです。
勿論、それは……前世の記憶もあって、恋愛に対して私が逃げ腰だっただけの話で、実際は縁くらいあったと思いますよ?
これでも子爵令嬢ですし、領地持ち貴族の長女ですし、王女殿下のお気に入りですし!?
それでも、こんな私がいいと、アルダールは言ってくれました。
好きだといつだって言葉にしてくれて、態度で示してくれて、仕事を優先することもあると明言までして、そんなマイナスなことまで馬鹿正直に言っちゃうような人だけど。
そんな人だから、好きなのです。
ああ、どうやったらこの気持ちを伝えられるのでしょう。
「お礼を言うのは、私の方なのになあ……」
苦笑したアルダールが、私の頬を撫でてそっと顔を近づけるのを見て、私はちょっとだけ勿体ないなと思いながら、目を閉じました。
だって、照れているアルダールは貴重ですからね!
(もしかして、いつも余裕綽々だと思っていたけど……本当は、照れてたのかな)
触れるだけのキスだったけど。
それは今までで、一番甘ったるいキスのような、気がしました。




