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町屋敷についた私はあれよあれよと着替えさせられてアルダールの部屋に行くことになり、そして今。
私はベッドの上でアルダールに土下座をしているのであった。
「……ええと、ユリア。顔を上げてくれないかな」
「ほんっとうに! すみませんでした!!」
「いや、その、きみの申し訳ないって気持ちは十分わかったから」
アルダールの苦笑と、困惑が見えなくても伝わる。
いやそうでしょうね、恋人がベッドの上で土下座って普通に考えたらない光景ですよね、わかります。わかりますとも!
でもそうせざるを得ない状況ってものがあるんですよ、今がまさにそうなんです。
どうしてか?
それはアルダールが聞かせてくれた内容でした。
基本的に私は嫌なことがあっても呑み込む傾向にある、ということは……以前、お針子のおばあちゃんとお話をして理解したつもりでした。
今回の、ミュリエッタさんについても勿論、あれやこれやと思うことはあってもそれをアルダールにぶつけるのは間違いだと判断して逃げだそうとしたわけです。
それを彼が良しとしなかった、というか、自分たちのことなのだからぶつけてほしいのだと告げられたのです。
うん、ここまでは普通の恋人としては良いことだと思うんですよ。
お互い思っていることをきちんと話し合える関係って素敵ですよね?
でもここからが問題です。
(いくら……いくらこういうことに経験が不足していて、泣いてしまうだけならまだしも……まだしも!)
完全なキャパシティオーバーで涙ながらに不満や自分の未熟さからの不安、それらとこれまでのアルダールの行動、それらについて論理的ではない言葉を口にしたことは覚えています。
それに対してアルダールが全部受けてくれて、とても嬉しくて、嬉しくて。
……嬉しくて、ですね。
まさかの疲れて寝てしまいました! 子供か!
(目が覚めたらアルダールの腕枕とか! どういう状況だ!!)
ってなわけで、目覚めた直後は土下座である。
窓の外はもうすっかり真っ暗で、ここに着いた時はまだうっすら明るかったのに……熟睡とかじゃなくて良かったと言えるのか?
いや、言えません……いやああああ、穴があったら入りたい!!
アルダールは顔を上げろと言いましたが、恥ずかしさもあって余計に顔が上げられないじゃないですか!!
「うーん、このままじゃ話がしづらいんだけど」
「うっ……」
「それに、あんなに泣いてしまったから顔だって洗いたいんじゃないのかい?」
「ううっ……」
「……少し待っていて。侍女たちには知られたくないんだろう?」
優しい声と、ふわりと私の髪を撫でていく大きな手の感触。
そしてパタンというドアの閉まる音。
アルダールが、私のために濡れタオルか何かを用意してくれるんだろうなと思うと体中から力が抜けるっていうか……情けなさに打ちのめされそう。
「……なんで話をしただけで泣いちゃった上に寝ちゃうかなあ、私……」
ここに着いた時、アルダールはまだピリピリしていて正直怖かった。
けれど、ちゃんと面と向かって話をしようと声をかけられて嬉しくて、でも余計な言葉が口をついて出てしまいそうだからと私ははぐらかすようにして、用意されたゲストルームに戻ろうとして……。
そんな風にまた逃げ出そうとする私を捕まえて、ベッドに押し倒すようにして話をしたいんだと諭されたんだよね。
で、諦めて話を……いや、待って?
……押し倒すように……?
っていうか、押し倒されたよね?
(あああああああああああああ!?)
経緯を思い出して思わず私は顔を勢いよく上げて自分が今、どんな状況か改めて理解しました。
いやいやいや、これはない。なさすぎる。
どんだけ危機感がないんだ、いやこの場合は危機感どころかアルダールの方が理性的過ぎて怖い? そういう問題じゃなかった。
思わずこのベッドがアルダールのものだと再確認して気まずさから下りて、彼の部屋にある椅子に慌てて移動したわけですが、今更感が拭えない……!!
(そもそもルームウェア……って言っていいのかわからないけど、そういう服で恋人とはいえ異性の部屋で二人きりとか、良くないんじゃ……)
それこそ今更なんですけど。
王城にある私の私室で何度も二人きりの時間を過ごしているわけですから、本当に今更なんですけど!!
それでもそれが彼の実家……いや、持ち家? この場合はなんて表現するのが適当か分かりませんが、そういうところってのが余計にこうね?
(いやいや落ち着きなさい、ユリア。こういう時こそ冷静にならねば……!!)
そう、冷静に。
冷静になればなんとかなるはずです。
出来るはずです、私ですもの。それなりに慌てる場面もいくつか経験しているのですからなんとかなるはずです!
冷静になりましょう、そう、冷静に……。
(なれるかあ!)
目を閉じて深呼吸。
それから素数を数えてみたものの、できませんでした!
「お待たせ」
「ひゃい!!」
大きなため息で色々な気持ちを誤魔化そうとした瞬間、アルダールが戻ってきたので私は変な返事をしてしまいました。
そのことにはアルダールも気づいたはずですが、突っ込まずにいてくれて……ああ、うん、そういうところ優しくて好き……。
じゃなくて!
せめて! ノックはほしかった……!!
いや、ここアルダールの部屋なんでそれを言うのも違う気がして私はなんとも言えなかったんですけどね。
もしかしたらノックしたのかもしれないし……私が一人でジタバタしていて気がつかなかった可能性があると思うと、怖くて聞けない。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう、アルダール」
受け取ったタオルはほんのり温かくて、お湯でわざわざタオルを準備してくれたのかと思うとちょっと、いや、かなり……その気配りが嬉しい。
「落ち着いた?」
「……ええ、多分……?」
「どうしてそこで疑問形かなあ」
私はまだ恥ずかしくて目に当てたタオルを少しずらすようにしてアルダールを見れば、彼はただ優しく笑っているではありませんか。
「……そんなこっちを見つめられると、すごく居たたまれないので止めていただきたいんですが」
「口調が他人行儀だね?」
「そうせざるを得ない状況に追い込まないで!?」
「いやあ、話をしている最中に急に寝てしまうものだから焦った意趣返しというか」
「酷い!」
笑い合ってみると、少しだけ恥ずかしさが和らいだ気がします。
彼なりにこの場を和ませようとジョークを言ってくれたんだなと思えば、私もいつまでもこうしていてはいけないのでしょうね。
「……安心した。ユリアが本音を言ってくれて良かったと心底思っているけれど、こんなになるまで聞けなかった自分も不甲斐なく思っている」
「アルダール……?」
ひとしきり笑い合ったところで、アルダールが真面目な顔で私を見つめ、手を繋ぎました。
その手は震えていないのに、どこか震えているような気がしたのは……私が震えているせいでしょうか?
この表情、どこかで見たことがある。
一体、どこで見たのかしら。
そんなことを思う私に、アルダールは穏やかな口調で言葉を続けました。
「ユリア、全部、話すと言った約束を、今ここで果たしてもいいかな」
「え?」
「本当は、旅行中にゆっくり、少しずつ……話すつもりだった。いっぺんに話して、きみの負担になってはいけないと思ったから。でも、今話したい」
「……え、ええ。構わないけれど……」
「ありがとう」
私の言葉ににこりと微笑んだアルダールは、なんだか吹っ切れたような表情をしているのでした。




