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「失礼いたします、ユリアが参りました」
「お入りなさい」
心持ち、なんだか声が弾んでる?
何か私がいない間にいい事でもあったのかしら、と室内に入るとプリメラさまがおひとりで立って出迎えてくださった。畏れ多い、とは言わない。しっかりドアを閉めて、静かに歩み寄ってほんの少しだけ声を潜めて笑う。
「プリメラさまったら!」
「だって。ちょっと寂しくなっちゃったんだもの!」
廊下側には護衛騎士が立っている。
部屋の中にも本来はいるのだけれど、プリメラさまがきっとお願いしておいたんだろう。
私が入ったら彼女は出て行ってしまったから。
その上でドアをしっかり閉めた私を確認して、プリメラさまが両手を広げて抱き着いてきたんだからこれがにやけるなって言われても無理でしょ!
寂しかったんだって! 私いなくて寂しかったんだって!!
「ふふふ、いつからそんなに甘えん坊さんになってしまわれたんですか?」
「あら知らなかったの、私はずぅっとそうよ!」
ここは侯爵さまの邸宅ですからね。流石にお互い声を潜めて、ですけれど。だけれど誰もいない状態でなら、ちょっとくらい、ね? プリメラさま曰く、優秀な“影”がついているから誰にも監視されていないので安心していいらしいんだけどね……影ってなんぞって思ったのは私だけじゃないはずだ!
影っていうのは通称で、王族の方にのみ付き従うなんていうの? 日本人的な感じで言えば忍者? 御庭番? そんなイメージです。プリメラさま付きの影は私は会ったことはありません。きっとこのやり取りは見られてるんでしょうが、それでなにかアクションを起こされたこともないのできっとプリメラさまの意向を一番にしてくれているんだと思います。
なんだか得体の知れない人に見られてるの? って最初はビビってましたけど最近はもう気にならなくなっております! 成長ですね!!
「どうしても晩餐の前に来て欲しかったの」
「まあ、何かございましたか? プリメラさまの苦手な野菜は晩餐のメニューにはなかったと思いますけれど」
「ち、違うよ! メニューをこっそり変えて欲しいとかじゃないの! あのね、あのね」
プリメラさまはちょっぴり顔を赤くして私から離れると、綺麗なレースのハンカチを取り出されました。……うん、ハンカチ? なんだかついさっきまで私がにらめっこしていたものを思い出しますが……あれよりももっと上質なもので、綺麗な刺繍が施されています。図柄は赤い薔薇がふたつです。
「あのね、ユリア母さまに作って差し上げたかったの。普段からプリメラの為にありがとう。これからも元気で、そばにいてね!」
「……プリメラさま」
可愛い。
もうね、可愛い以外になんて言葉があるでしょう。
可愛くって仕方ありません!!!
っあーーーー!!! プリメラさまの侍女になって良かったー!!!!
もう窓を開けて大きく自慢で叫びたい気持ちです。勿論しませんけど。ええ、良識ある大人ですからね。立派な侍女で大人ですから表面上冷静を装ってますが、内心大はしゃぎですよ。
「なんと言っていいのでしょう。とても、……とても嬉しいですわ。大切に致しますね!」
「喜んでくれてよかった! あのね、メイナがね、実家のお母さまに日ごろのお礼でハンカチを渡したりするんだって話を前に聞いたの。それで私はいつもお世話してもらっているのに、ユリア母さまになにもできていないのだなあって思ったものだから……そりゃね、普段は私は姫だし、ユリアは侍女だけど……でも、えっと」
「無理に言葉になさる必要はありませんよプリメラさま。お気持ちは十分伝わりました」
「そ、そう?」
「もしや私にお休みを与えられたのは、刺繍をなさるためだったのですか?」
「うん、そうよ! あっ、でもユリアにゆっくりして欲しかったのも本当だからね!」
慌てて色々理由を言っちゃうプリメラさま、子供らしいその表情は私からすると自然なものだけど可愛くて仕方ないよね! 本当、素直に育ってくれた。
ゲームだと確かこのくらいの年頃の時には標準的な貴族子女の倍の体重とかそんな設定だった気がする……あと我儘で常にお菓子を食べている、だったかな。今と全然違うなあ……。
これならヒロインが現れて誰とイベント起こそうが、プリメラさまが苛めたり立ちはだかったりなんかしないでしょう。そうなれば彼女の人生は安泰です! ディーン・デインさまのことが問題かなとは思いますが……今のディーン・デインさまはプリメラさまに夢中ですし、今の所ドM要素は見受けられません。
はっ……まさか今回のバウム伯主催の騎士道合宿で目覚めてたりなんかしませんよね?!
いやいや、勉学にも目覚めているようですしきっと大丈夫……でしょう……?
「ユリア?」
「いえ、なんでもございません。そういえばプリメラさま、ディーン・デインさまには何かお贈りにならないのですか?」
「勿論贈るわ! ネックレスのお礼も申し上げたいし……お父さまにまたお茶会をしたいってお願いしたら、近いうちに叶えてくださるってお約束してくださったの。それまでに何かご用意したいと思っているのよ。何か良い案あるかしら?」
「それでしたら、最近は勉学の方も楽しくなって来られたとのことですしペン先はたくさんお持ちでしょうから軸の方を贈られてはいかがでしょうか」
「……ペン軸かあ! そうね、それはいいと思うわ!! あとインクも贈ったら、その内社交界デビューしたのちにお手紙を書いてくださるかしら!」
それはちょっと気が早いんじゃないかな? 確か王太子殿下が冬頃14歳になられるから、同じくらいにディーン・デインさまも14歳になって……ゲーム上だと同い年で同じくらいの生まれだからって仲良くなるんだったと思ったけど。そのくらいでヒロインも登場したんだよね、王太子殿下の誕生日間際に国王陛下が温情で王宮に招いて教育をっていうイベントが発生して……たしか誕生日が近いって聞いてお祝いしたいとか言い出しちゃうのが出会いイベントだった。天真爛漫な主人公っていう設定なんだけど、空気が読めない子って見えるよね、こうしてここで生活してると。
まあそれはともかくとして、確かディーン・デインさまも王太子殿下と社交界デビューを一緒にするって話だった。だからゲームのエンディングがデビュー後=成人だから結婚の話題でハッピーエンド、っていう図式が成立するんだけど。
そう考えると、プリメラさまのご希望が叶うのは少なくとも来年以降……? まあそれよりも前に国王陛下がプリメラさまの婚約を発表してしまえばもっと早くにラブレターを貰えるのかもしれない?
いやいや、それよりももっと前段階で問題なのはディーン・デインさまのあの字の汚さだ! 改善されたとはいえまだまだ汚いからなあ……“読めない”が“読める”になっただけだからね……。
でもまあ、プリメラさまからしたら婚約者からのラブレターが欲しいんだろうなあ。可愛いなあ、女の子だなあ! まあ、まだ候補だけどこのまま上手くいって欲しいと私も思っているし。
嬉しそうにしているプリメラさまには笑顔を向ける以外できない。
どんな素材の軸にしようかわくわくしている様子から、下手なことは言えるはずもない。
……うん、ディーン・デインさまに字の勉強をしっかりするように手紙書こう。
ディーン・デイン、ピンチである。