404 甘い夢から目を覚ます
今回はミュリエッタさん視点。
「……どうなってんのよ……!」
あたしは、自分の部屋で呆然とするしか出来ずにいた。
おかしいなって思っていたんだ。ずっと、ずっと。そう、ずっと。
あたしがシナリオと違うことをしたから、ズレが生じているんだって思っていたけど、どんどんあたしが知っている【ゲーム】の内容からかけ離れていっているこの現実に、爪を噛む。
少しずつ、少しずつ、上向きになってきた……ように思う。
あたしは自分を評価してくれない治癒協会に対して思うところはあったけど、殊勝な態度で臨み周囲から信頼を勝ち得ていくしか今はないんだと不満はなんとか呑み込んで毎日毎日、面倒くさい仕事をこなし続けている。
お父さんは騎士になってシゴかれているみたいだけど、英雄として期待されているんだって毎日目をキラキラさせているから楽しいようでなによりだ。
あたしがこんなに苦労しているっていうのに!
そんな中、タルボットさんが数日離れてくれてあたしとしては監視の目が離れたようでほっとした。
まあ、それでも〝英雄の娘〟であり、有望な治癒師でもあるあたしの周りにはいつだって人がいる。
美少女の運命か……なんて最初のうちはちょっと浮かれていたけれど、段々それが鬱陶しくてたまらなかった。
まだタルボットさんが一緒の時の方が、周りも遠慮してくれてたんだなあと思うとうるさいおじさんだなと思ったことを反省する。
だけど、タルボットさんが戻ってきた時、あたしはぎょっとした。
何故、攻略対象であるリード・マルクが一緒にいるの? 商売敵の息子じゃないの?
しかも綺麗な女の人を連れている。
今はまだシナリオ開始前だけど、どういうことなのかさっぱりわからなくてあたしは混乱する。
(ゲームのオープニングから、スタートまでの数ヶ月は確かに空白の時間。『あれから数ヶ月』とかそんなテロップの中に、何が起きていたかなんてプレイヤーにはわからない)
けれど、これがそんな簡単な話じゃないことくらいはわかる。
ゲーム開始前からリード・マルクがミュリエッタと知り合いだなんて話は設定集にも書いていなかったし、シナリオの中にもなかったはずだ。
しかも、その連れてきた綺麗な女性はユナ・ユディタといって、フィライラ・ディルネの幼馴染で文官だという。
これからクーラウム王国に嫁ぐフィライラ・ディルネさまのために、彼女が作った商会を今後引き継ぎ、この国との交易に一役買うという役目を担うことになっている……らしい。
そのことについてリード・マルクが語ったことで彼女もまた驚いていたけれど、そんなのどうでもいいくらい、あたしの方がびっくりした。
(だって、そんなの……続編のシナリオになんてない)
それを言ったらそもそもゲームのフィライラ・ディルネは婚約なんてしていなかったんだけど。
どうして? なんでこんなにも違うの?
あたしの疑問に答えてくれる人なんているはずもないし、その場で取り乱すなんて自分の立場を悪くすることだからこうして家に戻ってきてからノートに向かってあれこれ書き出してみる。
あたしの思い違い、忘れていた部分がある、きっとそう、そうだ。
一個ずつ埋めて、それをフォローする形で【ゲーム】に近づけていけば、まだやり直しが利くはずだ。
だって、【ゲーム】はまだ始まっていない。
そう思ったのに、書き出しても書き出しても、スタート以外全てが違う現実は変わらない。
あたしが冒険者になっただけなら、ここまで違わなかったはずだ。
だってお父さんはちゃんと貴族になったし、騎士になった。その表記はあったんだからちゃんと成功していたはずだ。
それなのに、プリメラは肉まんじゅうじゃないし、噂じゃディーン・デインと仲睦まじいって話だし、リード・マルクも見た感じはゲームと同じだったけどどうだか……。
王太子サマとクリストファはゲームの通りって感じだったけど、フィライラ・ディルネとの婚約が成立しているあたりやっぱり違うんだろう。
どこまで行っても、シナリオと重ならない現実が、あたしを責めているようだ。
(そもそも、隠しキャラルートを発生させるイベントが起きていないからこうなった……? でも、それってエンディング制覇して初めてできることであって、現実でできるわけじゃない……でも、もしそうだったら?)
それなら各隠しキャラはあたしに好意を抱くことはなく、普通に他の人間と恋をしていたって何もおかしくないわけで……だけど、それじゃあおかしいじゃない!
隠しキャラルートをやるためのエンディング制覇だなんて、現実じゃできるわけがない!!
いい加減、認めないといけないのかもしれない。
あたしがいるこの世界は、【ゲーム】と似て異なる世界なんだってことに。
今まで、ミュリエッタとしてあたしが頑張ってきたことは全部無駄だったってことを、認めなくちゃいけないのかもしれない。
(いいえ、いいえ、それじゃああたしは、なんのために記憶を取り戻したのよ!?)
あたしだけが取り残されている。
世界は、日々、動いていて……あたしが知らないストーリーが展開されている。
(どうして、なんで?)
あたしは幸せになるために記憶を取り戻したんじゃないの?
あたしがみんなを幸せにするために記憶を取り戻したんじゃないの?
そう信じてやってきたことが全部違うだなんて、認めることはあたしを否定するみたいだ。
あたしはヒロインだから、絶対に……ハッピーエンドしかないって信じていたから前に突き進むことが出来たのに。
好きな人に好かれず、周りからは期待だけされて、偉い人たちには叱られてばかり。
こんなの、あたしが望んでいた世界じゃない。
(怖い。なんで。あたしが、ヒロインじゃないの?)
ガリッと音がして、あたしは思わず顔をしかめた。
痛みの元は、噛んでいた指。
「……痛い」
噛みすぎた親指の爪はボロボロで、血が滲んでいた。
夢じゃない。
これは、悪い夢でもなければあたしが期待していた甘い夢でもない。
現実だ。
「どうすりゃいいのよお……」
もうわけがわからない。
ここは大好きなゲームの中じゃないの? あたしが幸せになれるために用意された世界じゃないの?
いっそ記憶を取り戻したりなんかしなければ、ハンスさんが言うみたいに身の丈に合った幸せを手に入れて、笑ってられた?
わからない、わからない、わからない!
誰か、あたしを助けてよ!
どうしてみんな、あたしを置いてけぼりにして幸せになっちゃうの……?
「あたしが幸せにしてあげなくちゃいけないのに……!!」
そうじゃなきゃ、誰もあたしを幸せにしてくれないんだ。
独りぼっちだったあの家にいた前世の頃のように、この世界だけが救いだった。
夢を見せてくれて、愛してくれて、だからあたしも愛を返すの。
「――ミュリエッタ? どうした? いるのか?」
「お、父さ、ん……?」
「ミュ、ミュリエッタ! どうしたんだ!? 怪我してるじゃないか……!!」
仕事から帰ってきたお父さんがあたしの様子を見に来てくれた。
ああ、これだけでもあたしは愛されている。
あたしがお父さんを幸せにしたからだ。
じゃあ、誰があたしを幸せにしてくれるのかしら。
「ああ、大したことはなかったようだな。良かった良かった……」
「うん、ごめんなさい。ぼうっとしてて……」
あたしはミュリエッタ。
ゲームの中ではヒロイン。
だけど、ここは現実の世界。
ヒロイン・ミュリエッタとして作り上げてしまったあたしはもう限界。
少しずつ本来の自分に寄せて行っていても、もう限界だ。
逃げ出したい。
だけど、逃げ出すなんて出来ない。
だってどこに逃げたらいいのかもわからないもの。
(大好きなあの人がいてくれたら、怖くないと思ったの)
思い通りにならないこの世界は、前世と同じ。
それを知ったら、怖くなった。
あたしは今、笑えているかな?
ヒロインらしく、朗らかに!
ちょっとしか変化がないように見えて、これは大きな変化なのです。
【お知らせ】
活動報告にも記載させていただきましたが、4月より忙しくなるため、更新頻度を変更いたします。
こちらの「転生侍女」に関しましては週1回、毎週水曜日更新とさせていただきます。
物語を楽しみにしてくださっている方には大変申し訳ございませんが、ご理解いただけると幸いです。
余裕のある際には他の作品も更新していけたらなと思いますのでお楽しみに!




