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身構えた私でしたが、本当にリード・マルクさまはお忙しいらしくすぐにその場を後になさいました。
ユナさんと、タルボット商会の会頭を引き連れて。
なんでしょう、まだ少年と言って間違いない年齢ですのに、それなりに大きな商会の会頭を引き連れて歩くことに違和感がない姿!
末恐ろしいとはまさにこのことです。
(……それにしても、ユナさんを何故連れて歩いているのかしら)
まあ想像出来る範囲ですと、彼女は今後マリンナル王国の人間として、クーラウム王国内の商会で学ぶという扱いですので……本店の見学と心構えを説かれたとか、そのあたりでしょうか……?
タルボット商会の会頭さんがいらっしゃったのも、あちらの国との仲介をしているから……そして、リード・マルクさまが案内して回るのは任されたから、とか?
ユナさんは、一体リジル商会でどのようなことを任されるのでしょう。
まさかこの本店ってことはないと思うんですが、いやでも目が行き届く環境と言えばそうかも?
なにせ彼女も一応は〝他国からお預かりしている研修生〟みたいなものですから……その理由はともかく、対外的には。
(まあ私がここで考えたってしょうがない)
するっといなくなってくれたんだから、それで良しとしなければ!
無用な詮索は厄介ごとを引き寄せてしまいかねませんからね。
王太后さまが今後のことをお約束くださったのですし、気にしすぎてもよくありません。
若干微妙な空気になってしまったことに苦笑しつつ、私とケイトリンさんは買い物をすることにしました。
目的は決まっているので、応接室に案内された後はやることなんて簡単です。
まあまさかの私相手に本店店長が相手してくださるとは思いもしませんでしたけどね……。
とはいえ、やることは変わりません。
あれこれ条件を述べて、それに見合った品を持ってきてもらい、もっと良い物はないのかと聞いてみたり逆に勧められたり、そういうやりとりをすればいいんです。
ええ、簡単ですとも。
(億劫ですけどね!!)
正直お気軽にジェンダ商会でお菓子の詰め合わせ買って終わりとかにしたい気持ちだってありますよ、だけど今回は特別っていうかなんていうか。
高位貴族の女主人が待つ邸宅にお伺いする上、それがカレシの母親ってなるとやっぱり良い印象を持たれたいじゃないですか!
普通の菓子折持っていったからって『所詮下位貴族の娘なんだな……』なんてがっかりするような女性じゃないってわかってますよ!!
でもそういうんじゃなくて、こう……わかりますかね……。複雑な乙女心なんですよ!
とにかく、そういう行程を乗り越えて紗の扇子をゲットです!
それだけでなく、二週間以内で細工の追加もお願いすることが出来ました。
持ち手の所に花模様と宝石を品良くあしらってもらう予定です。
いやあ、堅実に生きてきたことが今回こんなにいかされるだなんて思いもしませんでしたが……『王女宮筆頭さまには今後とも当商会を利用していただきたいので』って言われてしまいましたね。
まあ、紗の扇子はなかなか実用性も高そうでしたので、自分用にもコッソリ購入いたしました。
濃いめの紺青色が扇面の上から下へと薄まっていくグラデーションになっているもので、小さな金銀のラメが施されている品でして……夜会とか、あんまり行く予定はないですけれど……あったら、いいかなって。
(別にアルダールを意識したとか、そんなことはないし。持ち手の所に彫られている鈴蘭が可愛かっただけだし)
言い訳めいたことを自分でも考えつつ、ケイトリンさんをチラリと見ると彼女は彼女で目をキラキラさせていました。
彼女もお年頃な女性ですものね!
その様子が微笑ましくてつい見つめていると、その視線に気がついた彼女はぽっと頬を赤らめました。
「も、申し訳ございません。護衛の任務に就いておきながら、このような……以後、気をつけます」
「いえ、構いませんよ。リジル商会の応接間ですもの、貴女がいてくださるだけでもこちらの警備の方々もきっと身が引き締まる思いでしょう。それでより安全に全ての方が過ごせるならばそれでよろしいじゃありませんか」
「……でも……」
リジル商会は警備がきちんとしていることでも有名です。
その中でも応接間となればお得意さま相手のお部屋、警備はさらに厳重なのですから、ケイトリンさんがほんの少し油断しても大丈夫ではないでしょうか。
勿論、褒められたことではありません。
けれど目の前にいる商会の本店店長がにこにこと笑っています。
それもこれも自分たちの警備体制に自信があるのでしょう。
まあ警備の方々は騎士が私の傍にいるので、いつも以上に緊張しているのかもしれませんけど。
なにせ、彼女の制服は滅多にお目にかかれない、護衛騎士のものなのですから。
それだけでどれだけ優秀なのかわかってしまうんだから、制服って偉大。
「行き帰りの護衛はきちんと務めていただいておりますし、この部屋での安全は商会が名を懸けてくださるに違いありません。それに、ケイトリンさんはきっと私を守ってくださると信じておりますから」
「ユリアさま……はい、勿論です!」
「それで、どちらの品が気になったのですか?」
「あ、はい。わたくしとしては、あちらの品々が……」
ケイトリンさんの話は私にとってとても参考になるのです。
なぜならば、彼女は裕福な高位貴族のお嬢さまなのです。
そんな彼女は社交界の情報にも聡く、また若い感性もあるのだから今の流行を知るにはもってこいの人材なのです……!!
(ある意味ラッキーだったわあ)
私自身も流行にはそう疎くないと自負しておりますが、あくまでそれはプリメラさまの御為に学んでいるだけなので……。
実際に自分が貴族令嬢として、という立場で見た時には自信が今ひとつないわけです。
かといって、じゃあ高位貴族で頼れる女子といえば?
そう、われらがビアンカさまがいらっしゃる! うん、規格外!!
裕福とかそんなの通り越してますし、社交界の花に憧れることはあってもあの方の真似は……ちょっと、今の私には無謀かなって……。
教えてくださいってお願いしたらあれこれ教授してくださるでしょうし、きっと私のレベルに合わせた小物なんかもチョイスしてくださるとはわかっちゃいますけども。
(同時にしれっととんでもない品物とかを『友達のために』とか仰ってプレゼントしてきそうだから頼りづらいんだよなあ……)
またそれを素直に受け取れない私だから問題なんだろうけど。
その辺、お互いに折り合いを付けていかないと……なんせ、爵位の差はあれどもお友達なんですから。
(……もし、私がナシャンダ侯爵さまの養女になっていたら……違ったのかしら)
結局、あのお話はなかったことになったけれど。
それも私の我が儘を周囲が受け入れてくれたってだけの話だし……ああ、思い返すとご迷惑をお掛けしているよなあって、落ち込んでいる場合じゃありませんでした。
「それでは、諸々よろしくお願いします」
「はい、確かに承りました。今後ともどうぞご贔屓に」
ケイトリンさんを伴って、私たちはリジル商会を後にしたのでした。
早速王城に戻ったら、紗の扇子をプリメラさまにもご覧に入れてご希望を伺おうっと!




