401
アルダールと話し合った結果。
予定としては仕事を昼か夕方で終えることが出来る日から外泊届を提出し、その日に町屋敷で一泊、そこから馬車で移動しバウム伯爵邸に寄りおそらくそちらで一泊の後、アルダールが育った場所を見て帰る……という感じに決まりました。
途中途中気になったものがあれば寄るもよしって感じの大雑把な計画です。
とりあえずはその予定で調整するために、私はセバスチャンさんに相談することにしました。
今は大きなイベントごともない時期ですからね、引き継ぐことも特別ないといえばないのですが……それでも責任者として気を配るのは当然というものです。
そして私が責任者として次に頼るのは、やはりセバスチャンさんなのです!
「……というわけで、その際はよろしくお願いします」
「かしこまりました。お任せください」
柔和に微笑んで快諾してくれるセバスチャンさんですが、なんかすごく……こう、微笑ましいものを見ているぞっていう視線なのは何故でしょう。
いえ、わかっておりますとも。
以前から私の恋について色々と応援してくださっておりましたものね!!
「さて、業務的な話は一旦横におきまして、少々お時間よろしいですかな?」
「はい、大丈夫ですが……。珍しいですね、セバスチャンさんがそのように仰るなんて」
「いやいや、それもこれもきちんと自分で話をしておくべきかと判断してのことですぞ?」
いつものようにお茶目な笑顔でウィンクをしてくれたセバスチャンさんでしたが、すぐに真面目な表情になりました。
それに釣られて私も背筋を正すと、セバスチャンもそんな私の様子にふっと目元を和らげます。
「……思えば、貴女とのお付き合いも長くなりましたな」
「十年以上ですから」
「殆ど実家にも帰らずここで過ごしてばかりで、当初は心配もしていたものですぞ?」
「その節は大変ご迷惑を……」
王女宮にプリメラさまが移られた時に、私とセバスチャンさんだけだった。
当然まだ侍女として未熟な私は、セバスチャンさんに指導していただきつつ日々の業務をこなしていたわけで……。
(あの頃は、少しでも早く仕事を覚えなくてはって躍起になっていたのよね)
まあ実家に帰ると見合いの話をされるのがイヤだったってのも理由の一つだったんだけども。
早く一人前になりたかったのも事実。
でも今更どうしてそんな話を?
私が懐かしさと同時に不思議に思って首を傾げると、セバスチャンさんは珍しく疲れた様子でため息を吐きました。
「プリメラさまから、私が影であったことを耳にしたと」
「あ、ああー。はい、もしやそれで何か問題でも!?」
「いえ、何もございませんぞ。聞いたのが若いあの子たちであるならば多少なりとも口止めは必要でしょうが、貴女はきちんと分別があると知っておりますからな」
「あ、ありがとうございます……?」
多分コレは褒められている。
素直に受け取っていいはずだ!
でも若干『もしかしてそのせいで厄介な話をされる可能性が……』なんて疑いの気持ちも首をもたげているのですが、考え過ぎでしょうか。
「私は確かに国王陛下の影、その一人でした」
「は、はい!」
「加齢と共にやはりそれなりに衰えが見え始め、影は本来そのまま……名もなき者として、影が育つ所へと戻るものなのですが、陛下は役目を与えてくださり、今に至るというわけです」
「……なるほど?」
「ふふ、何故このような話をされているのかさっぱり理解が出来ないと言った顔ですな!」
楽しそうな笑みを浮かべたセバスチャンさんは、ふと私の方に手を伸ばしてきました。
少しだけ躊躇うような素振りを見せた後、私の頭を優しい手つきで撫でてくれたのです。
それは私の記憶が確かならば、これまでで初めてのことのように思います。
「……勝手に、名乗るわけにはいきませんでしたからな。ですが、プリメラさまがお話ししたのであれば、自分の口からも告げておくべきだと思ったのです」
「セバスチャンさん……」
そうですよね、自分が『国王陛下の影出身です!』なんて自己紹介、普通に考えたらできませんものね!!
プリメラさまという主が信頼して私に話した、そういう事情があれば情報の共有という形で話すことも出来たのでしょう。
いいえ、勿論、セバスチャンさんが今こうして自分から話してくださっているのは、私と過ごしてきた年月による信頼だと承知しております。
建前を理解しておかないと頬が緩みそうになるじゃありませんか!
だって、ものすごく嬉しいんですもの。
影というお役目の性質上、話すことが許可されたからといってそれは別に感情に左右されるべき問題ではないのだと思います。
それでもセバスチャンさんは、きちんと、私に対して直接言いたかったと仰ってくださったのです。
これを喜ばずになんとしましょうか。
よくわからないまま小娘の面倒を見させられた日々を思えば苛立ちもあったでしょうに、今では時折お酒を一緒に飲んだり美味しいお茶を淹れてくれたり、時折世話焼きな面を見せたりと全く以て影だなんてこれっぽっちもわかってなかった私に対してこの真摯な対応ときたら!!
しかも頭まで撫でて、コレまで築いてきた関係が確かなものであると……なんでしょうか、実家にいたのと同じくらいの年月を過ごし、そして共にいた同僚であり先輩であるセバスチャンさんにこれまでも認めていただいていたと理解しています。
理解していますが、それとはまた別の、こう……こみ上げてくるものがあるじゃあないですか!
そんな風に感動している私に、セバスチャンさんはふと再び真面目な顔をなさいました。
「ただ一つ、申し上げておかねばならぬこともありましてな」
「はい? なんでしょうか」
きりっとしたその様子に、私も再び姿勢を正す。
するとセバスチャンさんは人差し指を立てるようにして、続けました。
「もうこの流れでおわかりでしょうが、ニコラスのやつは王太子殿下の影。とはいえ、あのように性格がねじ曲がっておりますのはあやつくらいのものですので、どうか一緒に考えぬようくれぐれもお願いします」
「は、はあ……」
あれ、そんなことバラしていいのかな。
察してるだろうけどって全然察しておりませんでしたね!
ええ、まあ、言われてみればなるほどーって感じではあるんですが。
ニコラスさんが。へえ、ふうん。
いや、どうでもいいや。
(っていうか、性格がねじ曲がってるって言われてるし)
しかも他の影たちはそんなことないってフォローが入る辺り、ニコラスさんのせいで風評被害でも広がってるのかしら? 影界隈に。
だけど影界隈ってものすごいニッチな界隈だな……。
「それでは、これからもよろしくお願いしますぞ」
「……ええ。よろしくお願いします、セバスチャンさん」
肝心な仕事内容とかについては一切触れていない、だけど私もそこには触れない。
おそらく、お互いのためにはそれが一番なのでしょう。
プリメラさまと過ごすために必要な伝達事項ってわけでもないしね!
これからもよろしくってことは唐突にセバスチャンさんが引退するとかでもなさそうだし!
それならそれでいいんです。
私にとって、平和に生活出来るのが一番なのですから!




