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公務を終えて、日常が戻って参りました!
アルダールと今後の約束をきちんと決める前に、まずは王太后さまにインクを渡さねばなりません。
ということで、離宮にて王太后さまと現在お茶を共にするという栄誉をいただいております。
侍女という立場ですと雇用主である王家の方々と同じテーブルを共にするなどあり得ませんが、本日は非番ということもあって是非にと……王太后さまにそう言われたら断るなんてあり得ません。
勿論、立場の問題云々という理由でもありますが、私の尊敬するお方の一人ですもの。
ご一緒するとなると、緊張はいたしますが……とても嬉しいことでもあります!
「そう……そんなことがあったのねえ」
「はい。王太子殿下も驚いておられるご様子でした」
「そうよねえ。おそらくだけれど、あの子の手には余ると息子が判断したのでしょう。でなければ、ユリアが言う通りあまりにも上手くいきすぎだものね」
プリメラさまの公務、そこでのご様子などを聞きたいと仰ったので私としてはいかにプリメラさまが頑張っておられたかしっかりとお伝えしましたよ!!
まあ、その流れで……今回の騒動にも触れることになったんですけどね。
王太后さまの耳にも勿論、フィライラ・ディルネさまとユナさんの件は届いていたようで、改めて私の話も聞いておきたいとのことでした。
後日、マリンナル王国から正式な話……と言っても、国同士が知っていればいい話し合いというやつで、周囲に触れて回るような内容ではない話が来るのだそうです。
(え、いや、なぜそのことを私にお話しになるのか……!!)
確かにまるで無関係とは言いませんけども。
けれど、ユナさんの処遇とか、彼女を今後どう扱っていくのかとか、フィライラ・ディルネさまに関してユナさんを御せなかったことについてとか、王太子殿下が報酬としてもらうとしていた船についてとか、まあ色々あるんでしょうね。
ユナさんはあくまでマリンナル王国の人間である以上、リジル商会で働くとなるとあちらから〝お預かりした人材〟って扱いになるのかしら……?
ともかく、そこにプリメラさまと私が関与することはないと思います。
話し合いも含めてね。多分!!
(迷惑をかけたから……ってことで何かあるとか?)
ただ、わざわざ教えてくださるってことは何かあるのだろうなあと思ってしまうのは勘ぐりすぎでしょうか。
そんな風に思ったところで、王太后さまがふっと微笑みました。
相変わらず優雅にお茶を飲むその姿はお美しい。
お若い頃の王太后さまのお姿は、肖像画で拝見したことがあるのですが……実物はあれの数倍素敵だったに違いない!
「わたくしの名にかけて、今後は貴女たちに迷惑をかけさせないようにしてみせるわね。期待していてちょうだい」
「えっ!? あ、ありがとうございます!」
違いました。
まさかのものすごく頼れる発言でした!
(王太后さま、相変わらずかっこいい……!)
「まったく、男どもと来たら困ったものねえ。勿論、降嫁するまでプリメラは今後も公務に携わるのだし、今回のようなことは経験しておくに越したことはないのだけれど……それでもちょっと欲張りすぎたのね、あの子も」
王太后さまが仰る『あの子』は王太子殿下のことでしょう。
確かに、妹と婚約者にかっこいいところを見せた上で船の権利ですとか、マリンナル王国に対してご自身の有能さを見せつけたかったのだとしたら……ちょっぴり欲張ってしまったという結果になったのだと思います。
何もしない方が、有能さが際立つってこともあるじゃないですか。
今回はそういうことだったんだと思います。
「まあ、マリンナル王国からお詫びの品くらいは届くかもしれないけれど、それは受け取ってあげてちょうだいな。これから親戚付き合いをするのだしね」
「かしこまりました」
「それはそうと、以前話したとおり、貴女たち若い恋人の逢瀬を邪魔してしまった償いは約束した通りしてあるわ。とはいえ、お互い仕事が気になるでしょうから、二人で話し合った日を申請なさい。滞りなく受理するよう手配はしてあるから」
「あ……ありがとう、ございます……」
ああ、うん、そうでした。
今回公務が早まった件は必ず補填してくださるという約束どころか、アルダールとの約束についてまで知られているのでした!
なんだろうなあ、別に隠しておきたかったとかじゃないですし、からかわれているとかそういうこともないんですが、やっぱりなんかこう……第三者から『恋人たち』とか言われると照れくさいというか、なんというか……。
「ユリア」
「はい」
「周囲は地味だとか、仕事一辺倒の堅物だとか、そんな風に言う輩もいるけれど、貴女は魅力的な女性よ。自信を持ちなさい」
「王太后さま……?」
「気に食わないことがあるならば、張り倒す……のは貴女じゃ無理ねえ、性格が優しすぎるもの。でも、はっきりと思ったことは言ってやるといいわ。男なんて生き物は、案外鈍感で、きちんと言葉にしてやらないとわからないところがあるから」
くすくすと笑う王太后さまは、テーブルの上にあったベルをちりりと鳴らしました。
すると、箱を持った執事さんと針子のおばあちゃんが現れて私たちに向かって一礼をし、箱を置いて執事さんは下がりました。
「これはね、わたくしたちからの心ばかりの贈り物。男たちの思惑で、若い二人が苦労しているのを見て忍びなくってねえ」
「はあ」
「文句を言うべき相手はバウム伯爵よ、それは覚えておきなさい」
「はあ」
さっぱり事情がわからなくて目を白黒させてしまいましたが、おそらく王太后さまが仰っているのは、アルダールが私に対して『今は話すことができない』と言っていた件のことでしょうか。
ということは、バウム伯爵さまが口止めをしていたってことですよね。
それを今この段階で明かすと言うことは、やはりアルダールが何かをしていて、それについて王太后さまもご存知ってことで……それってもしかして、結構大がかりな話だったりするのかしら。
若干不安を覚える私に向かって、針子のおばあちゃんが箱を開けて中身を取り出して見せてくれました。
「旅行に、着て行って……ババアの、自信作……」
「おばあちゃん……!!」
でも、こんな不安に負けていてはいけませんね!
なんせ、こんなものすごい応援団がいてくださるのです。
アルダールだってちゃんと時期が来たら話す、むしろ早く話したい……みたいなことを以前言っていた気がしますし、私だってアルダールがそうやってきちんと隠さず説明してくれるというその誠意を感じたからこそ信じられるのです。
アルダールが私を好いてくれたから、好きになったんじゃない。
私は、ちゃんとアルダールのことが好きだから、どんなことがあったってちゃんと聞いて受け止めたい。
ほんの一年前の私だったら、相変わらず自分に自信なんて持てなくて、悩みっぱなしだったに違いありません。
「……お二人とも、お心遣いありがとうございます」
差し出されたワンピース。他にもいくつか見えるそれは、私の好みに合わせて、針子のおばあちゃんが心を込めて作ってくれたもの。
これらの服を作るために、布地をきっと王太后さまが融通してくださったのでしょう。
プリメラさまだっていつも私の恋を応援してくださっているし、メイナやスカーレット、セバスチャンさんも、メッタボンも、レジーナさんも。
みんなみんな、味方です。
バウム伯爵さまがアルダールにどんなことを言って、何をさせていたのかは知りませんが……こんなに味方のいる私が、今更負けるわけにはいかないってんですよね!
「……いい笑顔だわ。惚れ直させてやりなさい」
いや、王太后さま、それはちょっとハードル高いです。




