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それからしばらく、プリメラさまと私はのんびりとお茶を飲みながらお話をしました。
買い物に出た先の店での話ですとか、道中ニコラスさんが何を話していたのかとか……プリメラさまからするとニコラスさんは割と話し上手の好青年なんですよね。
今頃あんな飄々とした男が王太子殿下に叱られて困った表情をしているのかなと思うとちょっとだけスカッとした気分ですね!
まあ、私も自分の判断で彼の提案にノった以上、反省はきちんとしております。ええ。
「ねえ、ユリア。あの子、ええと……公爵家の使用人の中にいた、プリメラと同じくらいの子と一緒だったんでしょう? あの子が知らせに来たんだものね」
「……クリストファのことでしょうか?」
「そう! その子!!」
プリメラさまは少しだけ拗ねた様子で私のことを見ました。
おやおや? これはどうしたことか……そう思ったところで、ふと私は気がついたのです。
「クリストファは、この町について詳しいと言うことで道案内をしてくれたのですが」
「でも! プリメラは一緒に行けなかったのに……!!」
ああ、ああ、なんて可愛らしいことでしょう!
これってもしかしなくても、あれですよ……プリメラさまの拗ねていらっしゃる理由が、自分と同い年くらいの少年であるクリストファが私と同行してお出かけしたってことにヤキモチを……!?
やだー! 可愛いー!!
「プリメラさま……」
「ずるいんだもの……こんなプリメラ、幻滅しちゃう?」
「いいえ、いいえ! そんなことはございません。一緒にいたいと思ってくださるそのお気持ち、とても嬉しゅうございます。私もご一緒出来ればよろしかったのですが……」
「……ううん。本当はね、わかってるの。プリメラは王女だもの、立場の問題があるから……仕方ないのよね。あの男の子が、クリストファだったかしら? あの子が羨ましかっただけなの」
ぷっと膨れる仕草を見せた後にすぐしょげてしまう辺りはまだまだ子供。
なんて可愛らしいのでしょう。そんなにヤキモチやいてくれるほど好かれていると思うと、知ってはいてもやはり嬉しいものではありませんか。
「プリメラさまにもお土産があるんですよ」
「え?」
「王太后さまから頼まれていた品はインクなのです」
「インク……?」
「はい、こちらの品なのですが……」
紙袋の中にあるインク壺を一つ、テーブルの上に置いてみせるとプリメラさまはとても興味津々といった表情になりました。
見た目はただのインクです。
けれど、王太后さまが仰っていたように『特別なインク』であるのだと店主が説明してくださったので間違いありません。
製造方法は秘密だそうですが、宝石を砕いてインクに混ぜてあるんですって。
その上、『祝福の花』も使用しているんだそうです。
書く際にインクに自身の魔力を込めると、それが願った相手に対して何かしらの効力を発揮する……そうなんですが、大丈夫なのかそれって若干不安になりましたね。
とはいえ、効力といっても綺麗に光ったりするもので、見た方がうっとりするっていう効果らしいです。
(私もその場で少し試させていただきましたが、確かになんとなくキラキラしたかも……って感じでしたけどね……)
試し書きだったし、想う相手じゃないからそんなものだと店主は笑っていましたが。
それらをプリメラさまに説明すると、とても喜んでくださいました。
贈った相手に幸せが訪れるということを聞いて、ディーン・デインさまに手紙を書くそうですよ。可愛いなあ!
「それにしても、ユリアはいつからあの子……クリストファと仲が良くなったの?」
「ええと……クリストファと出会ったのは、プリメラさまがビアンカさまに師事なされてからしばらくしてのことでしょうか」
「ああ、なるほど。ビアンカ先生が連れて歩いていたから」
「はい、さようにございます」
まあ正確には少し違うんだけど。
ちょいちょい顔を合わせるようになったのはその時期くらいじゃないかなと思うんですよね。
「あの子も、セバスと同じで〝影〟の出身なのね……ビアンカ先生は彼らのような人に支えられることもある、必要悪だと教えてくださったけれど、その役目を果たさないで済むように出来る方法を考えるのも、領主とその妻の役目だと教えてくれたわ」
「んんん!?」
「ユリア?」
「い、いえ。なんでもございません。少し喉が詰まりまして」
「そ、そう? 大丈夫?」
「はい、勿論でございます」
プリメラさまの手前、にっこり笑ってなんでもないように振る舞いましたが……なんか今、聞き捨てならないことがプリメラさまの口から出ましたね!?
影ってあの影ですか!
後ろ暗いお仕事とか、情報収集とか、表立って出来ない部分を担う暗部のことですよね!?
そういう方々がいることは知っていますし、陛下の執事だったセバスチャンさんももしかしたら……? って思っていたこともあったのでそこは驚かないんですけど。
えっ、クリストファ!?
いや、待って。
私が【ゲーム】で攻略していなかった暗殺者、あれってどこぞの貴族に雇われているとかそんな設定が……えええ、ええええ!?
も、もしかして。いやそんな、まさか。
でもこうやって知った情報を元に考えると、かっちりはまる……!!
(クリストファは、攻略対象だった……!?)
なんだ私、鈍感オブ鈍感か!!
いやまあ、そもそも暗殺者ルートだと確かプリメラさま関係ないしな……じゃあ、やっぱり問題はないか。
「ビアンカ先生は誰とは言わなかったけれど、幼い頃からそういう道を歩ませることのないよう、少しずつ変えていこうと試みているのだって仰っていたの。きっとあの子がそうだわ」
「……さようでしたか……」
「わたしには、まだわからない。必要悪っていうものは、頭ではわかるけど……わたしも、領主夫人になったなら、それを理解して使わねばならない日が来るのかしら」
「……私にはわかりかねます」
ユナさんのことを問われた時と同じように、わからないとしか私には答えられない。
それに対して、プリメラさまも困ったように笑みを浮かべられたけれど、私はそれでも言葉を続けました。
「それでも、そのような日が来ないことを、ユリアは祈っております」
本当に、心の底から。
貴族として、領主の娘として、侍女として……前世も含めて、大人の社会を見てきた人間として、綺麗ごとだけでは世の中やっていけないことを知っています。
プリメラさまがバウム家に嫁ぎ、領主夫人となるならば……古くから国を支える家を支える女主人となるならば、避けて通れぬ道とは思いますが、それでも願わずにはいられません。
この優しい女の子が、苦しい思いをしないで済むようにと……。
勿論それは、私のエゴでしかありません。
プリメラさまはもはや私が手を引いていなければ転んでしまうような幼子でもなければ、むしろ私を守ったり、人を諭したり出来るほど立派に成長なさっています。
「……ありがとう、ユリア。ううん、かあさま」
照れたように笑うプリメラさまに、私も少しだけほっとして笑顔を返しました。
クリストファのことは……まあ、うん。
今更態度を変えるとか、距離を置くとかは考えていませんし、ビアンカさまが色々と考えて行動していたということであれば、ゲームとはやはり違う方向かもしれませんし……。
あまり深く考えてもいいことはありませんよね!
私はこのことを覚えておくだけに留め、考えることを放棄することにしたのでした。




