393 気づかない
今回はユナ・ユディタさん視点になります。
私は、ディイにとって特別。
ディイにとって私は、特別。
それが、当然だと思っていた。
王女であるフィライラ・ディルネと、その乳姉妹関係にあって文官として仕えるユナ・ユディタは『特別』である、と。
だって、私と彼女は幼い頃から――それこそ、物心つく頃から共にいるのだから。
私が三歳になった時、妹が生まれた。
だけど、いなくなってしまった。
当時の私はそれがどういう意味か理解できなかったけれど、とにかく母も家族も、誰もが悲しんでいたし、私も妹ができたと喜んでいたから、いなくなって悲しくなったことを鮮明に覚えている。
泣く母の傍を私は離れなかった。
私が傍にいてあげなくてはと幼心に思ったのだ。
そんな母に連れられて、私は王宮に行ってディイに会ったのだ。
大人になれば、子を失ったばかりの女が乳母に選ばれた、それだけだと理屈はわかる。
だけど、そうじゃなかった。
あの時、私にとってディイが『特別』になった瞬間だったのだ。
(ディイは妹じゃなくて王女、私が仕える人、だけど妹みたいに愛している)
乳母の娘に過ぎない私を、まるで家族のように受け入れ可愛がってくださった王家の方々。
慕ってくれる、可愛いディイ。
ああ、なんて幸せな空間なんだろう!
好奇心旺盛なディイと一緒に町に出て、侍女のルネさんがいつも私たちの後ろを困ったように笑いながら追ってくる。
そんな当たり前の日々が、どれほど愛しいものか、人は知らない。私が知っていればいい。
そんな日々の中、ディイが夢を見るようになった。
誰か知らない人が、大勢を相手に難しい話をしている、そんな夢だという。
小さな子供の言うことだ、内容なんてよくわからない。だけどそれが続いていて、きっと町で大人たちが商売をしている姿を目にしたから、きっとそれだろうとルネも言って私もそうだと思ったものだ。
ところが、ある日のことだった。
「ねえ、あたし、露店やってみたい!」
「露店? でも何を売るの?」
「ええ? ええと、ええと……」
ちょっとした興味。
マリンナル王国の中でも城下だし、国民性だって穏やかで朗らかな気質の人々が集う国だから治安だって悪くない。
王族だけじゃない、小さな子供はすべからく愛し守るべきという考えが昔からあるので、ディイも私も特別扱いでなく町の人たちにも大事にしてもらっていた。
だから、町中で開かれる蚤の市に出展者側で出てみたいというディイの発言に反対する人はいなかった。
ああじゃない、こうじゃない。
そんな風にやりとりをする姿が可愛らしい。
だけど、そう、ふとした瞬間だった。
きっと悪戯心だったんだろう。
一人の大人が意地の悪い質問を投げかけて、私はおろかディイの傍にいたルネさんでさえも上手い切り返しが思いつかない瞬間があった。
それなのに、ディイはその瞬間――面白いものを見つけたような笑顔を見せたのだ。
普段の可愛らしい女の子の顔ではなく、それこそ百戦錬磨のつわものがごとく。
思えば、あの時から私はディイを『特別』だと改めて理解したのだと思う。
「ディイ! どうして!?」
「もう、嫌なの! どうしてわかってくれないの?」
「いいえ、わかっていないのは貴女だわ! 貴女は特別なのよ、どうしてそれを怖がるの!? ディイ、特別なことを恐れる必要はないのよ、私たちがついているでしょう?」
「そうじゃない、そうじゃないのよ、ユナ……どうして、わかってくれないの……?」
大人よりも大人びた、まるで老練な手管を見せる交渉技術。
あどけない可愛らしさを持つフィライラ・ディルネ姫は天賦の才を持つ商人である。
そんな風に巷で囁かれるほどに、ディイの優秀さは磨かれていった。
商会を作り上げ、近隣の商会と切磋琢磨し、少しずつ商売権を広げていくその姿はまさしく天が彼女に才能を与えたからだと私も鼻高々だったというのに!
ディイは、それを怖がった。
そして受け入れることを拒否し、本来の自分になったのだと言うのだ。
ディイは晴れやかだったけれど、その結果、見るからに失敗する日々が続いた。
彼女が鮮やかな手腕を振るい、並み居る古参の商人たちと渡り合う、そんな姿に憧れてやってきた人々の困惑する目を、落胆する顔を見て、ディイだって気づいているはずなのに!
私には、理解できない。
ディイは、特別なのに。
私の『特別』な存在であるディイは、世界にとっても『特別』なのに。
ディイの『特別』である私の言葉をどうして信じてくれないのだろう?
勿論、そんなことで私の彼女への気持ちが揺らぐことはないし、彼女を支えていきたいと思う気持ちも変わらない。
私がいくら説得しても、ディイは頑なに『特別』であることを受け入れず、とうとう自分の力だけで前へと進むようになってしまった。
そのことで当然ながら離れていく人もいたし、それが痛手になったこともあったけれど頑張る彼女を応援する意味で多くの人が助けてもくれた。
私もこのままではいけないと、文官の資格を得るためにちょっぴり不満を覚えつつもディイの傍を離れ、学校に通い、優秀な成績を修めて試験に合格した。
当然よ、私はディイの特別な存在なのだから!
可愛いディイ、怖がりだから、きっと『特別』であることを認めると、周りと距離が出来てしまうと思ってしまったに違いない。
そんなことはないのに。
(私が傍にいる限り、絶対ディイを守ってあげるの)
私の気持ちを理解してくれていると思っていたルネさんにまで、やり過ぎだとかなんとか言われたけど、ディイは特別なのよ?
選ばれた存在である彼女のためになることをしているのだから、理解してほしいと思う。
ディイの気持ちを尊重しろと周りは言うけれど、私はわかっているのに!
彼女はただ、怯えているだけなのに。
特別である、素晴らしい天賦の才を神から与えられているというのに!
神の子を支える巫女の役目を、私はきっと与えられているのだろう。
人々が理解しなくても、私は彼女の傍にいて、理解して、支えなくては。
今はまだ、受け止めきれないのだろう。
それなら、時間が解決してくれるのをただじっと待とう。
ディイは私の特別。
彼女が結婚するとしても、ついていく。
「聞いた? フィライラ・ディルネさまのお相手、クーラウム王国の王太子殿下にはそれはもう可愛らしい妹姫がいらっしゃるそうよ」
「まあ! 素敵ねえ」
「フィライラ・ディルネさまもそれはもう、お目にかかる日を楽しみにしていらっしゃるようで……そういえば、その妹姫にはとても優秀な侍女がついているって噂。あちらの国に行った外交官殿が大層褒めていらしたとか……なんでもあちらで開かれた園遊会で、堂々とした行動で王族の方からお褒めの言葉をもらったとかなんとか」
「ああ、私も聞いたことがあるわ! 外交官殿が見たお二人はそれはもう誰が見ても素敵な信頼関係を築いているって一目でわかるほどらしいわ」
「うちの王族の方々も素晴らしいけれど、他国にまでそれが聞こえることってあるのかしらねえ」
「さあ、どうかしら」
王宮内の侍女たちが噂話に花を咲かせているいつもの光景、私は足を止める。
ディイの嫁ぎ先、クーラウム王国。
お相手が王太子殿下だということは、まあ妥当だろう。
なんたって私のディイは特別なのだ。将来どこかの王妃に望まれたって何もおかしな話じゃない。
だけど、今気にするべきはそこじゃない。
(『さあ、どうかしら』ですって? ディイと私が! いるじゃないの!!)
その妹姫がどうかなんて話は知らない。
あちらの国に行っていた外交官が何を見て聞いて誰に話したかも知らない。
だけど、気に入らない。
特別なのは、ディイと私だけでいい。
フィライラ・ディルネとユナ・ユディタの関係こそ『特別』なのだと――思い知らせねば。
それなのに、どうしてこうなったんだろう。
どうして、ディイは理解してくれないのだろう。
私と貴女は、特別なのに。
「どうして」
八つ当たりのようなものだって知っているわ。
でも言わずにはいられなかった。
呆れた目で私を見下ろす貴女には、わからないでしょうね。
ユリア・フォン・ファンディッド。
私は、特別なのよ。
ディイは特別で、そのディイの特別な私。その関係は、貴女になんか負けないのに!
どうして私がうずくまっていて、どうして貴女が私を見下ろしているのか。
私には、わからなかった。
思った以上にぶっ飛んだ思考のユナ・ユディタさんにユリアさんもびっくりですよ(彼女の内情なんて知りませんけども)
ある意味ミュリエッタさんと同じで自分に都合の良い解釈しかしないユナさんですが、ミュリエッタさん以上にぶっ飛んだ感があるのは何故でしょう……
※ちょっと体調不良を起こしておりまして、前回の分と今回の分、感想返信はゆっくりやっていきますので気長にお待ちいただけたらと思います。すみません




