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さて、結論から言うと……買い物は無事出来ました。
あの後ニコラスさんを連れてクリストファに会いに行くと、いつもの無表情は無表情なんだけど、なんとなく嫌そうな顔をしてニコラスさんを見ていましたね……レアです。
うんうん、わかる……ニコラスさんがついてくるなんて思ってなかったよね……ごめん……ってなりました。
ただまあ、事情を話したところ、幸い時間もあるしってことで買い物行くついでにユナさんが私に突撃してきてくれたらニコラスさんが捕獲して王太子殿下経由でフィライラ・ディルネさまに警告つきで引き渡す、という大変ざっくばらんな作戦でした。
なお、王太子殿下はご存知ないニコラスさんによる独断計画だそうです。
『主は例のお嬢さんで困った人間の行動を理解したおつもりのご様子ですが、ああいった手合いの人間はどう行動するかなんてわかりゃしませんよ。獣の方がまだマシだとボクは思いますので、早々に片付けることを考えるまでです。そう、主のために……ね』
胡散臭いことこの上ありませんし、主の判断を無視して独断で行動だなんて……と思いましたが、必要とあれば私だってある程度のことは〝専属侍女〟として判断し行動するという考えですのでそこについては特に何も言いませんでした。
最終的になにかあっても王太子殿下に土下座するのはニコラスさんですしね!!
ちなみに護衛騎士は連れて行きませんでした。
警戒されるからだってニコラスさんが言いはるもんだから……。
ええ、言いくるめられたわけじゃないですよ?
クリストファにもそうした方がいいって言われちゃったんですよね。
それでもって最終的には護衛騎士たちにも相談し、セバスチャンさんまで巻き込んで協議した結果、クリストファとニコラスさんが守ってくれるならいいだろうという許可がですね……なんでだ?
(まあ、それはともかく)
で、結論に戻りますが買い物はできました。
とっても、スムーズに。
つまりそれは、突撃されなかったってことで……じゃあ、ユナ・ユディタはどこに行ったのか?
その答えは私の目の前にあります。
「……その状況を、説明していただけますか。ルネさん」
「え、ええと……そうしたいのは山々なんですが、さすがにこの子をこのままってわけには……」
心底困ったルネさん。
そして高級ホテルの裏口にある大時計と壁の隙間にうずくまって泣くユナ・ユディタさん。
どういうことだ!!
「……いやはや、予想外にもほどがありますよ……」
さすがにニコラスさんもこれには困惑を隠せないご様子。
まあそりゃそうでしょう。
問題児問題児って警戒している相手がまさかの脱走で物理的暴力の気配を察知……と思ったらまさかの泣いてるだけって。
いや、確かにそこ言われなかったらスルーするくらいフィットしちゃっててルネさんがいなかったら私も見落としそうですけど。
(警備的に問題な隙間じゃないのか、これ)
後で護衛騎士たちに話しておかなければ。
というか、協議した上で買い物に出て戻ってきたんだから相当時間経ってるんですが、その間ずっとここにいたの……?
「クリストファ、とりあえず人を呼んできてちょうだい」
「うん。わかりました……でも、マリンナル王国の人は、少ない。どこの人?」
「でしたら、王子宮筆頭にお伝えくだされば良いように取り計らってくれるはずですよ。王太子殿下もきっと気にしてらっしゃるでしょうし」
「……なら、ニコラスが行けばいいのに」
まあ妥当なところでしょうか。
マリンナル王国の騎士達はあくまで今回はお忍びということもあって最低限の人数、基本的には王太子殿下が婚約者をお守りしてお世話をすることが前提でしたので、王子宮から人数はそれなりに来ているので。
ルネさんがこちらにいらっしゃるので、偽物が交じるということはないとは思いますが、フィライラ・ディルネさまの警護が手薄になることは困りますし。
でもユナさんを捜索している人たちがいるはずなので、誰でもイイからとっとと連れてきてくれたらなと思うんですよね!
それなのに何故かニコラスさんとクリストファがにらみ合うようにしていて、私はため息が出ました。
「そこはほら、ボクのような男手が必要なこともあるでしょう?」
「……胡散臭い」
「酷いなあ!」
「いい加減にしなさい! クリストファはセバスチャンさんに声をかけて護衛騎士を一人寄越すよう伝えてください。それからマリンナル王国側へ行き、あちらの護衛騎士を通じてフィライラ・ディルネさまへ伝達。それから王子宮筆頭にそれまでの流れを説明して、温かい飲み物を準備しておいてくださいと伝えてくれる?」
「……わかった」
よし、これで全部に話がいきます。
私の指示を受けてクリストファが軽やかに走って行く後ろ姿を見送って、私はニコラスさんを睨み付けました。
「まったく、こんなところで余計な時間をとっては良くないでしょう」
「まあ、確かに。人目につくとあまりよろしくない状況ですからねえ」
「それもありますが、彼女を部屋に連れて行かなければ。こんな薄着でずっとここにいたのならば、凍えてしまっていることでしょう」
軟禁状態になっていたためか、私たちが彼女を初めて見た時とは服装が違っています。
マリンナル王国での私服なのでしょうか?
私から見るとやや薄着のそれは、この国の季節的にはちょっと寒いと思うんです。
いつからここで泣いていたのか知りませんが、薄着で床に座って泣いていたとなると、相当体温が低下しているのではと心配です。
「……お人好しですねえ」
「まだなにかされたわけではありません」
ニコラスさんの呆れたような声に、私はきっぱりと否定してみせました。
お人好しじゃあないんですよ。確かにプリメラさまに対して無礼だったと憤りを感じましたし、良い印象なんて持ち合わせておりませんとも。
だからって、ざまあみろとかそういう感情を持つほど嫌いなのかと問われたらそんなことはないのです。
困った人だなあという感情が最も適しているでしょうか?
まあ、率先して関わり合いたいかと聞かれたらお断りするレベルですけどね!
「……彼女が体調を崩しては、フィライラ・ディルネさまもお心を痛めるに違いありません。そうなれば、王太子殿下もプリメラさまも心穏やかではいられないでしょう」
「まあ、そうですかねえ。わかりました、そういうことにしておきます」
「ただ、落ち着いた後は王太子殿下にお任せしたいと思います。私の領分ではないでしょうから」
そこはきっぱりハッキリさせておかないとまた巻き込まれてはたまりません!
宣言した私にニコラスさんは肩を竦めましたが、穏やかに微笑んで頷いてくれました。
おやおや?
これはこれでクリストファのレア表情に加えて、ニコラスさんのレア表情ゲットですかね……?
うん、なに一つ嬉しくないですけど。
「どうして」
「ユナ! ああ、落ち着いたのね。ほら、他の方にご迷惑だから、行きましょう。手を貸すから……ユナ、ユナ?」
ぽつりと聞こえた声にルネさんが安堵したのか笑顔を見せました。
そして手を差し伸べるものの、反応がありません。
ユナさんはどうしたのかと私たちも顔を見合わせてから視線を向けると、とてもゆっくりとした動作で彼女が顔を上げるのが見えました。
そして、その視線は私とニコラスさんをはっきりと捉えたかと思うと、泣き顔が恐ろしい形相に変化したのです。
こっわ!
思わずそう声が出そうになったのをぐっと呑み込んだ私、偉い。素晴らしい。
「貴女より、わたしの方がずっと、ディイの役に立ってきたのに……!」
いや、知りませんよそんなこと。
そう言えちゃえばどんなに楽なんでしょうねえ……。
私は彼女の気分を逆なでるとわかっていても、ため息を止めることが出来ませんでした。




