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「すでにご存知かもしれませんが、我が国は開かれた王室と諸外国にも呼ばれるほど民衆と距離が近いのが特徴です」
フィライラ・ディルネさまによれば、マリンナル王国は今のところ海産物と豊富な金属資源、海運業での輸出入がメインで成り立っているのだそうです。
うん、それは本で読んだとおりですね!
そんな中、王族は勿論国民のためになにがより良い未来を繋いでいけるかを考える日々だということで、諸外国との繋がりに重きを置いてこられたそうです。
そのため政略結婚なども当然行われてきましたし、それに対して思うところはないそうですがフィライラ・ディルネさまはなんというか、ご自身でもご理解なさっているようですが……つまるところ、天真爛漫なだけでなく〝お転婆〟なのですね。
「わたくし、幼少の頃は政略結婚でお姉さまが嫁いで行かれることが嫌だったのですわ。もっと国が豊かになれば、変わらず近くにいらしてくれたに違いない……なんて思ったのです」
勿論、成長した今となってはたとえ国が豊かになろうがなんだろうが王族としてそんなこと構ってはいられないことはわかっておられるそうです。
それはともかく。
民衆との距離が近かったこともあり、フィライラ・ディルネさまが幼い頃によく町に降りられて人々の話を聞いたり、大工の作業を間近で見たり、お年寄りたちから昔話を聞いたりと過ごしているうちに商売に興味を持たれたのだそうです。
そして、最初は小さな小物を行商人から買って、それを露天で出してと……そんな可愛らしいところから商会までこぎ着けたんだ!?
「お恥ずかしい話ですわ。今となっては周囲の方々が幼いわたくしを見守る意味もあって手助けしてくれた結果だと承知しておりますけれど……」
「それでもとてもすごいことだと思います」
照れるフィライラ・ディルネさまですが、いやほんとプリメラさまも仰っていますがすごいことですからね……?
とにかく、商人の真似事から始まってお金の仕組みを学び、王宮で学んだ経済学を生かしてあれこれチャレンジしてみた結果商会を持つまでに至ったのだそうです。
有能すぎないかな!?
クーラウム王国が今後、一気に発展しそう。あの王太子殿下だもの、有能な人はよく働けって感じがビシバシとですね……フィライラ・ディルネさまもなんだか楽しく働いちゃいそうですし。
「それで我が商会は海運業を営んでおります。当然、離れておりますし、わたくしが他国の王家に嫁ぐとなれば国にとっても役立つその商会は誰かに譲りたいと思っております」
そこは譲ることが出来ない。
強い意志表示を見せつつも、フィライラ・ディルネさまは微笑みました。
「クーラウム王国は山々に囲まれ、海が遠いお国柄。船についてなどと笑われるかと思いましたが、わたくしが商会の利権以外でお譲りできるものはそれしかございませんでした」
「……けれど、お兄さまはそれを欲されたのですね?」
「そうです。最新式の、魔力を用いた帆船。極少しの魔力で風を起こすだけで従来の帆船よりも遙かに効率よく動かせるその船をアラルバートさまの私財で作り、わたくしの商会に貸し出すという契約をいたしました」
「まあ!」
つまり、フィライラ・ディルネさまの商会から貸し出しの分を差し引いた海の物をまんま手にすることが出来ると……!?
いや、手間賃や維持費、そのほか諸々を差し引いたら大したことはないでしょうが、どれほどの効果があるのかを貸し主だから包み隠さず知ることも出来るし、あちらの国に行けば乗ることも出来るし、メンテナンスは商会が借りている以上するだろうし……。
(さすが王太子殿下、上手いことやるわあ……)
性能が良ければそれをどう活かすか、今後についてはその情報を見てからってところでしょうか?
でもプリメラさまを筆頭に、こちらを巻き込んだことは忘れない!!
まあ実害があったのかと問われると、ちょっぴり腹が立ちましたってところだし……処分はフィライラ・ディルネさまがしてくださると約束してくれたので、それ以上を求めるのはってなってしまうのが見えていますけれどね。
(いやでもやっぱりそこは事前に話をしておいてほしかった!)
プリメラさまとフィライラ・ディルネさまのお話を聞きながら、なにも聞いていませんって感じで無表情は貫いておりますが……。
内心、心配で仕方がありません。
だって今回の件で咎めるにしたって、ユナ・ユディタさんだけを今すぐ帰らせるってわけではないんでしょう?
となると、この公務の間中、彼女はあれこれ挽回しようと必死になってしまうのではと思うんですよ。
そして私の経験則から申し上げて、そういった手合いの方がこういうパターンでやらかすのは大体マイナス方向だと思うのです!
「お話はわかりました。彼女の処遇はどうなさるのですか?」
「……残念ですが、母国に戻った後はわたくし付きからは外し、文官としての地位も降格することとなっております」
優秀な成績を収め、文官となった王女の乳姉妹。
それだけならば、どれだけ良かったことでしょう。
ただ、その環境を当たり前として勘違いしてしまったということなのでしょうが……自分で気づくにもこれまで無理だったのだからそう簡単な話ではなかったのでしょうね。
「ご迷惑をおかけいたしましたが、今回の件でユナに関してはなるべくみなさまの前に出さないようこちらでも気をつけます。護衛の兵士たちにも通達はいたしますので、何かお気づきな点がありましたらいつなりとこちらにお知らせください」
そう言うとフィライラ・ディルネさまは再び頭を下げました。
この方、お会いしたばかりですがユナ・ユディタさまの為に何度頭を下げられているのでしょうか。
臣下の身からすると、プリメラさまが私のために何度も頭を下げるだなんて光景絶対見たくありませんのでユナ・ユディタさまの考えることがこれっぽっちもわかりません。
なるべく『私は置物……』という気持ちで平静を装ってはおりますが、気を抜いたらしかめっ面になってしまいそうです。
プリメラさまも驚かれたのでしょう、困惑しつつもフィライラ・ディルネさまと挨拶を交わし、また後でゆっくりと今度こそ穏やかに話しましょうと約束をしていました。
うん……今度こそ、穏やかになんの心配事もなく友誼を深めていただきたいものです……。
「それでは、お見送りありがとうございました」
プリメラさまがお戻りの際、フィライラ・ディルネさまは途中ユナ・ユディタさまがいるといけないからということで傍にいた侍女のルネさんをつけてくださいました。
万が一待ち伏せの上、文句を言ってくるとかがあっては本当に目も当てられませんからね!
こちらにはケイトリンさんもいるし、そういう意味ではなくお互いの名誉を守るためといいますか、折角穏便に事を収めようとしているところに厄介な真似をされたら困るということでしょう。
まあ、注意されるところまでが計画通りなのでしょうから、マリンナル王国の人が目を光らせているとは思いますが……念には念を入れないとね!
しかしその心配も杞憂に終わったのでとりあえず安心です。
お部屋に戻ったところでスカーレットとセバスチャンさんの姿が見えたのでプリメラさまのことをお任せして、私はルネさんに向かってお礼を言って頭を下げたのですが……ルネさんは困ったようにそわそわと周りを見回してから、私に向かって言ったのです。
「……ユナ・ユディタについて、お耳に入れておきたいことがあるのです。少しだけ、お時間をいただけませんか? 勿論そちらの騎士さまもご一緒で構いません」
そう言われて、私とケイトリンさんは顔を見合わせてから頷いたのでした。




