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きりっとした顔立ちに、さらにそれをきつめに見せるようなメイクを施したその女性はドレスはドレスでも飾り気はなく、かといって、あちらの国で一般的な文官服というわけでもなく。
彼女は私たちに礼をするでもなく、部屋のドアを開けました。
(……いいの?)
確かに乳姉妹という関係の気安さから、王女とユナ・ユディタさまの間で許されているとしても客人を前にその態度は良いのでしょうか。
私だってプリメラさまに『かあさま』と呼んでいただいて二人きりの時は抱き寄せて頭を撫でるなどもできるとはいえ、一歩部屋の外へ出れば王女と侍女の関係を崩すことはありません。
だって、それがプリメラさまをお守りすることにも繋がるのですから私としては当然のことと思うわけです。
(王女に到着を知らせるでもない、その役目を担う侍女を傍に置かない。しかも王女にとっての将来的な、義理の妹……彼女よりも身分高い相手に礼をしないなんて)
……優秀な文官なんだよね?
そう口から出そうでしたし、なんだったらスカーレットも唖然とした様子です。
以前はスカーレットもなかなかの問題児でしたが、色々と学んだ今、我々に対する彼女の態度には驚かされたのでしょう。
(怒り出したりしないといいけど)
スカーレットも大分落ち着いてはいますが、まだ若干短気なところがあるから心配なのよねえ。
「スカーレット、ありがとう。ここは良いから戻ってセバスチャンさんと一緒に晩餐前の確認をお願いね」
「……かしこまりましたわ」
ユナ・ユディタさまがどんな意図をもってこのような対応をしているのかはわかりません。
もしかしたら天然なのかもしれませんし、私たちを下に見ている可能性もあるでしょうし、あるいは試されているのかも。
少なくともあちらの国での礼儀作法は本で読んだ程度の知識しかありませんが、そこまで我が国と違った面はなかったはずなのでこの対応が非常識であるということはわかります。
プリメラさまのためにもここはガツンといくべきか、否か。
それを考えてちらりと視線で振り返りましたが、プリメラさまはそれに気がついた様子でにっこりと微笑みました。
どうやら気にするなということのようです。
後方に控えていたケイトリンさんの方がムッとしているのが手に取るようにわかりますが、私の視線に気がついてきゅっと表情を引き締めました。
うん、護衛騎士たちが可愛がる理由を垣間見た気がします。
「お控えくださいませ、我らが主、フィライラ・ディルネさまにございます」
深く頭を下げた彼女の言葉に今度こそカチンと来ましたが、プリメラさまが一歩前に出ました。
そして、奥から歩み寄る女性を待たずに可愛らしく小首を傾げたのです。
「お初にお目にかかります、クーラウム国第一王女プリメラですわ。本日はご挨拶に伺ったのですが、どうやら歓迎されていないご様子。お忙しいところ、お時間をいただくわけには参りません。これで失礼させていただきますね」
「えっ」
「戻りましょう、ユリア。ケイトリンも」
「かしこまりました」
「はっ、はい!」
まさかのプリメラさまが穏やかに怒っておられたパターンでした!!
にっこり笑って内心ムカつきつつもしょうがないよねって許しちゃうのかと思いましたが、そこはそうですよね……使用人の無礼をこちらが許すには相手方と親しくもなにもないのですから……。
ケイトリンさんはプリメラさまがそんな厳しい言葉を発するところなんて見たことがなかったから驚きを隠せないようです。
うんうんそうですよねー、うちのプリメラさまは基本的に優しくって可愛らしい天使のような王女さまですからね!
でも、王女なんです。
甘いだけの、砂糖菓子でできたようなお姫さまじゃあないんですよ。
「お待ちください。一体何事ですの?」
「歓迎されていない様子でしたので、またご挨拶は後ほどと思いましただけですの。失礼いたします」
「……どうやらこちらの者が失礼をしたようですね、お詫び申し上げます」
「フィライラ・ディルネさま! そのようにすぐ頭を下げられては……!!」
ぎょっとした様子ですが、いやそれは当然だと思うんだよね……。
フィライラ・ディルネさまも王女ですが、プリメラさまも王女。
国と国の立場問題云々はありますが婚姻関係を結ぼうとする程度には関係性のある国同士の王女となれば立場はほぼほぼ同格です。
どっちが上も下もありません。
そこには尊敬や謙遜といった貴婦人としてのやりとりがあるだけだったはずなのに、このようなことになったのは彼女の責任としか私には思えません。
普通に出迎えてくださったなら、フィライラ・ディルネさまが頭を下げることなんてなかったんですよ。
(フィライラ・ディルネさまが上位にあるのだと頭ごなしに言ってきたんだからしょうがないわよ……本当に優秀な文官なのかしら)
かなり不安になってきました。
のっけからこんな攻撃的な行動を取られては、今後のことが心配になるのはしょうがないというか……これは後で王子宮筆頭を通じて王太子殿下にお伝えするべきかもしれません。
「ユナったら。お客さまに失礼をしないでって言ったでしょう? 到着なされたらすぐに声をかけてとも言ったわよね? ルネじゃなくて自分が行くって言うから任せたのに」
「それは」
おっとりとした声が呆れたようにコチラの様子に気がついてユナ・ユディタさまに向けられました。
というか、やはり私の予想通り彼女はユナ・ユディタその人だったようです。
「マリンナル王国第三王女、フィライラ・ディルネです。お目にかかれるのを楽しみにしておりました。本当に、うちの者が失礼をしてしまい申し訳ございません」
「……いいえ、どうやら互いに行き違いもあったようです。ですが、今はご挨拶だけに留めさせていただきたく思います」
フィライラ・ディルネさまの丁寧なご挨拶と謝罪を受けて、プリメラさまもにっこりと微笑みお辞儀を一つ。
どうやらこれでお互い水に流すこととしたようですが、問題のユナ・ユディタさまは釈然としていない様子でした。
「うちのディイの方が義理の姉になるし、未来の王妃なのだから当然なのに!」
小声のつもりでしょうが、聞こえていますよ……呆れて物が言えません。
というかまあ、侍女の立場としては王女同士が会話している最中に口を挟むなどできるはずもないというか、彼女は一体どんな立ち位置でいるつもりなのでしょうか。
もしかして〝優秀な文官〟って触れ込みも実は王女の乳姉妹だから周囲が割と甘く面倒を見てくれた結果とかじゃないよね? さすがにその触れ込みでそんなんだったら困ります……。
「ユナ」
「……申し訳ございませんでした」
フィライラ・ディルネさまに言われて頭を下げる姿は納得していませんっていう感じの……子供か!!
癖が強いとかそういう問題じゃないだろうと思うんですよね、これは。
下手したら婚約にも傷がつきますって。わかっているのかなあ!
王太子殿下が可愛がっている妹に対しての態度じゃないでしょう。
いくら自分の王女が一番だっていってもそれを自分から貶めるような真似をして何が楽しいんだか私にはさっぱり理解できません。
また、理解したいとも思いません。
とりあえず、第一印象は最悪。
私たちの初顔合わせは、そのように幕を開けたのでした。




