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そして迎えた公務の日。
王族用馬車と護衛の他に文官たち、それから私たち侍女や執事、他使用人という大勢で移動しつつ目的の町へ向かいました。
道中民衆からの歓待に手を振る形で応えるプリメラさまと王太子殿下のお姿に、私としてはなんとも誇らしい気持ちになったものです。
今回も王太子殿下とプリメラさまは同じ馬車に乗っておられますので、私もご一緒させていただいております。
なので、民衆に優しい笑顔で手を振るプリメラさまのお姿を間近で見られるんですよ、ふふふ……いいでしょう!
(ああ、プリメラさま……ご立派になって!)
ちなみにセバスチャンさんはスカーレットと一緒に別馬車です。
スカーレットにとっては初めて遠距離となりますので、フォローをお願いしてありますが……出る時も少し緊張している様子だったから心配です。
王子宮の侍女たちとも一緒のはずなので、緊張からイライラして喧嘩とかしていないといいんですが……。
王太子殿下の婚約者であるフィライラ・ディルネさまとは目的地であるカルネという町で合流することになっております。
あちらはご本人の他、例の乳姉妹である文官、それからあちらの外交官殿と五名ほどの護衛と使用人とは聞いております。
警備体制などの都合で詳しくは伺っておりませんが、護衛の騎士隊が把握しているということでした。
まあ、本来いない予定の方ですからね……。
それにフィライラ・ディルネさまに関しては王子宮筆頭の担当ですから。
(王女宮の護衛騎士達も把握しているようだしね)
お任せくださいって言われているので信頼しております。
こちらの警備に関してはちゃんと私も把握していますよ!!
とはいえ、武力系統はさっぱりな私としては最低限プリメラさまのプライバシーを保った護衛計画をお願いするくらいしか知恵はないんですけどね。
こういうのは専門家にお任せするのがいいってもんですよ。あ、別に投げっぱなしとかそういうんじゃなくてね? ちゃんと報告とか受けて納得できるかどうかってのは大事です。
「ねえお兄さま、フィライラ・ディルネさまとはあちらですぐに合流なさるのですか?」
「そうだな、我々が寝泊まりする宿に先に到着しているはずだ」
「ユリア、到着してすぐの予定は?」
「同行しておられる宰相閣下の名代を伴い、町長の訪問を待って挨拶を受けたのちディナーの予定となっております」
「そう……そのディナーにフィライラ・ディルネさまはご参加に?」
「はい、そのようにこちらでは承っております。町長にも内々の話としてすでに宰相閣下から連絡が行っているはずでございます」
「そう」
プリメラさまがわくわくしている様子に思わず頬が緩みそうになりましたが、おっといけない王太子殿下もいらっしゃる中でそんなことしたらお叱りをいただいてしまいます。
王子宮筆頭も同乗していますから、格好悪いところは見せられません!
「宿に着きましたら町長が来るまでに余裕もあるはずですので、ご挨拶に伺う機会はあるかと思われます」
「そうね、そうするわ。楽しみ!」
にこにこしているプリメラさまにほっこりしつつ、私は馬車の窓から外を見ました。
現段階では目立った遅れはなく、到着も予定通りの時刻だと思います。
とはいえ、プリメラさまにとって初めての公務はやはりそれなりにご負担なはず。
移動中も公務で人の目を気にしなくちゃいけないから、気を抜けない。
だから疲れていると思うんだけどなあ。
(本当は到着したらすぐにでも休憩をとっていただきたいのだけれど)
ご挨拶だけしてすぐにお部屋に戻れるかどうかまではちょっと予想できないのよね。
もしかしたらプリメラさまもフィライラ・ディルネさまと意気投合して町長が来るまでの間お喋りに興じたいとか言い出すかもしれないし……。
(いえ、ここはやはり休んでいただこう)
いざって時は王太子殿下をダシにしてでも。
婚約者同士積もるお話もありましょうからとかなんとか言えば、優しいプリメラさまのことだもの!
きっと王太子殿下のために部屋に戻るって選択をするはずだ!!
(例の文官さんがどんな態度かわからないけどね……)
王女至上主義だっけ?
もしフィライラ・ディルネさまが王太子殿下よりプリメラさまとお話ししたいって言ったら、そういう風にしてくれと要望を出してくるんだろうか。
そういうのだったら面倒くさいなー!!
まあ、勿論ですが顔にも態度にも出しませんけども。
(……何事も、なければいいんですけどね)
王太后さまからのおつかいとか、クリストファとのお出かけとか、色々やりたいことがあるのでスケジュール通り行動できるのが一番ありがたいんですけど!
とはいえ、トラブルはつきものなのだと理解はしております。
まだお会いしてもいない人物について、マイナスな捉え方ばかりしていてはいけません。
私も王女宮筆頭として恥ずかしくない振る舞いをせねば!
(スミレの砂糖漬けもちゃんと用意したし。チーズはあちらで買った方がいいってメッタボンも言ってたし……)
そういえば今夜のディナー作成にはメッタボンも参加するんだった。
王子宮の料理人と協力して作るから楽しみにしていろって張り切ってたけど……余った材料で私たちの賄いを作るって言っていたので、そちらを楽しみにいたしましょう。
(到着後、ディナーの後でクリストファと会えるかしら)
クリストファは町のことを知っているようだけれど、ずっと王城に詰めているのだろうし町並みが変わっている可能性だって否めない。
その辺りがどうなのかも確認して、外出予定を組まなくてはね!
折角案内してくれるっていうんだからお礼をしたいと思うけれど、なにがいいんだろうなあ。
「……既に聞いているとは思うが」
そんな風に給仕しながら考え事をしていた私の耳に、王太子殿下のお声が聞こえました。
プリメラさまに聞かせるというよりは、馬車の中にいる全員に言い聞かせるような感じです。
「私の婚約者であるフィライラ・ディルネ姫は朗らかで友好的な人物だが、彼女の乳姉妹であり文官のユナ・ユディタという人物は少々癖があるという」
ユナ・ユディタ。
それが文官さんのお名前なわけですが……確か年齢はスカーレットと同じくらいという話です。
王太子殿下までもが『癖のある』と認めているってのはそれは、相当なのでは……?
思わず王子宮筆頭と私は顔を見合わせていました。
一瞬のことですけど。
多分、私もそうですけど彼女も同じ事を思ったはずです!
『めんどうなことにならないといいなあ』
それに尽きますよね!!
王太子殿下はそれだけ言うと紅茶を優雅に飲んで、私たちを見回してうんと一つ頷きました。
「まあ、基本的には姫が御すのだろうが、時折手がつけられないと手紙に書いてあった。お前達もそのつもりであたってくれ」
「……かしこまりました」
嫌ですよとは言えないこの空気!
プリメラさまがびっくりして口を手で押さえて黙り込んじゃいましたよ。
いやその仕草可愛らしいですね!?
っていうか、王太子殿下。
何故今このタイミングでそんな爆弾発言するかなあ!
一応知っていたから覚悟はしているけれど、王太子殿下の口から聞くとまた威力が違いました。
はあ、穏やかな生活がいいんですけどね……嵐の予感しかしません……。




