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なんだかんだとのんびり過ごしつつ、アルダールと今後の予定について確認したり笑い合ったりして数日後。
ちなみにアルダールとの休暇予定日は午後半休からバウムの町屋敷に行き、そこからバウム領に向けて移動するという計画らしいですよ!
やったね、途中でお土産も買えますね!
「……こんなものかしら」
「だと思いますわ。これ以上となると、現地の方か外交官のどなたかをお招きして教えを請わねば無理と思います」
「そうよね……」
私とスカーレットは国内事情とフィライラ・デルネさまのお国について様々に調べて礼儀作法や習慣について知識を詰め込んでおります。
おもてなしするためには相手方のことを知らねば!!
ただまあ、作法やら何やら結構違うもんですから失礼にならない程度に……ってレベルですけどね。まあしょうがない。
なんせ、教わるにしてもあちらの礼儀作法に詳しい方は外交官たちになってしまうのでお忙しい方々の手を煩わせるわけにはいきません。
してはいけないマナーとか、気をつけるべきところだけ重点的に押さえるに留めました。
幸い、その点に関しては王城内の図書館に該当する本があったんですよ。
いやあ、探してみるものです……。
ちょっと古めかしいものから新しめのものまで二人で読んで意見を交換し、時にはセバスチャンさんを呼んで意見を求め、ようやくある程度のことをまとめたのです。
頑張りました……まるでちょっとした受験戦争……。
「それじゃあスカーレット、これらの要点をまとめたものを念のため小さめのメモに書き留めて、道中確認できるようにしておいてくれるかしら」
「かしこまりましたわ!」
やれる準備は着々と。
プリメラさまの洋服、アクセサリー等は勿論のこと、帽子や日傘も準備万端ですとも!
傘は当然私たちが差しますので、軽めでかつ美しいデザインのものが望ましいですね。
このままプリメラさまがご成長あそばした後、ご自身でお使いになるその日までは私が差させていただきます!!
スカーレットにメモの件を任せて私は執務室の椅子に体を預け、ぐったりとしました。
あれこれと忙しない日々というのは充実していますが、疲れるものは疲れるのです。
(とはいえ、これからはこういう事も増えていくんだからしっかりしないと)
プリメラさまの公務は今回だけで終わるはずもなく、今後も増えていくのです。
それこそディーン・デインさまとご結婚の日取りが決まるその日まであるでしょう。
美しい王女殿下の訪問があればどこの町だって嬉しいでしょうし、やる気も増すというものです。
それに、プリメラさまご自身も公務に対してとてもやる気に満ちておられるので……なぜなのか聞いたところ、これがまた尊いんですよ!!
『だってね、ディーン・デインさまは立派な騎士となり人々の盾となる、バウムの当主を目指しておられるでしょう? 守りたいものの中に、プリメラも勿論いるわ。……だからこそ、その隣に立つわたしも、頑張らなくっちゃ』
はにかみ笑いをしながらそう仰ったプリメラさま……大変可愛らしゅうございました……!!
しかも。さらに。
プリメラさまはいたずらっ子のような笑みを浮かべ、私を見上げてこうも続けたのです。
『それにわたし、ユリアかあさまにも、本当のお母さまにも誓ったでしょう? 立派な王女さまになってみせる……って』
んああああああ、あの時のプリメラさまを思い出す度、感動で涙が出てしまいそうですよ、尊い。尊すぎるではありませんか……!!
あれだけで私、当分お仕事頑張れます。
勿論、普段から頑張っておりますけども。
そんなプリメラさまを思い出してうっとりしていた私の耳に、ノックの音が聞こえました。
急いで表情を引き締めて「どうぞ」と声をかけると、ひょっこり顔を覗かせたのはクリストファではありませんか。
その姿を見て私は立ち上がり、彼を部屋に招いてあげました。
「クリストファ、いらっしゃい。今日は公爵家のお使いかしら?」
「そう」
こっくりと頷いてみせるクリストファは相変わらず無表情ですが可愛らしい!
でもちょっぴり背が伸びましたね……?
本当に男の子って成長が早くて、いえ、プリメラさまもにょきにょき伸びている事を考えると仕方がないことなのかしら?
「今度の、王女さまの公務、公爵家の人間がついていく」
「え? ええ、聞いているわ」
向かう先の町は宰相閣下が治める公爵領の町でもあるので、領主としてご案内する……なんてことはなく。
予定としては町の状況を見て帰ってくるだけの、本当に簡単なお仕事なので町長と代官がプリメラさまのご案内をすることになっています。
なんせ、宰相閣下もお忙しい方ですからね……。
「……もしかしてクリストファも一緒に行くのかしら?」
「ん」
「まあ、じゃあご挨拶に来てくれたのかしら」
「違う。それもあるけど」
あるんだ。
相変わらず言葉が少ないですが、嫌な感じがしないのはクリストファだからですかね。
「これ、公爵家から付いていく人間のリスト」
「先日もらっていますが」
「修正版」
「ああ、なるほど」
ある程度地位のある文官たちが幾人か付いてきて情報の補足をしつつ公務を行うと言う予定でしたので、人員変更があるのも把握しておくのは大事なことです。
とはいえ、クリストファのように下働き扱いの人たちの名前までは以前もらった書類にはなかったので問い合わせようかと話していたところだったのでとても助かります。
(……書いていなかったのか、それとも忘れたのか。それによっては意味がかなり変わりますけれどね)
宰相閣下の考えを読むなど、凡人の私には難しいところではあります。
まさか私が見落とす、あるいは『宰相閣下だから大丈夫』なんて甘えた考えをもって行動したら後で説教するとかそんな計画だった……?
いやいや、問い合わせるつもりだったから何にせよセーフ!!
私がそれに目を通していると、クリストファは大人しくそれを見上げて……んんん、子犬か。
「ありがとうございます、宰相閣下にも了解いたしましたとお伝えいただけますか」
「わかりました」
「それにしても、公爵家の方々は人数が増えたのですね?」
「あちらの外交官と、ちょっと話したいことがある」
「……なるほど?」
ああうん、色々やりとりがあるとはキース・レッスさまから聞いてましたけどそういうことですか。
もうその場で話の基盤は作っちゃうんだ?
有能な人たちって怖いなあ。
「一緒に、町、行く?」
「え?」
「……折角、一緒だから。時間があったら……だけど」
小首を傾げたクリストファは、いつものように言いつつもどこか恥ずかしげです。
えっ、それってもしかして、もしかしなくても私が町に出る時に付いてきたいってことですよね!
つまり、一緒に行きたいなっていう意思表示……!!
(可愛い……!)
なんだなんだ、プリメラさまに続いてあなたもですかクリストファ!
可愛いの洪水で私を大歓喜させようって!?
ありがとうございます!!
「ええ、そうですね。公務の間に時間が合えば、是非町を見て回りたいわ。クリストファは町のことに詳しいのかしら?」
「うん」
「では、楽しみにしておきますね」
「うん」
緩みそうになる表情筋に気合いを入れて、必死に貴婦人としても社会人としても体裁を保った私、素晴らしいじゃありませんか。
いやあ、なんだかんだあるし大変そうだけど、公務楽しみだなあ!!




