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「……というわけで、これがそのチーズケーキなのだけれど」
「うん、話はわかったけど……なんでそんなに疲れてるんだい?」
「いえ、それが……」
アルダールが部屋に遊びに来たので例のスミレを載っけたチーズケーキを出したんですよ。
で、なんでそれを作ったのかって経緯を世間話としてしつつ。
「どちらのケーキにするか、結局私たちでは決まらなかったからみんなの意見も聞いてみようって話になったまでは良かったのだけれど、甲乙つけがたいってなって」
「うん」
「そうしたらメッタボンがこのチーズケーキの中にラズベリーソースかブルーベリーソースを入れたらいいんじゃないかって言い始めて」
「……うん?」
「そうしたら今度はメイナとスカーレットが……」
メイナはブルーベリーソース推し。そしてスカーレットがラズベリーソース推し。
これがまあ、議論が白熱しまして。
結局、結論は出なかったんですけどね!
そりゃもう、プリメラさまが笑い出して止まらなくなるくらい二人が激論を繰り広げたものだから、しょうがないっちゃしょうがないんですけども。
あ、アルダールに出したチーズケーキは私が作ったものなので、中には何も入っていないシンプルなものですよ!
「それは大変だったね」
くすくす笑いながらチーズケーキを食べるアルダールが目を細めるのを見て、私としては満足です。
美味しいものを食べると嬉しそうな顔をするよね、本当そういうところ可愛い。
「どうかした?」
「いえ、アルダールは堅物だのなんだの言われているのに、甘いものが好きとか可愛いところがあるなあと思って!」
「ひどいな」
私の言葉に照れくさかったのか、不貞腐れたような顔を見せたアルダールがもう一口ケーキを食べてからこちらに視線を向けました。
「大体、堅物って言われたのは親父殿の影響だ。あの人が私生活を色々噂されながらも仕事上は融通が利かないっていうことで“堅物”って呼ばれていたから、その息子の私もそうなんだろうって言われたのが始まりだよ」
「そうだったんですか?」
「……まあ、その後色々あって女性からの誘いを断るのを見た先輩方に恋愛方面も堅物か、もう少し遊んだらどうだ……とからかわれたこともあったけれどね」
「まあ!」
「余計なお世話だよ、まったく……」
アルダールとしてはあまり良い思い出ではなさそうですね!
私としてはちょっと面白い話を聞いたなあって気分ですけど。
(そりゃまあ、最年少で近衛騎士になったバウム伯爵の息子ってなれば、それだけで女の人が群がったでしょうね)
しかもハンサムと来れば当然。
それに乗っかって遊ぶようなタイプならともかく、女性関係に関しては家族問題から若干難しい感情を持っていたわけで……それが父親が言われていた“堅物”にかけて息子にまで及ぶとか、男性の世界も色々あるんだなあ!
(私としては、そういう中で私のことを見初めてくれて良かったなあと思うだけなんだけど……アルダールとしては複雑なのかしら?)
その辺りつっついたら後が怖そうだから何も言わないし聞かないけどね!
アルダールは何か別のことも思い出したのか、難しい顔をしてそれを誤魔化すようにケーキを頬張っていますけども。
こういうところを見ると、ただただ普通の好青年なんですけどね。
でも基本的にアルダールはよそ行きの顔が上手っていうか、私が言うなって話だけど仕事上の顔がしっかりしているから色々周りに言われるのかもしれません。
私?
鉄壁侍女とか相変わらず言われているようですが、最近はなんだかそれに加えて陰の支配者とかやり手とか言われているとかいないとか……。
なんだそれって感じですよ……。
多分、プリメラさまの公務が決まって『王女宮筆頭』が幅を利かせてくるって思う人がいるってことだと思います。
(んなこたぁ何もないんだけどね……)
権力を欲する人の存在は厄介です。
幸いにもプリメラさまのお傍にそういう人が近寄れないように、王太后さまたちが配慮してくださっているおかげで私たちも安心ですが……私を通じてっていうのも上手くいかないと知っているからこそ、私に対して色々噂を流して鬱憤を晴らしているのでしょう。
ちなみにそちらに関してはセバスチャンさんが『お任せあれ』ってサムズアップしていたので特に気にしないことにしました!
……なにするんですかね?
「どうかしら、そのケーキ。美味しい? もう一種類も本当は食べてもらいたかったけれど、そちらはちょっと材料が足りなくて……」
「うん、美味しいよ。もう一方は是非今度作ってもらえたら嬉しいけれど……とりあえず、このケーキに関しては私はソースがなくてもいいと思うけどなあ。スミレの香りが飛んでしまう気がする」
「そうねえ、それは言えてる」
折角のスミレの砂糖漬け、ふわりとほのかに香るそれがベリーソースだとかき消されてしまうかもしれません。
そのことについてはメッタボンとも相談ですね!
「お茶のおかわり、どうですか」
「もらおうかな」
初めの頃は私の部屋にアルダールがいるだけでドキドキしたけれど、今じゃあ慣れたものですよ。
別にドキドキしないわけじゃないですよ?
ただ、なんて言うんでしょうねえ。一緒にいて落ち着ける、そんな空気になってきたんだと思います。
飽きたとかつまらないとか、そういうことは一切ないです。倦怠期じゃないよ!
一緒にいるとほっとする、それって大事だと思うんです。
(アルダールも、そう……よね?)
この間も私の前で居眠りしていてくれたわけだし。
二人でいる時間が穏やかで、大切だって思ってくれているなら嬉しい。
「そういえば、あのお菓子は出さないのかい?」
「え?」
「ほら、私にもくれただろう」
「あ、ああ……琥珀糖ですか?」
確かにあれは綺麗だし、珍しいとは思うけど……お茶請けとしてはどうだろう。
というか、選択肢をこれ以上増やして大丈夫かな?
なんだったら芋羊羹も加えちゃう?
「ごめんごめん、悩ませたかったわけじゃないんだ」
ぐるぐる考え始めた私を見て、アルダールがクスクス笑いました。
どうやら顔に出ていたようです。恥ずかしい!
「私が堅物らしくないっていうなら、ユリアだって鉄壁ではないよなあ」
「……そうですか?」
「そう。ただ真面目なだけで、中身はこんなに可愛い」
「かわっ……」
「私だけが知っているっていうのがなんともいえず優越感があるけど、自慢したいところでもあるな。私の恋人はこんなに可愛い人なんだってね」
「またそういうことを言う……」
「私だって恋人の前では形無しだっていうだけだよ」
堅物って笑ったからその仕返しですね!
でも、そうやって恋人だと甘やかしてくれるところは変わらないし、告白してきた時と変わらず彼は真っ直ぐ私を見てくれていて、いつの間にか私はアルダールの前で不安になることが減ってきた気がします。
「……私も、私の恋人が可愛いって自慢したいと思う時があるの」
「へえ?」
「みんな『かっこいいアルダール』しか知らないのに、甘いものが好きで実は結構ヤキモチ焼きだなんて、可愛い面があるって知らない人の方が多いでしょう?」
多分、キース・レッスさまとか王弟殿下にはバレている気がしますけどね!
私が鉄壁の完璧侍女じゃないってこともバレてますから……。
私たちは顔を見合わせて同時に吹き出しました。
「まあ、表向きは真面目でいいと思うけどユリアの前でくらい、いいだろう?」
「ええ勿論。私の前だけにしてくれたら、嬉しいですよ」
「……そういう意味では君も大概だと思うんだけどね」
「あら、そうですか?」
でも安心してください、今回はちゃんと自分で何を言っているのか理解した上での発言ですよ!
前回との温度差が酷いんですが、のんびりお楽しみくださいませ。




