379
「ブドウのデザートですか、そりゃ難題ですなあ」
「まあ、少し考えてみようかな程度でいいと思います」
北方で手に入るブドウをいくつか目の前に、メッタボンと厨房で私は試作品作りの開始です。
こちらのブドウは皮が厚く、ちょっと種が大きいっていうのが特徴でしょうか。ワイン造りにも向いた、糖度の高い品種です。
まあその分、皮を剥くのが面倒だという人も多いんですよね。
「デザートにするなら、この皮は処理した方がいいわよね」
「ですなあ。加熱すると渋みも出ちまいますし、そのままで食べるにしてもどちらにせよ皮は不必要かと思います」
ブドウ餅とかいいかなあとも思ったんですが、上新粉とかってこの世界にあるのか?
いやでもリゾットが存在するんだから、米そのものはあるんでしょうが……はたしてそれを粉にしてお菓子にするという文化が存在するのかどうかがまずわかりません。
なかったらその米がまず菓子作りに適した米粉になるのかから試さないといけないとかそのレベルだと思うと、さすがに試作に乗り出すわけにもいかず……。
(いくらメッタボンでも……)
ちらりと視線を向ければ、ブドウを前に射殺さんばかりの表情をしているメッタボンがいました。
初めてこの光景を見る人なら腰を抜かしそうですが、これは彼が真剣に考えている時の顔ですからね!
「ねえ、メッタボン。ちょっと教えてほしいのだけれど……」
「なんです?」
「以前、貴方が旅をした話で、東方には不思議な文化があったって言っていたじゃない?」
「ああ、あったなあ、そんなこと」
そう、テングサの時の話ですね!
聞けば聞くほど前世で習った日本の歴史とは異なるのでまったくの別文化と捉えていますが、テングサがあったんだから米粉ももしや……と思ったわけですよ。
とはいえ、あったからって公務までに手に入れて試作が間に合うかは別物ですが。
「珍しいお菓子があればおもてなしにいいかと思って」
「成る程。うーん……」
私が話すと、メッタボンはあれこれ思い出すように考え込んでから心当たりはあると答えてくれました。
おお……ダメ元で聞いたというのに、さすがメッタボンです!!
「とはいえ、オレがそこで食ったのは米ってやつを潰して、甘く煮た豆をまぶしたモンでした。まあまあうまかったし腹の足しにもなりましたが、王女さまにお出しできるような代物じゃあなかったと思うぜ?」
(……米を潰して甘く煮た豆……おはぎかしら……)
しかし、つまり餅米っぽいものが存在するなら団子とかもあるのでは?
そう思いましたが、メッタボンもそちらはあまり詳しくないというか、あまり長く滞在しなかったそうなのです。
じゃあまあしょうがないよね!
ブドウ餅については後日検討することにしましょう。
「ブドウのゼリーなんてどうかしら」
「ああ、いいですなあ。以前作った二層ケーキなんてのはどうです?」
「そうね、あとはエディブルフラワーも散らしたら綺麗かなあと思うのだけれど……」
「いいと思いますぜ!」
その後、早速試作に取りかかった私たちはできあがったケーキに満足しました。
下の層がベリームース、上はゼリーで中には種と皮を取り除いたブドウを沢山。
うん、なかなか見た目も可愛らしい。
ゼリーの中にブドウと一緒にエディブルフラワーを入れるのと、上に載せるのとどちらがいいかなあと思ったんですが……食用の花についてまだ周知されているとは言い難い面が拭えなかったので上に載せるだけに留めました。
勿論、ナシャンダ侯爵領のものですよ!!
あれから侯爵さまは色々と試行錯誤の末、バラだけでなく他の花でも食用にと研究をなさって成功されているのです。
今では大変人気で、予約もすごいんだそうですよ。
初期の頃に色々試した分、スミレの砂糖漬けは沢山あると仰っていましたけど。
そちらは今のところ、あまり使い道が見つけられずにしまい込まれているんだとか……勿体ない。
(この間、いただいたけど、十分美味しいのに)
砂糖漬けのスミレ。
お茶受けにもいいし、ちゃあんと花を広げて砂糖漬けにしてくださっていたから、見た目も最高でした。こっそり食べてます!!
(ん、待てよ)
「それじゃあこいつはまだ試作品ですし、オレらで食っちまうとして……姫さまの今日のおやつは予定通り焼き菓子で……」
「メッタボン!」
「お、おう」
「レアチーズケーキを作ってちょうだい」
「ああ?」
目を丸くするメッタボンですが、私が重ねてお願いすればしょうがないと請け負ってくれました。
さっすが、男前ー!!
勿論、冷やすのに私も魔法で協力しますよ。
無理言って予定変更させるんだし、そのくらいね……!!
本当ならレアチーズケーキとかなら朝から仕込んだり、前日に準備するようなものですから。
食材だってあるとは限りません。だから無理をお願いしたと私も自覚しております。
「なんだい、そりゃあ」
「スミレの砂糖漬けです。先日、ナシャンダ侯爵さまからいただいたの」
「へえ……」
部屋から持ってきたスミレの砂糖漬けをトッピングすると、思った通り白いレアチーズケーキに映えるじゃありませんか!
わあー、可愛い!
「どうかしら」
「いいんじゃねえですか、こりゃあ綺麗でいいですなあ!」
その後メッタボンが更にベリーソースとミントを添えてくれてより華やかになりました。
……うん、もしかしなくてもコレ、いけるんじゃない?
(まだ食用花がそんなに知られていなくて、スミレの砂糖漬けなら沢山あるって侯爵さまも仰っていたわけで……)
使うのは、飾り付け程度。
ブドウの二層ケーキも捨てがたいけれど、コレはコレでアリだと思う。
(確か、リジル商会の紅茶品種にブドウの香りがする紅茶ってのがあった気がするし……)
あとでそれについてはセバスチャンさんに聞いてみよう。
絶対に詳しいもの。
「ブドウのケーキと、スミレの砂糖漬けか……どちらの方が喜ばれるかしら。どう思う? メッタボン」
「そうですなあ、どちらも見栄えが良いですからオレからすりゃどっちもいいと思いますがね。その王女さまがチーズが大丈夫かって点はどうなんです?」
「そうねえ、クーラウムのチーズはさほど匂いが強くないとは聞いたことがあるけれど、南の方はどうなのかしら」
「地域の差ぁはありますからなあ」
むむむ、やはりおもてなしのお菓子は難しいものですね、奥が深い……。
それはさておき、このレアチーズケーキはなかなか綺麗なので今度アルダールに作ってあげましょう。きっと喜んでくれるに違いありません!
二層ケーキの方は私たち使用人仲間で食べてしまうとして……あ、勿論メイナとスカーレットにもあげますよ。
今日のおやつです!
「……プリメラさまや彼女たちの意見も聞いてみましょうか」
「そうですな、このレアチーズケーキも見てもらってご意見いただいた方がいいかと思いますよ」
おもてなしの道はまだまだ続きます……なんてね。
私たちはワゴンを押して、プリメラさまのお部屋で意見を聞くことにしたのでした。




