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 侯爵さまにお目通り、というとものすごく大変そうなイメージです。

 まあ普通に考えたら一般市民が直接お目通りを許されるような身分の方ではありませんからね。

 私は一応子爵令嬢ですが、それでも今は宮仕えのしがない侍女。侯爵家と繋がりがあるわけではありませんし、今回こちらにお邪魔させていただいているのもプリメラさまがいらっしゃるからであって私が直接お声を掛けることが許されるような立場ではないのです。


 それではなぜお目通りが許されたのか?


 それはジェンダ商会の会頭の紹介状の存在が大きいです。

 あの方はご側室さまという侯爵さまとの共通点があり、また個人的に友人でもあるということから私の身元保証、そして相談に乗ってあげて欲しいということを記してくださったのです。

 なんともありがたいお話です。お土産は何がいいですかね!


 そうそう、お土産と言えばアルダール・サウルさまとディーン・デインさまにも何かご用意したいところです。

 特にアルダール・サウルさまにはこの髪飾りのことでやはりお礼だけではなく品もお渡しするべきですよね……とはいえバウム伯子にして現役の近衛騎士である彼に渡せるような良い品が思いつかなくて今の今まで来ているのですが、どう考えてもこの髪飾り、良いものですし。

 ディーン・デインさまは蜂蜜をお贈りしましょう。きっと騎士になるための訓練でお疲れでしょうからね、レモンの蜂蜜漬けには確か疲労回復効果があったはずです。


「侯爵さま、本日はお時間を取っていただき誠にありがとうございます」


「うんうん、ジェンダ商会の会頭からの手紙は読ませてもらったよ。勿論個人的には王女殿下に誠心誠意仕えてくれている君に私もできるだけのことはしたいと思う。まあかけたまえ」


「ありがとうございます」


 ふんわり笑ってくれたジェントル。さすがジェントル。

 勧められた椅子はふんわかしてました。わあ、王宮のものと遜色ありません。

 ファンディッド子爵家の来客用椅子ですか? ……悪くはないと思いますが、もう少し質を上げられるようだったら上げたいな、というところでしょうか!


「私は何をすればよいのかな? 君の弟、メレク・ラヴィの後見人になって欲しいとか……子爵家の家督相続がスムーズにいくように何かしらの援助を望むとかかな?」


「え? いえそういうのは求めておりません」


 そこはもう段取りが決まっていますし、むしろ父が周囲に迷惑をかけてこうなったのでこれ以上よそ様の手を煩わせてはいけないというのが義母と弟と私の意見です。弟の補佐に義母も頑張ってくれるようですし、私が出る幕は今のところないとまで言われています。

 幸い弟には良き友人もできましたし、子爵になってもプレッシャーで潰されることもないでしょう。

 そういえばお泊り会はできたのかしら? これからするのかしら? 今度聞いてみなければ。


 私が思わず即座に否定してしまうと、今度は侯爵さまが戸惑ったようでした。

 うん? もしかして権力を頼られたとお思いだったのでしょうか。

 いやいやそんな大それたこと求めておりませんよ。私が求めているのは薔薇です、薔薇。


「私がお願いしたいのは、侯爵さまの薔薇についてですわ」


「ほう……薔薇の品評会にでも出したいのですかな」


「いいえ、そういうことでもなく」


「ではなにかな」


 どうやら本格的に私の目的が分からなくて困惑なされているようだ。

 いやいや私も目的を話したいんだけどね、偉い人が先に喋ったらこっちは口を閉じるしかないんですよね。

 ようやく目的を促されて私は口を開く。


「実はいくつか試したいことがございまして、侯爵さまが『食べられる薔薇』を開発なされたとジェンダ商会の会頭から伺いました。それを少しだけわけていただきたいのです。それともうひとつ、香りの強い薔薇で花弁が薄めのものの種類を教えていただきたいのですが……」


「教えて欲しい? もらいたい、ではなくて? 一体何をするつもりなんだね?」


「実は薔薇の花弁からジャムが作れないかと思っているのです」


「……ジャム?」


「はい、こちらの領地に来て薔薇の素晴らしさにとても感動いたしました。ご存じかもしれませんが、私は拙いながら趣味で菓子を作っておりまして……もし薔薇のジャムが作れたら、どれほど素敵だろうと思ったのです」


「それは……うん、そうだねえ。考えたことがなかったが、素敵だと私も思うよ」


「ですので花弁が薄い種類のものを教えていただいていくつか試作してみたいと思いまして……食べられる薔薇に関しましては今ちょっとうちの料理人と相談中ですが、新しいケーキに用いてみたいと思ったのです。今はまだお目にかけることはできないレベルですが、出来上がれば是非侯爵さまにもお召し上がりいただきたく……」


「それは勿論、王女殿下にも?」


「はい」


 そりゃそうさ!! 私にとってはプリメラさまに召し上がっていただくためですからね。

 ふふふ……薔薇ジャムを作って炭酸水で割ったりとかしたら綺麗そうじゃない?

 あープリメラさまがはしゃぐ姿が目に浮かぶよね!


 エディブルフラワーのケーキと薔薇ジャムのソーダとか用意したらもうそこに妖精の如きプリメラさま!! もう絵にならないわけがない!!!

 おっといけないいけない、妄想している場合ではありません。

 

「……ううむ……会頭から聞いてはいたが、キミはまさか本当にただあの方に誠心誠意仕えているんだねえ……」


「え?」


「侍女という存在にはね、権力に付き従う人がいるものなのだよ。特に貴族位を持つ人間からすれば、重用されればそれだけで実家や本人がその権力の影響を受けるわけだからまあそういう側面があるのは仕方がないんだが……中にはやはり有益な人材が権力者に重用されてその能力に見合った地位を得ることもできたのだから悪いことばかりではないよ。ただ、能力以上に権力を求める人ほど権力者に媚を売ってくるものだし、幼かったり人の悪意を見抜けない権力者はそういう人を見抜けなかったりするからね……」


 苦笑しながら私をひたりと見据える侯爵さまの言葉を、私は頭の中で繰り返した。

 つまるところ、私はプリメラ姫という権力を笠に着る侍女と見る人は見ているわけだ。

 だからこそまあ、プリメラさまに仕えている私がいたことによって実家が救われたという風に見える事柄を考えると、そうなのかもしれないと納得もできた。

 侯爵さまはそれを当たり前と受け取る人間かどうか、私がどんな人間か自身でお確かめになりたかったのだろう。ジェンダ商会の会頭からはきっと良いことしか書かれていなかったのだろうから。

 いやまあ、確かに権力はいらないです。日々暮らせるお金は必要ですけど、プリメラさまの可愛さがあるならもうちょっとお給金安くてもやっていけるかも。いや下げられたいわけじゃないですけどね!!

 上げてもらえるなら喜んで!!


 でも異常に上げられたら逆に胃が痛くなるかもしれない。小心者だから。

 ……うん、自分でそういう結論に行きついて悲しくなった。

 とか思っていたら侯爵さまがにっこりと笑った。あれ、合格なのかな?


「いやな思いをさせたにも関わらず怒ることもなく冷静に考えている。私は王女殿下を幼く愚鈍だと取られかねない発言をしたが、キミは私の言葉の意図を汲み取ったというところなのだろうね。噂に違わぬ聡明な女性(ひと)のようだ」


「いえ、そのようなことは」


 えっ、ああ……言われてみればそういう風にも取れるか。

 私としてはプリメラさまが聡明過ぎて大丈夫とかわけわかんない根拠の自信しかなかった!

 しかし怒るポイントがひとつもないっていうか事実しか言われてない気がするし、むしろ言われたことがびっくりすぎてなんのリアクションも取れなかっただけなんだけど……侯爵さまが良い様に解釈してくれたんならまあいいかな……?

 噂に違わぬってところだけでも訂正は必要だけど。


「噂がどのようなものかは存じませんが、私は聡明など程遠く。あの方こそ聡明という言葉が相応しい才女であられます」


「己が分を弁えている、と?」


「私は平凡な侍女でございますので」


 どうだ! これ以上ない訂正だろう。

 そうなんだよねー私書類仕事は得意だけどそれだって宰相閣下とかのおかしな速さにはたどり着けないよ。まあ丁寧でわかりやすい書類だと棄却されることが殆どないのが自慢でしょうか。

 それ以外は平凡ですよ、平凡。お仕事ができて幸せです。辛い事もたまにはありますが、基本的に同僚にも恵まれて福利厚生もばっちりで、なおかつお仕えしている方が可愛い。最強じゃありませんか。


「……ふふふ、うん。わかったよ。それじゃあ薔薇の種類だったかな、まず私の研究用の庭へ移動しようか。エスコートさせていただけるかな、レディ」


「喜んで」


 うわ、うわ、うわ。

 ロマンスグレーな老紳士からレディとか呼ばれちゃった!!!

 

 ああーこれは光栄ですね!

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