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あれから幾日か経ってって、予想通り……というかなんというか、公務は残念なことにアルダールと予定していた連休と重なることが決定したのです。
その通達が来た後に王太后さまからもご連絡をいただき、お話を聞くことができました。
やはり上の人たちの間でも、ミュリエッタさんの存在についていくつか意見が分かれているそうです。
彼女だって反省しているはずだし、まだ貴族になってはっちゃけているだけで問題視しすぎるのも哀れだろうという穏健派。
そもそもすでに王族や高位貴族に対し礼儀作法などを失した行いが目に余るとして学園に入学するまで修道院に預け、そこで治癒活動をさせるべきだという過激派もいたのだとか。
おそらく過激派の人たちの様子からすると、ミュリエッタさんだけじゃなくてウィナー男爵もお茶会かなにかでやらかしているような、そんな雰囲気でしょうか?
その辺りは教えていただけませんでしたが。
(まあ、それはともかく……)
結局のところ、護衛がいるのだから公務の邪魔をしにくることはさすがにないだろうし、下手に英雄家族に厳しくしすぎて民衆からの反感を買うのは得策ではないと思っていたそうですが王太子殿下のご婚約者がお越しになるということで、『より安全な』公務にしなければということに収まったんだとか。
まあ、元々過激派の反対もあったようですからね。
結果的に私は気が楽になりましたけど!
(いやでも、なんで王太后さまは私がアルダールと休みを合わせて旅行する計画を知っていたんだ!? バウム伯爵家経由か!? そうなのか!?)
とにかく、そういうことで連休が潰れてしまうことを王太后さまから謝罪されて顔から火が出る思いをしたわけですが……私はアルダールに直接謝罪がしたくて、夕食に誘ったんですよね。
迎えに来てくれたアルダールと一緒に自室に向かう途中、キャンセル問題の書類で文官さんと話していたスカーレットに呼び止められ、鍵を預けて先に行っていてもらったわけですが……。
思ったより遅くなってしまいました!
いやー、キャンセル料が発生することは仕方ないにしても、デザイナーの予定が埋まって見つからないとかそれは想定外でしたね……。結局なんとかなりましたけど。
デザイナーさんの都合がつかなかった際の代理がまさか怪我して入院しちゃったとか、そこは想定外すぎました。
「……アルダール、おまたせ……って、あら?」
自室に着いた私が目にしたのは、珍しいものでした!(力説)
だって、だってですよ!?
いつもしゃんとしてしているアルダールがですよ!
椅子に座って居眠りしているじゃありませんか!!
ふわあ、眠っている姿まで様になっているとはイケメンおそるべし……。
思わず静かにドアを閉め、そろりそろりと忍び足で行動してしまいましたね。
いやあ、侍女たるもの、主だけでなく来客の方々のお世話をするにあたりお休み中も決して邪魔することのないようにと教育を受けておりますが、こんなところでも役に立つだなんて。
いや待て、待つんだユリア!
アルダールは腕利きの剣士、うたた寝しているだけで私の気配にもう目を覚ましているのでは!?
よく前世で読んだ漫画とかゲームとかだと『寝ていると思っただろ?』とかいうパターンでは!?
そーっとアルダールを覗き込んでみましたが、いや、本当に寝てるなこれ……?
(うわ、まつげ長い。……疲れてるんだろうなあ)
夕食を食堂で一緒にと思ったけれど、私を待っている間に寝ちゃうくらいなんだし相当疲れているんだろうなあ。
そう考えると起こすのは忍びないっていうか。
普段こういうところを見せない人が、私の部屋だから安心して休んでるのかなあと思うとちょっとグッとくるっていうか……。
(食材はまあまああるし、なんだったらあとで厨房から分けてもらうことにして部屋で食事の方がいいかな……。あ、毛布とかどうしよう)
しかしさすがに起きてしまう予感。
折角気持ちよく寝ているなら、寝かしておいてあげたいし……いやでも椅子で寝ているのは姿勢的に辛いのでは?
ぬぬぬ、寝かしてあげるか起こすべきかそれが問題だ!
アルダールもきっと私が戻ってきたら、すぐ出るつもりだったんだろうし衣服も制服のまま。首元くらい寛げてあげたらいいんだろうけど、騎士隊の服ってどうなってるんだろうこれ。
(……触ったら起きちゃいそうだしなあ)
しかし私が覗き込んでもぴくりともしない辺り、相当お疲れなのでしょう。
私が誘ったから来てくれたけれど、本当は休みたかったんじゃないのかなあ。
気を遣ってくれるし私に対して優しい人だから、そういうところは見せないんですよね。言ってくれたら私だってちゃんと対処するのに。
なんとなく、小さな子どもにするみたいにアルダールの額にキスを一つ。
少しでも疲れが癒えますようにと願って思わずしてしまってから、じわじわと照れがやってきました。
(プリメラさまにおやすみなさいのキスをするのとは全然違う)
当然と言えば当然なんですけど!!
いやでもホント起きないね。
悪戯し放題ですよ? いいんですかー、騎士さま!
すやすやしているアルダールなんて本当にレアすぎて、私はなんだか役得な気分です。
いつだって余裕綽々で、私の手を引いてばかりの彼ですからね。
こんな無防備な姿を見せてくれるのが嬉しいじゃありませんか。
(……私の前だからって、己惚れててもいいよね)
とりあえず、アルダールが起きたら目覚めの紅茶を出しましょう。
それから食堂がやっている時間ならそっちに行って、遅くなるようなら厨房で少し食材を分けてもらってこの部屋で食べるか、メッタボンに作ってもらうか。
メッタボンなら起きてますからね!
早く寝ろっていつも言っているんですが、毎晩毎晩新素材の研究しているようで。
一体彼はなにを目指しているのか……。
(とりあえず、王太后さまも一通り話していいって言ってたし)
表向きは王太子殿下の婚約者である南国の姫君が公務にご参加なされるということ。
あちらの国の事情でその予定が早まったため、こちらも早める方向で調整したということ。
この二点だけは共通認識としてすでに文官たちにも通達がいっていますからね。
(まあ、ミュリエッタさんの件はいいか……)
そもそも、彼女が絡んでくるかは不確定要素でしたし。
わざわざアルダールに言うことでもないと私は判断しました。なにかあったらちゃんと言うけどね!!
(あ、そうだ。琥珀糖も出そうかな)
そろそろなくなりそうなので、琥珀糖をまた作らないといけません。
なんと王女宮では今琥珀糖ブームです。メイナとスカーレットも作っているようで、きらきらして宝石みたいだと大はしゃぎ。
まああの子達は作ってすぐ食べちゃうようでなかなか私の作る数日かけた品のようにならないって嘆いていましたね。
いや我慢しなさいよとしか言いようがないんですが。まったく可愛い後輩達です。
「……ゆりあ?」
「アルダール、起こしちゃいましたか」
「……ごめん、寝てた」
「いいんです。お疲れなんでしょう? 今、お茶を淹れますから」
「うん……」
そんなことを考えながら準備をしていたら、アルダールが起きてしまいました!
なんてことでしょう、音を立ててしまったからか……不覚。
しかし、まだ少しぼんやりしているアルダールとか、これはこれでレアだな……?
ぼーっとしてて可愛いな……?
「アルダール? 熱いから、気をつけてね」
「うん」
「どうかした?」
「いや、こういうの、いいなあって」
ふにゃりといつもよりも力なく、それでいて甘さ倍増の笑顔で言われて私は必死に変な声を上げないよう堪えました。堪えました!
「そ、そう、です、か……」
にこにこ笑う成人男性に、萌える日がくるとは思っていませんでした……!
不覚!!




