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「面会室を通さず、大変失礼いたしました。本来でしたらばこのように直接押しかけるなど、淑女としてあるまじきこととは思ったのですが……」
オルタンス嬢は入ってくるなり深々と頭を下げ、非礼を詫びてくださいました。
いやまあ、私としてはそこまで? と思うくらい頭を下げてくれるので逆に申し訳ないっていうか。
でも彼女の言うとおり、身分問わず基本的には面会室を経由して会うのがルール。
それを曲げてでも私の執務室に来たことには、きっと意味があるのでしょう。
「いえ……なにか事情があってのことなのでしょう? 一体どうなされたのですか?」
オルタンス嬢はすでに学園に通っている身ですし、城下にあるセレッセ家の別邸で殆どを過ごしていらっしゃると聞いています。
週末や連休、長期休暇などはセレッセ伯爵領に戻って花嫁修業にも励まれているとこの間、聞きました! メレクは果報者ですね……!!
「はい。実は面会室ではお話ししづらいことでしたので……」
「……まあ。一体なにが?」
どうも穏やかではない様子に、私は眉を顰めました。
オルタンス嬢も困惑したというか、なんとも言えない表情です。
「いえ。実は、今度王女殿下が公務に向かわれるという町の話を耳にいたしました」
「もうその話題が貴族間に出ているのですか」
「はい。ただ、私が耳にしましたのは貴族女性たちからではなく、あちらのご領主さまからです。王女殿下をお迎えするにあたり、是非に最高の布で寝具を仕立て上げたいとのことでしたから……本来でしたら、このように口外することなどありえません。ですが」
オルタンス嬢なりに、そういった約束事を破ってまで私に伝えたいことがあったのでしょう。それはなにかと身構えると、彼女は小さく深呼吸をしてから私をしっかりと見つめて口を開きました。
「それを耳にした後、学園にウィナー嬢が来ていて、今度治癒能力者の行脚に加わってそちらに行くという話をしていたんです」
「……ミュリエッタさんが?」
「はい。教師の方に質問があって職員室に伺った際、彼女に会いまして……なぜかお茶に誘われたのですが、断る理由もなかったので少しだけお付き合いしたんです。そこで彼女は寮生活になることが決まったので、治癒師としての活動を含めての相談に来ているのだと話していました」
治癒師たちがある程度、経験を積ませることを事前目的として地方を回ることは珍しい話ではありません。
ですから、ミュリエッタさんも能力の高さとは別に『若輩者だから経験を積ませる』という理由で、その一団に参加させられていてもおかしな話ではない……はず。
上の人たちに睨まれているとはいえ、ある意味このボランティア活動で更生してくれたらって思われているとか?
まあ、私が知る話では一応拒否権があるそうなので、彼女が参加するってことはある程度やる気もあるんでしょう。いいことですね!
……こちらに難癖をつけるようなことをしなければ、ですけど。
「ただ、話を聞いた限りでは、時期が少しだけ被るような気がして……彼女が悪い人物かどうかで問われると、私にはまだ判断できません。ただ、メレクさまも少し変わった女性のようだと仰っていましたし、以前からユリアさまに対して失礼だという話も耳にしておりましたので……」
「そうでしたか……」
なるほど。
オルタンス嬢なりに色々と考慮した結果、面会室のように誰かに話を聞かれては妙な憶測で変な噂をたてられる可能性を考えて直接話をしに来たというわけですね。
確かに、今の内容だと守秘義務を無視した上にミュリエッタさんに対して“なんとなく嫌な感じがする子だから”と私に話しているように聞こえます。
ミュリエッタさんが今までやらかしてきたことを知らない人から見たら、オルタンス嬢がいやな子に見える可能性は確かにあります。
(上の人たちが頑張って、ウィナー男爵とその娘は未熟だからということでまとめてくれているようだけど、人の口に戸は立てられぬって言うしね……)
貴族の情報網って侮れませんから。
ましてや、オルタンス嬢はあのキース・レッスさまの妹。
色々知っていてもおかしくないかなとは思います、おそらく学園で親しくしないようにとか注意されている可能性もあるでしょうからね。
セレッセ領でキース・レッスさまが裁いたこともありますから、そういうことはあるでしょう。
(しかし、そうなると誰かからその『ほんのちょっぴり重なっている期間』について、注意があるかしら……)
なんとなくですけど、ニコラスさん辺りがひょっこりと顔を出しそうです。
気をつけていよう、びっくりしたりしないように。
こういったことは確かに証拠に残るから手紙にしにくかったし、面会室っていう人の目があるところでまだ未発表の王族の公務について話すわけにもいきませんからね。
とはいえ、ルールを破ったことを気にしているオルタンス嬢にフォローは必要でしょう。
「ありがとうございます、オルタンスさま。私の方でも気にしておきますので、どうぞお気になさらず」
「……はい」
「お心遣いは感謝いたしますが、今後は面会室を通してください。必要であれば、個室の方を私が押さえておきますから」
今日みたいに突然来られると難しいけどね!
事前になら私だって押さえるくらいできますよ、なんてたって筆頭侍女ですからね!!
そのくらいの権限は持っておりますとも。いえ、お願いした時に多少の融通が利くってだけなんですけどね……。所詮中間管理職ですから……。
「今回は、メレクさまの婚約者という立場で無理を通してしまいました。婚約者としても、反省したいと思います」
オルタンス嬢は深々とお辞儀をして、本当に反省しているようです。
この謙虚さがミュリエッタさんにもあればなあ……いや、もしかすれば学んで活かしている可能性もないとは言い切れません。
彼女は頭が良く、優れた能力を持っているのですから学べばあっという間なのです。
(被っている時期があるのに、上の人たちがなにもしていないのならば)
きっとそれは、ミュリエッタさんにとって『テスト』のようなモノなのでしょう。
それと同時に、プリメラさまと私にとっても。
ミュリエッタさんにとって、自分の置かれている状況に適した行動がとれるかどうか、プリメラさまや私に会いに行ったり、妙なことを言い出さないかどうか……。
そして私は、そんな彼女に対して王女宮筆頭としてどう振る舞うか、あるいは余計なことを言わないかどうか。
プリメラさまに関しては、そういった人間が現れたときどのように対処するか、といったところでしょうか?
考え過ぎで終わることが一番ですが、想定はしておいて損はないでしょう。
(そう考えるなら、先に知れて良かったと思うべきでしょうね……)
何事もなければ、それが一番ですからね。
治癒師たちの一団と一緒なのだし、彼女だってそこまで自由ではないにしろ……。
(買い物に関しては、まあ大丈夫でしょうけど……被っている日数は確認した方が良いでしょうね)
反省しながら次は必ず面会室を通して会いに来ると約束してくれたオルタンス嬢を見送って、私は大きくため息を吐き出しました。
(ああもう! どうしてこう、次から次へと……普通にお仕事させてくれないかなぁ!?)
幸せが逃げるって?
知りませんよ、このくらい許してちょうだい!




