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「ねえねえ、ユリア!」
「はい、なんでございましょう」
「ちょっと教えてほしいのだけれど……」
プリメラさまがそう仰ったのは、王太后さまのところで今度向かわれる視察についてのお話から戻られてのことでした。
ついていったセバスチャンさんの方に視線を向けると、にっこりと微笑むだけです。
それじゃあ伝わらないかなあ!
「あのね、今日おばあさまとお話ししてて、今度視察に行く町は交易が盛んで、珍しい品も手に入るんですって」
「まあ、さようですか」
「それでね、そうしたらおばあさまが『プリメラがお嫁に行く時にも何か珍しい物を持たせてあげましょうね』って仰って……わたしがバウム家に降嫁する時には持参金っていうのを用意するんだって教えてもらったの」
「はい」
「今までわたし、ディーン・デインさまと結婚するんだなってくらいにしか思ってなくて、バウム家の“奥方”になったらってそっちにばかり気にしていたけれど、貴族の結婚ってどういうものなの?」
興味津々という雰囲気で小首を傾げるプリメラさまに、私は思わず目を瞬かせました。
そういえばそうです、プリメラさまはなんといってもお姫さまですからね!
結婚云々、制度やしきたり、持参金などについて知ることもないのです。
(一般的には相手を親が見つけてきて結婚、その準備は親がするから当事者は大して知ることでもないっていうのは貴族令嬢でも王女でも同じではあると思うけど)
私はプリメラさまにまず椅子を勧めて、お茶を淹れながら考えました。
どういうものかと問われても一口で説明するには割と色々なことがあるような……。
美味しそうにお茶を飲んでくださるプリメラさまに、私は問いかけました。
「プリメラさまは、まずどのようなことからお知りになりたいですか?」
「え? えっと……うーん。じゃあ、まず持参金について聞いてもいいのかしら」
「かしこまりました」
私とプリメラさまはそれから少しばかりこの国の結婚制度について話をしました。
とはいえ、私……というか、貴族間での一般的な話ばかりでしたけどね!
しかし、持参金とか結婚の制度について知りたいだなんてプリメラさまも随分現実的なことを気になされるようになりました。
……高位の、裕福な貴族令嬢の中には自分が暮らしているそのお金がどこから出ているのか知らない人もいるそうですし、また知っていてもそれについてなんの感慨もないという話を耳にしています。
ですから、そういうことをきちんと知って納得し、無駄にしないようにしないといけないと気合いを入れるプリメラさまのなんと尊いことでしょう……!!
「でも王家からの持参金が民からの税だと思うと、減らしてもらった方がいいのかしら……」
「それは陛下とご相談なさるのがよろしいかと思います。ですが、もし私の意見に耳を傾けてくださるのでしたら……プリメラさまのご結婚は国の内外に大きく報される慶事にございます」
「ええ」
「ある程度大きな話にし、多くの物を持たせるということは悪習のようにも思えるやも知れませんが、この国が豊かであればこそ。そのことを知らしめるものでもあるのです」
「……そっか、そうよね……。難しいわ!」
「今はプリメラさまも学ばれておられる最中ですから。王太子殿下にご相談してはいかがでしょう、きっと良い知恵を授けてくださいます」
「そうね、そうするわ!」
にっこりと笑ったプリメラさま、ああ、なんて天使なんでしょう!
勿論知っておりますけどね!!
プリメラさまは毎日可愛いし尊いですし、本当に幸せな職場です。
一通り質問を終えたのか、プリメラさまは満足したらしく再びお茶を楽しまれておいででした。
そして不意に私の方を見上げました。どうやら他にも疑問が浮かび上がったご様子です。そろそろ引き出しの中身がなくなってきた私は思わず身構えました。
引き出しが少ないって? いやいや、言い訳が許されるなら、こちとら未婚女性なんで!
「市井の場合はどうなるのかしら?」
「同じように持参金を持って行く場合もございますし、ないという話も耳にいたします。農家の場合は、家畜を連れていくということもあるそうです」
「まあ! 不思議なものねえ。他国ではどうなのかしら……おばあさまに聞いたらわかるかしら?」
「きっと色々とご存知かと思います。過去に他国から嫁がれ王妃となった例もございますので……」
「そうよね! 今度聞いてみましょう!」
私たちがそんな会話をしていると、外に出ていたセバスチャンさんが私に歩み寄ってきました。
そして、プリメラさまに一礼すると給仕をしている私に小首を傾げるのです。
「……どうかなさいましたか?」
「いえ、ユリアさん。王太后さまからの迎えが来ておりますが……」
「え?」
セバスチャンさんが私を見て不思議そうに言いましたが、私の方が不思議でなりません。
なんで王太后さまからのお迎え?
そう尋ねようとしたところでプリメラさまが慌てて立ち上がりました。
「あっ、いけない! ごめんなさいセバス、プリメラが伝え忘れちゃったの!!」
「ああ、なるほど」
「え?」
「おばあさまがね、ユリアに話があるって……それでわたしが伝えるからってセバスに言ったの。ごめんなさい、ついついお話に夢中になってしまって……」
しゅんとしょげるプリメラさまが可愛いから別に気にしません。
気にしませんけど、王太后さまが私に用ですと? 私だけお呼び出し?
なんだか嫌な予感が……いやいや、気のせいでしたね。
おそらく、公務の件で何か必要があって私に話があるのでしょう。
王女宮筆頭として責任者は私ですからね!
(やっぱり私が行くべきだったか……)
今日はリジル商会の会頭が来るということで私が商談していたんですけどね。
質の良い果物の仕入れをメッタボンが熱望していて、それはちょっと得意分野ではないからとセバスチャンさんが私に押しつけ……じゃなかった、相談してきたものですから。
「わかりました、それではプリメラさま。この場を失礼いたします」
「ええ。本当にごめんね、ユリア」
「問題ございません。本日はもう予定もなく、プリメラさまはお寛ぎくださいませ」
「……ありがとう」
後のことをセバスチャンさんに託して私が迎えの待っているという廊下に出ると、そこにいたのは意外な人物でした。
「お、おばあちゃん……!?」
「……ひさしぶり、ね……」
そこにいたのはにこっと笑ってくれるお針子のおばあちゃんではありませんか!
いえ、久しぶりってほどではないはずなんですが。
なんせプリメラさまが王太后さまのところへ行く際はほぼ私が一緒なので、そこでお目にかかることが多いので。
でも、いつでも優しい笑顔のおばあちゃんが大好きなので大変嬉しいサプライズ!!
「それじゃあ、行きましょう、ね……」
「はい!」
思わずいい返事をしてしまった私におばあちゃんはちょっとだけ驚いたようでしたが、すぐに嬉しそうな笑顔を見せてくれました。
あーおばあちゃん癒やされるうう。
なんだったら手を繋いで歩きたいくらいですが、勿論そこは大人のレディとしてしませんでしたよ!!
(でもおばあちゃんがお迎えに来てくれたってことは、公務用の服ってことかな……?)
なんにせよ、王太后さまをお待たせするわけにはまいりません。
いざ! 離宮へ!




