370 オトナってのは面倒くさい生き物である。
今回は王弟殿下目線でのお話し。
「王弟殿下」
「……おう、バウム伯爵にセレッセ伯爵。揃ってどうした?」
「ご挨拶をと」
「挨拶ゥ?」
執務室に客が来たかと思うとおっさん二人。
まあ、書類を抱えた書記官とかよりはマシだがもう少し華やかなお嬢さんがたとか来ねえもんかなあとぼんやり思う。
王城の軍部棟なんざに足を運ぶお嬢さんなんざ、地雷臭しかしねえが。
オレだって暇じゃないわけで。
「なんだなんだ、とうとう隠居でも決め込んだか?」
手元にあった書類に目を走らせて、サインを済ませて横にどける。
そして冗談の一つを言ってみるが、バウム伯爵の表情は相変わらずの仏頂面だった。
(まったく、相変わらず面白みのねえオッサンだぜ!)
「息子と話をいたしましてな」
「……お、そうか」
客人が来たということでオレがなにかを言うまでもなくとっとと部屋から退出していった秘書と、茶だけ持ってきて去った侍女。まったくよくよく教育された連中だ。
こちらが何かを指示しなくても動いてくれるので大変ありがたいが、時折こいつら本当に人間だろうかと思っちまう時があるぜ、やれやれだ。
とりあえず、バウムのおっさんとキースのやつが揃ってやってきたということで大体の想像はできていたが、案の定アルダールの件だった。
先日、ユリアから『アルダールの実母がクレドリタス夫人である』という隠された事実を英雄の娘が語ったと聞いてオレからおっさんに話をするから口外無用とした後、オレはおっさんを呼び出してこの話をした。
そしてアルダールに事実を告げることと、クレドリタス夫人とやらをどうにかしろと言ったわけだ。
ああ、本当に仕事ってなぁ面倒くさくてたまらない。
オレ、頑張りすぎじゃないか? 働き過ぎなんじゃないかと思うんだが、日々書類がへらねえんだよなあ、これが……。
「その様子なら、問題ないようだな?」
「息子は落ち着いて話を聞き、納得していたようです。取り乱すこともなく、怒りやそのほかの感情も見られませんでした。……驚いてはいたようですが」
「そりゃまあ、そうだろうよ」
今まで頑なに秘匿された実母の件を唐突に父親が語り始めたのだ。
しかもそれが自分を虐げていた家庭教師だと知れば驚きだってするだろう。
「……息子には、すまないことをしたと思っておりました。あれほどまでに心が落ち着いていたのであれば、もう少し早くに教えておくべきだったかと反省しております」
「いや、今がちょうどいいタイミングってやつだったんだろうさ」
「なぜ、そのように?」
「そりゃ……」
恋が男を成長させたのさ、なんて言ったらおっさんも笑うだろうか?
いや、むしろ皮肉に取られかねないか。オレは言葉を飲み込んで、にやりと笑ってみせた。
「あいつが家族と仲良くなったのはつい最近だろう? それまでお互い距離があったとか聞いたぜ、弟の方に」
「……ディーンですか」
「ああ、狐狩りの時にな。色々話をさせてもらった。いい男に育つだろう、あの坊主ならプリメラのことも安心して任せられるだろうな」
「勿体ないお言葉を……」
「そういうのはいらねえよ。……ま、事情が色々あったにしろ、上手く落ち着いたんならそれで十分だろう」
オレも国王である兄上に話を聞いて、そりゃしょうがないかと少し思ってしまった事情がある。
なんでも、アルダールが生まれた直後に例のクレドリタス夫人が暴れて子どもに害をなさせぬよう一旦別邸に預けたのは、勿論おっさんが正妻を迎える前段階にあったということもある。
だが、息子を蔑ろにしようとは思っていたわけじゃあなかった。
オレも本人から話を聞いたわけじゃないが、どうやら当時のおっさんはアルダールを害そうとするクレドリタス夫人への対応、領地に起こった自然災害に対して領主としての責任、そして流行病が原因で隠居していた先代の訃報……とまあ、ありとあらゆる厄介事が降りかかった時期でもあったらしい。
それもあってバウム家の遠縁や使用人たちから『アルダール・サウル・フォン・バウムは災いをバウム家に運んできた』などと言われていたこともあって実の親なのに遠ざけられていた、という面があったそうだ。
無論そんな内部事情をおおっぴらになんて恥ずかしくてできたもんじゃない。
バウムのおっさんはそれらを一切合切黙らせるのやらなんやらで奔走していたわけだ。
その結果、子どもは成長していって合わせる顔はないし、噂は一人歩きするしで最終的に『バウム伯爵は庶子を疎んじている』という噂を利用して、クレドリタス夫人を一時的に納得させ、落ち着いた頃にこの親子を穏やかな関係にしてやりたかった……という話だ。
(兄上が言っていただけだから、まあ、違うかもしれんが)
なんにせよ、アルダールからしたら迷惑極まりない話だなとオレは思う。
だってそうだろう、男と女がいて子が生まれた。それは自然の成り行きってヤツだったんだろう。
そこからどう責任を誰が取るかなんて話は生まれた子どもには関係ない。
大事にしようとした父親は、距離を取ることで守った……なんていうのは父親側のエゴだ。
大切な人の未来に影を落とすから必要のない子どもだったのだと声高に叫ぶ女も、子どものことなんて考えていない。
要するに、どっちもどっちなのだ。
(挙げ句に、もっと早くに話してやれば……か)
バウム伯爵自身は、悪い男じゃない。
公正な目を持ち、家族に対して愛情を持っている。
だからこそアルダールを引き取ることを妻に願い、それを言い出したのは妻だとして全ての罪を一人で負った。
「家族が仲良くやれてるってんなら、それで十分だ。余計な火種が燃えさかる前でよかったよかった」
「……感謝いたします」
「おう」
おっさんの横に座ったキースは薄く笑みを浮かべてオレらのやりとりを見守っている。まあこいつも腹ン中に色々持ってるだろうからあえて突っ込んだりはしねえ。
だがまあ、カワイイ後輩のことが心配だったんだろうなと思えば少しは微笑ましいか。
「で? 一通りアルダールのやつに何かやらせてた件は落ち着いたのか?」
「……は。まさか、全てこなすとは思いませんでしたが……それだけ、本気なのでしょうな」
「なんだ、試したのか」
「そういうわけでは」
「いやはや、王弟殿下お聞きください。バウム殿はあまりにもご子息を案じるあまり、過保護になられているようで」
「あれがそんな柔いタマかよ!」
ぶっきらぼうに濁すような言葉で応えるおっさんにオレが怪訝な表情を浮かべたからだろうか、横からキースが大袈裟な仕草で嘆く表情をしてみせる。お前は道化師か!
だがそんなキースの言葉にオレも思わずツッコんじまったから同類か。
いやいや、過保護にするような相手じゃないだろう。
アルダールってやつはそこまでカワイイやつじゃない。猛獣の類いだぞ?
そう思ったが、それは口にしないでおいた。
「……あれには、苦労をかけましたからな」
「いいじゃねえか、親なら息子の成長を喜んでやりゃあいいだろう。憎まれ役ばっかしてねえで本音を教えるってのも大事な役割だと思うぜ?」
「さようですか」
「ま、オレに関しちゃ父親なんてモンはよくわからねえがな」
けらけらとオレが笑えば、バウムのおっさんはただ困ったように微笑むだけだった。
そりゃまあ、先王について述べるには困るだろうからな! 当然だ。
知っててオレはわざとそう言ったのだから。
(ま、アルダールのやつもこれでなんだかんだ自由になった。おっさんも子離れをするのにちょうどいいだろうさ)
「ライラは地方から出られぬように手配をいたしました。アルダールへ提示した課題は、あと一つ残っておりますが……そちらも近日中に終わらせると言っておりましたのでバウム家当主として、受け入れるつもりです」
「そうかよ。そりゃあ良かった」
こちらとしても肩の荷が下りて安心だ、なんて言わずにおいた。
まったくもって、オトナってなぁ面倒が多いよな!
キースがこっちを見て肩を震わせているのが見えたので、仕事を回そうと決めたのだった。




