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プリメラさまが譲り受けた品は、髪飾りとイヤリング、ネックレスのセットでした。
それなりに良い品という程度の物で、ご側室という立場で考えれば値段としては安価だったかもしれません。
ですが、当時のジェンダ商会で養女となり、二度と会えない立場になる娘に贈った品なのだろうと思うと金銭には換えられぬ価値があるのだと思いました。
王妃さまとの一件があった後、王太后さまの元へ伺うことがあったのですがその際に『母親の遺品を何一つ残さなかった父親』に対してプリメラさまが拒否反応を起こさせないよう、私を同席させることを薦めたのだとか。
まあ、王妃さまも淡々と事実だけを述べられてましたからね……陛下に対するフォローが何一つなかったからそれを王太后さまが心配なさるのも無理はありません。
ただ、プリメラさまはとても落ち着いていらっしゃいました。
あの日、大切にご側室さまの遺品を胸に抱いたプリメラさまは、国王陛下に思うところはなかったようです。
(むしろ、陛下はああいう人だから……的な感じでさっぱりと受け止めていたところに逆に衝撃を受けたっていうか……)
そのことも王太后さまにお話しいたしましたが、苦笑なされただけでした。
王太后さま、または王妃さまから国王陛下にこの件が伝えられたかどうかは知りませんが、プリメラさまは普段お部屋にいらっしゃる時に時折髪飾りを取り出してはつけたいと仰ることがあり、王女宮は華やいでいます。
ヘアメイクを担当するメイナが日々張り切ってあれやこれやとアレンジしている姿が見られるようになりました!
どの髪型も可愛くて甲乙つけがたい、そう悩む日々はなんて幸せなのでしょう!
「でも、そうよねえ」
「どうかなさいましたか?」
ふと、プリメラさまがそんな中でぼんやりとティーカップを見つめて零しました。
穏やかな日々の中、何か心配事でも!? と内心慌てましたが、プリメラさまは私を見てにっこりと笑って首を振りました。
「ううん、大したことじゃないの。お母さまの髪飾りとかを受け取って、それで胸がいっぱいで……王女宮のみんなも喜んでくれて、プリメラは幸せだなって思ってるの」
「それは、ようございました」
「でも、お義母さまの、王妃としてのお言葉の意味も、考えるようになったの」
プリメラさまのお言葉に、私はなんとも言えない気持ちになりました。
陛下を『夫として』心を支える役目を担ったご側室さま。
陛下を『国王として』公務を支える役目を担った王妃さま。
もうプリメラさまは幼い子どもではないのだから、理解できるはずだ……そう、王妃さまは確かに仰いました。
(まだまだ子どもでいてほしいと願ってしまう私と、きちんと大人となる娘を見定める王妃さま……ああ、私は自分勝手なのかしら)
私も王妃さまのお言葉を、考えなかったわけではありません。
確かにプリメラさまはすでに王族として公務に正式に携わる準備を始めており、社交界デビューも遠い話ではありません。
せめて、社交界デビューまでは。
そんな風に私が思う方が、甘っちょろいのかもしれません。
「わたしはディーンさまのお嫁さんになるでしょう? そうしたら、次期バウム伯爵家の女主人になるんだわ」
「はい」
「王家を守る盾であり、敵を払う剣であるバウム家の当主にディーンさまはいつかなられるのよね。じゃあ、その妻であり家を守る立場の女主人となるわたしはどんな大人になったらいいのかしら」
「それは……申し訳ございません、私には答えられません」
プリメラさまのご質問は、必ずしも答えを必要とするものではありません。
答えを必要としてはいないのだとも思います。
「そうよね、それはプリメラが決めなくっちゃ」
うん、と両拳を握ってやる気を見せたプリメラさまはぱっと振り返りました。
そして恥ずかしそうにしながら、とろけるような笑みを見せてくれたのです。
「わたし、ユリアかあさまが喜んでくれるような素敵な花嫁になってみせるわ。ディーンさまが安心してお仕事にいけるくらい、立派な女主人にもなってみせるの」
「……プリメラさまなら、きっとできますとも」
「あのね、かあさま。お母さまがお父さまの心を支えたって話を聞いた時、わたしはかあさまのことを考えたのよ」
「え? 私ですか?」
思いがけないことを言われてきょとんとした私ですが、プリメラさまは恥ずかしそうにしつつ頷きました。
なんでしょう、つられて私も恥ずかしくなってきちゃうんですけど!
「プリメラも、ずっと、ずーっとユリアかあさまが傍にいてくれて支えてくれたから、立派な王女になれたの。だから、王妃さま……お義母さまも認めてくれたんだと思うの」
「プリメラさま……!!」
「ありがとう、かあさま。これからも、よろしくね?」
「勿論でございますとも!」
おっと食い気味に返事してしまいました。
だってしょうがなくない!?
うちのプリメラさまが、こんなにも……こんなにも尊い……!!
不肖ユリア、いつまでもプリメラさまのことをお支えしたいです。
むしろ私の方がプリメラさまの存在にいつだって支えられていますからね!
(でも、……そうか、結婚して女主人になるのも覚悟ってものがいるんだなあ)
それから、プリメラさまがお勉強の時間ということで身支度を調え、メイナを伴って出られるのを見送ってから私は思いました。
結婚してめでたしめでたし。
それで終わらないことは百も承知ですが、その後のことはあまり考えたことがなかったというか……。
貴族の娘として、私もその辺りのことは一通り説明を受けて育っています。
でもこうして侍女という天職を見つけてそういうのとは一切縁なく、ずっとプリメラさまがお嫁にいってもついていって侍女をするつもりだったからどこか遠くの世界の話くらいにしかもう記憶していなくてですね……。
人間の記憶ってほら、不必要だと思うとコロッと忘れちゃったりするじゃないですか……。
まあそれはともかく!
(もし、アルダールと私が結婚したら、アルダールは分家当主になるのよね?)
そして私は分家当主の妻なんだから、当然、バウム家に嫁いだプリメラさまの侍女をしているわけにはいかなくなる。義姉になるのだし。
分家当主の妻として、やらなきゃいけないことが出てくるわけですね。
(……いや落ち着こう。そんな先のこと、決まってから考えないと)
アルダールだって結婚とかそういう雰囲気出してないんだしそういうことを考えすぎるとよくないってこの間反省したばかりでした! また反省し直します!!
でも、確かにプリメラさまは成長していらっしゃいます。
私が考えているよりも、ずっとずっと。その点では、王妃さまは正しい。
(だけど……そう)
きっと、私も間違ってはいないのです。
プリメラさまが見せてくださった、あの笑顔が証拠です。
ああ、今日はもう胸がいっぱいですね!
自分の執務室に戻って幸せを噛みしめつつ書類を片付けていると、ノックの音が聞こえました。
「はい、どうぞ」
「ユリア、今大丈夫かな?」
「あら、アルダール! どうしたの? 勤務中でしょう?」
「いや、休憩に入ったところ。今夜時間が取れそうだから、食事でもどうかなって。……少し、話したいことができたから」
アルダールの様子からして深刻なものではなさそうなので、私はすぐに笑顔で承諾しました。
「それじゃあ後で迎えに来るよ。ユリアはいつもの時間?」
「ええ、今日はいつも通りの時間に仕事が終わるから」
「じゃあ、その頃にまた。どうせだったら外に食べに行こうと思うから、着替えて待っていて」
「はい」
笑顔で手を振って去っていくアルダールを見送って、私は首を傾げました。
はて、話したいこととは一体何だろう。
しかも、外に食べに行くなんて珍しい。
(いつもなら、王城内の食堂なのにね?)
ハッ……これはまさか、フラグというやつなのでは!?
ふとそんなことを思って、ないわーと自分で突っ込むのでした。
大人しく書類やろ。




