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あれから数日、アルダールは以前と同じようにちょっとした時間の合間を縫って私に会いに来てくれています。
あの日、『泊まりがけ』の可能性を示されて即快諾……という、私の理解が追いついていなかっただけなんですが! 結構大胆な答えを! 返してしまったというね……。
その辺りについては、触れてくることもないです。
私から言うこともないですけど。
(いや、だって二日連続でお休みを取ってねって言われたからってそれが泊まりがけというのは私の早とちりかもしれないし)
しかしどうしてもそのことが気になって私は意を決して、夕飯を一緒にと誘いに来てくれたアルダールの手を掴みました。
「ユ、ユリア。どうかしたのかい?」
ん? 掴む必要はなかったな……?
あんまりにも唐突な私の行動にアルダールもちょっと驚いているようです。
いやなにより私自身が驚いているっていうか……それはともかく。
「あ、あの」
「うん? 城内の食堂じゃなくて、どこか行きたいお店でもあった?」
「そ、そうじゃなくてですね……」
あれ、この掴んだ手っていつ放せばいいですかね。
タイミングを完璧に逃してしまいました!!
アルダールは煮え切らない私の態度に不思議そうにしつつ、何を思ったのか少し考える素振りを見せて何故か手を繋ぎ直しました。
にぎにぎとしてなんだか楽しそうで、わあ可愛い……じゃない!
なんでそうなった!?
妙に照れくさい感じになりましたが、私は気を取り直して咳払いを一つ。
……その間も手は握られているわけですが。
「この間、休みを合わせるって話をしたじゃありませんか」
「うん? ああ、したね。都合がつかなそう?」
「いえ、当面忙しい行事もありませんからそこは大丈夫かと思いますけど……そうじゃなくて、連日というのは、どこかに行くのかなって」
「ああ」
私の問いに納得したようにアルダールは頷くと、にっこりと笑いました。
その笑顔はなんだか晴れ晴れとしているというか、本当に色々な面倒事が片付いたんだろうなあと私にもわかるようなものでした。
「折角休みが取れるから、バウム領を案内したいと思って」
「え?」
「……実を言うと、義母上にもユリアを連れて遊びに来いと何度かせっつかれていてね」
「まあ」
そういえばバウム夫人は殆ど王城で過ごすバウム伯爵さまに代わって領地の方を代官と共に守っていらっしゃるから、たまにしかこちらには来られないのでした。
前に町屋敷でお会いしたのは本当に偶然でしたしね……。
あの時はクレドリタス夫人の件でバタバタしてしまいましたから、ご挨拶だけで終わってしまったわけですし……歓迎してくれているというのは、とても嬉しいものです。
「それで連日でってことだったんですね……」
「うん。バウム領だとさすがに日帰りは厳しいかなと思ってね。本当はもう数日あると余裕もあるんだけど……ユリアの職務上、難しいこともあるだろうから」
「わかりました。その辺りは調整してみます!」
「え、いいのかい?」
アルダールは驚いた様子で困ったような顔を見せましたが、それでも嬉しそうに笑ってくれました。
いやいやそんなに純粋に喜ばれると、私がこう……疚しい気持ちはなかったですがそんな風に脳内で勝手に思っていた罪悪感からちょっとくらい休みもぎ取ってやらぁ!って思っただけなんです!!
やましいことなんてなにもなかった!
自意識過剰、おつかれさまでーす!!
そんな風に自分を戒めたばかりなので、アルダールの笑顔がまぶしくて浄化されそう……。
なんかごめんね!
(そうよね、泊まりがけだからって別にそういう雰囲気になるとは限らないっていうか……いや待て、そもそもアルダールが前にそういうのを何回か匂わせたからいけないんだ! だから私が意識しちゃうのだってしょうがないっていうか)
責任転嫁も甚だしい? でもほら、意識しちゃうじゃないですか!
こちとらそういう経験値はまったくもって手探りなひよっこですからね!?
「ユリア」
「は、はい!?」
「……期待してもいいの?」
「な、なにがですかいえ答えなくていいです! そうそうバウム伯爵家へお邪魔するなら手土産が必要ですよねなにがいいですかねチョコレートなどはもうたくさん召し上がっているでしょうからもっと別のモノがいいですよねそうですよねこちらでも色々検討してみますけどアルダールもなにか思い当たることがあったら教えてくださいね!!」
我ながらよく回る口だなとどこか冷静に思いました。
というか、あからさまにこの話題を避けた私ですがこのノンブレスでの発言にアルダールはまた目を丸くしてから、ふはっと笑いました。
それでも手を放さない辺りが、もう……もうね!
(ああ、もう……好き!)
きっと今の私は真っ赤な顔をしているんでしょうね。通常運転ですけど何か!
アルダールはそんな私に対し、誤魔化したことを追及することなく、相変わらず余裕で……おかしいな、私はレベルアップしていてちょっとずつ彼との経験距離が近づいているはずなんですが……やはり天地の差が……!?
いえ、問題はそこじゃないです。
やっぱり、大人の階段を上っちゃうフラグ!?
いえ、もう大人なんですけど。
「顔、真っ赤」
「アルダール!」
「うん、可愛い」
「ま、またそういう……!」
恥ずかしくて俯いていた私にまたそういう追い打ちを掛けるアルダールに、思わず顔を上げると触れるだけのキスが落とされて……うわあああまたそういうことする!
どうしてそういうことしちゃうかな!?
そして私も学習能力どこ行った!
キスすることには慣れましたよ? そりゃもう初めてではないですし……。
でもまだ不意打ちはダメなんですって。
(心の準備がほしい!)
いつだってこの流れで好きなようにされちゃうんですからね!
さすがにこれから食事に行くわけですし、いつまでもこうしていちゃついているわけにはいきません。いや、いちゃついてるわけじゃないよ!?
「そ、そういえばアルダールはバルムンク公爵さまがおいでだったことは耳にしましたか!?」
「……ああ、来ていたらしいね」
私のあからさまな話題転換に、アルダールはちょっとだけつまらなそうな顔を見せながらも話題に乗ってくれました。
うーん、その優しさが惚れてまうやろ!
「私の所にも、ご挨拶に来て下さいましたよ」
「ええ……」
「そんなに嫌そうな顔をしなくても」
「面倒なことにはならなかった?」
「いえ、なんというか……」
どちらかといえば、面倒だったのはエイリップ・カリアンさまとミュリエッタさんですからね……そのことを言えばますますアルダールとの食事が遅くなりそうですから、コレは食べながら話した方がいいのかなと思い直しました。
「ちょっと色々あったのでそれについては食事をしながらお話ししましょう」
「……色々?」
「ええ、色々。でも、バルムンク公爵さまは……なんというか、変わられましたね」
「変わった……?」
アルダールは半信半疑というような表情ですが、私はあの時のことを思い出して頷いてみせました。
うん、脳筋具合は相変わらずだと思いますけど、なんというか……前向きになったというか。
ミュリエッタさんについても、面倒だったというか意味不明だったというか。
あ、それはいつも通りか……。
「そうそう、次にまた来た時にはアルダールに会いに行くらしいですよ」
「……なんとか理由をつけて遠慮しないといけないね、それは」
げっそりとした様子で言うアルダールがおかしくて、私は堪えきれず声を出して笑ってしまいました。
それから繋いだ手はそのままに、私たちは食堂に向かうのでした。
……いや、手は放してもいいんじゃないかな!?




