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この場はなんとも不可思議なメンツで成り立っていました。
きょとんとした様子でこちらに歩み寄るバルムンク公子あらため公爵。
私が子どもに対する叱責のような言葉を投げかけてしまったことにより怒りでぷるぷると震えるエイリップ・カリアンさま。
そしてなぜか私を守ろうと立ちはだかるミュリエッタさん。
なんでしょう、私はなにか悪いことをしたでしょうか。
おかしいな、後輩たちのために昇給を掛け合うって、上司としては割といいことしていると思うんですけど!?
「ミュリエッタさん、あの……」
「大丈夫です! あたしが守りますから安心してください!」
「いえ、そうではなく……」
そもそも簡易とはいえドレス姿のミュリエッタさんに守ってもらうまでもなく、この騒ぎにすぐ警備兵も駆けつけてくるっていうか、そこらで休憩している人の中にも兵士らしき姿も見えるのでできたらこれ以上の大騒ぎにしないでいただきたいなと思うばかりです。
何故彼らが行動を起こさないのかといえば、取り押さえるほどの騒ぎでもないし状況が呑み込めないから……でしょうね。
私も呑み込めておりませんし!
「ユリアさま……!」
「ああ、もうなんでこんなことになっているんですの!?」
「メイナ、スカーレット……いえ、私もよく事情が呑み込めないんですが」
私の後方からメイナたちがやってきて、二人も困惑しているようです。
二人はそれぞれ、違う用事で私を探していたらこの現場に行き当たったんだとか。
メイナはエイリップ・カリアンさまが私に面会を申し込んで面会所から上の指示で無理だと言われ、中庭で侍女を見ると捕まえて会わせろと文句を言っているのを耳にしたんだそうです。
スカーレットはギルデロック・ジュードさまが城に来ているから気をつけた方がいいと言いたかったらしく……。
いやあ、そのどっちもに加えてミュリエッタさんまでいるとかとんでもない組み合わせですね。偶然とはいえ、まったくもって嬉しくない組み合わせです。
それぞれが単体でも面倒……いえ、ちょっと手間のかかる方々だっていうのに、三乗ですからね……。
しかもそれぞれがそれぞれの目的を持って、協力体制でないからこそなにが起こるかわからないっていう恐ろしさ?
(ミュリエッタさんは、多分まあ本当に偶然なんでしょう。あれだけ釘を刺されたあとだし……ニコラスさんもいる王城で私と接触なんて、怖いだろうしね)
エイリップ・カリアンさまはまあ、色々と便宜を図れとか取りなしをしろとかその辺でしょうか……。まさか全ての苦情を私にぶつけてくることもないでしょう。
じゃあ、バルムンク公爵は?
というか、国が違うのになんでここにいるの? いやまあ公務なんだろうけど、わざわざこっちにまで来る必要ないでしょう?
端的に言って迷惑なんですが。
(……いや、タイミングさえあえばそりゃ挨拶くらい快くしますけど)
もしかしたら妙なところが律儀な方なので、見知った人間に挨拶をと思ったのかも知れません。
この脳筋男とも浅からぬ縁と言えば浅からぬ縁です。
一応、アレをカウントに入れるのは非常にいやですが、人生初のプロポーズをしてきた相手ですし……。
ああ、よくかんがえたらこの人もアルダール絡みなんですよね……。
(アルダールって、こういう人たちに好かれる体質なのかしら)
脳内アルダールがものすごく嫌そうな顔をしていますが、いやもうほんとそれだからね?
とはいえ、彼が悪いわけじゃないからなあ……。
私もアルダールも、ほっといてもらって構わないんですがどうしてそっとしておいてくれないんでしょうね……。
「久しいな、ユリア・フォン・ファンディッド!」
「……お久しぶりでございます」
バルムンク公爵は空気を読まずに大声で私に声をかけてきました。
いやなんかやたらフレンドリーに笑顔を向けられましたが、どうした?
思わず変なモノを見る目を向けてしまいそうになりましたが、そこはちゃんと気をつけて表情を引き締めましたとも!
私は丁寧にお辞儀をして挨拶をすることにし、それに倣うようにメイナとスカーレットも頭を下げたのが衣擦れの音でわかりました。
ですが私の前に立つミュリエッタさんは相手が誰だかわからないのでしょう。
不思議そうに、公爵と私を見比べています。
「ミュリエッタさん、あちらの方は隣国シャグランの公爵、ギルデロック・ジュード・フォン・バルムンクさまです。頭を下げて」
「えっ、公爵……も、申し訳ありません」
ミュリエッタさんも慌てたように頭を下げ、私の発言に周囲も誰だか理解して慌てて頭を下げたり距離をおいたりと一気に慌ただしくなりました。
こういう風になりたくなかったんだけど、ここで無礼発言とかが出てより厄介になるよりはマシだろうと思ったからです。
いやもう挨拶したから帰ってとは思っていますが。
「折角この国を訪れたのでアルダールのやつの顔を見てやろうと思ったのだが、任務で城外にいると聞いた」
「はい、さようにございます」
「残念ではあるが仕方のない話だな。騎士であれば当然のことだ」
うんうんと頷く公爵は、そのついでで私に挨拶をしに来たらしい。
だからいいんだって、そういう律儀なところを発揮しなくて!
ですが、なんでしょう?
挨拶に毛の生えた程度の立ち話をしただけですが、この人、随分態度が穏やかになったような気がします。
前はもっとオラオラ系だったような気がしますが……公爵になって成長したんでしょうか。
「なぜ、何故貴様のような女が隣国の公爵さまに親しげに話しかけられているんだ!?」
思わずと言った様子でエイリップ・カリアンさまが大声をあげ、周囲が慌てて頭を下げさせました。
ですが公爵は気にする様子もなく、小首を傾げてエイリップ・カリアンさまを見下ろしてにやりと笑ったのです。
「この女がただの女な訳があるまい。アルダールに恋われ、このおれの求婚を撥ねつけた女だぞ?」
「え、ええっ!?」
驚きに声を上げたのはミュリエッタさんでした。
止めてそれは私にとって触れられたくない話題ですからね!?
とはいえ、園遊会で堂々と発言していたことは一時話題にもなりましたし、同時に王太后さまがやり込めたことも話題として賑やかでした……。
あの時は本当にもう、笑い話にしていいやらなにやらで……まあその後、アルダールと付き合うことになってそっちに話題を攫われたんですけどね!
いやあ、あの直後は投書とかで嫌がらせとか、ヒソヒソされるのとか多かったなあ……。
「モンスターを前に我が母を庇い、守り抜き、傷を負った名誉ある侍女だ。そして決してその功を驕らずにいたと聞く。それだけで十分価値がある女だ」
「バルムンク公爵さま……」
まさかそんなまともなことが言えるだなんて知りませんでした。
実際には職務に忠実だっただけなんですけれども。はい。
「まあ、見てくれがもう少々……そこは変わらんな……」
だから! 残念そうな顔でこっち見るな!
ついでに手でくびれを描くな!!
ちょっと見直した傍からこれですよ。
しかし私がそうやって他国の人間に評価されたことが驚きだったのか、エイリップ・カリアンさまもミュリエッタさんもまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔でこっちを見ていて、それはそれで怖かったです。
「ぼ、ぼっちゃまー! こちらにおいででしたかー!!」
「む、爺や。いい加減おれは公爵なのだからぼっちゃまは止めろ。……ユリア・フォン・ファンディッド! おれはそろそろ行かねばならん。またいずれ公務でこの国を訪れることもあるだろう、その時にはきちんと首を洗って待っていろとアルダールのやつに伝えておけ!」
「かしこまりました」
返事をして頭を下げましたが、首を洗って待っていろってそれ果たし合いですか?
あの方も大人になったんだなあと思いましたが、結局あんまり変わっていなかったのかもしれません……。




