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その後、私たちは心ゆくまでジェンダ商会で“買い物”を楽しみました。
決して『誰が』とは言わず、会頭夫婦には娘がいた話なども聞かせて下さいました。
それが誰を示すのか、この場にいる全員がきちんと理解しているからこそ奇妙にも思えましたが……これが身分の壁という物なのだと、改めて思いました。
最大の譲歩であり、これ以外の接し方は今ないのだと思うと切なくもありますが、ビアンカさまのおかげでプリメラさまの望みがまた一つ叶ったのだと思えばなんとも嬉しくありました。
会計はビアンカさま持ちということで、後ほど公爵家に請求が行くそうですが……え、それでは庶民のお買い物体験、中途半端じゃないのかしらと思ったのは内緒です!
買ったお菓子を持って、再度馬車に乗り込めば遠ざかる商店。
それを振り返って見つめるプリメラさまのお姿に、思わずキュンと胸が痛んだのは私だけではないはずです。
「プリメラさま、差し出がましいようですが」
「……なあに? ユリア」
「いずれの時にか、バウム家に輿入れをした後でしたらまたお買い物に行く機会もあるやもしれません」
まあ、それでも貴族家の女主人が庶民に交じって買い物というわけにはいきませんが。
王族が買い物をするのに比べればハードルが下がるというか……少なくとも、懇意にしている商会という扱いで会頭夫妻を招くことくらいは可能になることでしょう。
(王族だと、どうしても王室御用達の看板が必要になってしまうし……それだと、奥さまは一緒にというわけにはいかないし)
ご側室さまの件があるから、ご夫妻は王室御用達の看板を狙おうにも狙えないでしょうしね。
無理をお願いして娘を側室にしたのは、愛故だったけれど……今度は孫可愛さに無理を通せば、周囲から『やはり利権狙いだった』なんて中傷を受けて、それがプリメラさまにも影響してしまうかもと思うと難しいでしょうね。
それにナシャンダ侯爵さまにもご迷惑がかかると思えば、きっと会頭さんはそんなことを望まない。
なによりご夫妻共に地元の方々と、お話をしながら商売をするのが楽しいのだと仰っていたから……今が、きっと一番彼らにとってもいい環境なのでしょう。
「なにより、ジェンダ商会のお菓子は美味しいですから。ディーン・デインさまもきっと喜んで召し上がると思います」
「ディーン・デインさまが……そう、そうよね!」
「はい」
「……いつか、もっとわたしが、ちゃんとした淑女と認められたらディーン・デインさまと一緒に来たいわ。一緒に来てくださるかしら」
「はい、きっと」
ディーン・デインさまなら絶対いやとは言わないと思います!
むしろプリメラさまが行きたい場所を言ってくれた……くらいに感動するんじゃないかしら。ああ、なんだかすごく想像できますね。
その後、私たちはジェンダ商会で買ったお菓子を手に予定通り公爵家の町屋敷へ行きました。
本当はもう少し買い物を楽しみたかったご様子ですが、やはりプリメラさまが王城から離れている時間が長くなると国王陛下のご機嫌を損ねるだろうとビアンカさまが仰ったので、プリメラさまも引き下がらざるを得ませんでした。
(というか、やっぱり国王陛下はご存知なんだ!?)
いやまあ、レジーナさんがいる段階で上の方々には連絡が行っているのでしょうが……本当に、よく許可をもぎ取って来られたなあと思います。
それでも色々な建前が必要なんですから、本当に権力者というのは大変ですよね。
「ああ、楽しかったわねえ。いかがでした? プリメラさま」
「本当に、楽しかったです。ありがとうございます、ビアンカ先生!」
「……そう仰っていただけて、嬉しいですわ」
プリメラさまはまだどこか夢見心地なのでしょうか、胸の所を押さえてほうっと溜め息を零していました。
直接、祖父母から亡き母の話を聞けたことはプリメラさまにとってどのような影響を及ぼすのか、私にはわかりません。
ですが、今のプリメラさまのご様子は……そう、まるでとても大切な、宝物を手にしたかのようなご様子でした。
「……ありがとうございます、ビアンカさま」
「あらなあに? わたくしはただ、庶民の買い物を体験してみたかっただけよ。貴女は楽しめたかしら?」
「はい、とても。楽しゅうございました」
「なら良かったわ」
くすくす笑うビアンカさまに、私はただ感謝するだけです。
なにに対してなんて言葉にするのは、無粋ということなのでしょう。
いずれにしても、私では……ここまで、穏やかに会頭夫妻とプリメラさまを会わせて差し上げることはできなかったでしょうから。
そんなビアンカさまには、私なりの感謝を伝えなければならないでしょう。
そう!
ビアンカさまに感謝を伝える!
それはなにも言葉だけではないのです。
この日のために用意しておいた、秘密兵器。
それを今こそ出すタイミング!
「ビアンカさま」
「なあに?」
「実は本日、こうしてお招きいただきましたことに対し感謝をお伝えするのにどうしようかと悩んだのですが」
「あら、そんなこと気にしなくて良いのに」
小首を傾げるビアンカさまに、私はにっこりと笑ってとっておきを取り出しました。
これについては、プリメラさまもご存知のため、私たちのやりとりで察したのでしょう。
わくわくした表情でこちらを見ています。
「実は新しいお菓子を作りました」
「まあ!」
お菓子。
その言葉を聞いた途端に目を輝かせたビアンカさまに、つかみは上々だと私は満足しつつテーブルの上にある小皿にそれを出しました。
そう、試行錯誤の末に完成した、琥珀糖です!!
オーソドックスな琥珀色と透明色以外にも、花から抽出した色で赤と青のものを準備し合わせて紫も作り出しました。
満足いく色が綺麗にできなくて、何回作り直したことか……!
失敗分は、メイナとスカーレットにも協力してもらって消費しました。
ちょっぴり体重と虫歯が心配な今日この頃です。
気をつけよう、健康は大事です……。
とにかく、私が取り出したそれにビアンカさまはもう釘付けです。
そうでしょうそうでしょう、これは私も自信作ですからね!
透明度もさることながら、形だって手でちぎってより宝石に近づけるように努力しました。
砂糖と粉寒天と食紅モドキだけでできているって知ったらもっと驚くのではないでしょうか?
ええ、勿論レシピの準備もバッチリです。
花から色を抽出する時間とか配分だって記しておきました。
「素敵だわ……! 宝石ではないのよね、お菓子と言っていたものね!?」
「はい、こちらは砂糖菓子でございます。量を召し上がるには少々甘いですが、渋めの紅茶と楽しんでいただければと」
「早速いただきましょう」
ビアンカさまが琥珀糖から視線を外さずに手を叩けば、あっという間に家人のみなさんが現れてお茶の準備をして下さいました。
そこからはもう琥珀糖と、グミや庶民のお菓子類を楽しむだけの時間でした。
毒見?
本来は必要なのですが、私の手作りということと、ジェンダ商会についてはビアンカさまも信頼しているということで細かいことは言わせないというスタイルでした。
本当はいけませんけどね!
念のため、プリメラさまがお召し上がりになるお菓子については私が……と言いたいところですが、レジーナさんが先に食べるということで落ち着きましたが。
そこはそれ、大事なことはちゃんとしなくちゃいけませんからね!




