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転生しまして、現在は侍女でございます。6巻の電子版が8/12から発売です!
また、シリーズ累計25万部となりました。(詳細は活動報告にて)
これもみなさまの応援のおかげです!
ありがとうございますー!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
ジェンダ商会の中は、いつも通りの品揃え。
それは普段、近所の人たちが買いに来る日用品だったりお菓子だったり、贈答品だったり……そう、それこそ日常通うスーパーマーケットみたいな。
しかし今日は、他のお客さんの姿は人っ子一人いません。
だって、貸し切りだから!!
ジェンダ商会の会頭さん夫婦が、おっかなびっくり商品を見ているプリメラさまを優しい目で見守っている姿を、私は隅で見ていました。
(今日のこと、会頭さんたちは連絡もらった時……きっと驚いただろうなあ)
私にはできない芸当だ。
王女を城から連れ出すことも、商会を貸し切ることも。
いえ、おそらく……望めば、きっと。
多くの人が、手伝ってくれて実現は可能だと思うのです。
でも、しなかった。
(プリメラさまが、喜ぶと知っていても)
それをしては、いけない気がして。
言い訳になるだろうか?
侍女として、プリメラさまに『かあさま』と呼ばれている段階で距離感を間違えていると言われてもおかしくないのに、侍女としての境界線を侵していけないと思うことは。
(……難しいなあ)
いや、以前ナシャンダ侯爵さまのところに会頭さんを呼ぶ案を出した身としてはね!
色々思うところはあるわけですが!
でもこうやって、堂々と……というのは語弊がありますが、『お忍び』だからこそできることがたくさんあるのはまた別なのです。
こうしてここまで近い距離で姿を見ることができて、言葉を交わすこともできて、……そりゃ、祖父母と孫という関係での会話は無理ですが王城やそのほか貴族邸宅での会見に比べればフランクな……。
「あら、難しい顔してるわね?」
「ビアンカさま」
「……貴女の考えているのはどうせ複雑すぎる悩みなんじゃないかしら」
隅の戸棚を見るふりをしていた私に、ビアンカさまは笑顔で話しかけてくださいましたが、どうやら私がなんとなくもやもやしていることなどお見通しのご様子。
うん、いや別にね?
やろうと思えばできたけれど、色々な人に迷惑を掛けるからやってはいけないと思っていたことをあっさりビアンカさまが叶えてしまうところにこう、呆然としたというか、別に嫉妬とかそういうのではなくて……なんだか、呆然としてしまって。
曖昧に笑って返す私に、ビアンカさまも呆れたように笑顔を見せて受け入れてくれたようでした。
プリメラさまは気になった商品を手に、会頭の奥さんに質問をしているようで、楽しそうな笑い声が聞こえます。
「そうねえ、ユリア……もし、ユリアが考えていることが私の予想通りだとしたら、言えるのは一つよ」
「なんでしょうか」
「ユリア・フォン・ファンディッド子爵令嬢。貴女が、プリメラさまの侍女で良かったということよ」
「……え?」
ビアンカさまはものすごく真面目な表情でした。
それは、公爵夫人として大勢の前に立っている時のお顔のようで、私は思わずドキリとしました。
叱られているわけではないし、けれど言われたその内容は上手く呑み込めず、私はただ目を瞬かせてしまいました。
いえ、言われたことはわかっています。
しかし、どうしてそんなことをビアンカさまが仰ったのか、私には判断できなかったのです。
(ついこの間、似たようなことをキース・レッスさまにも言われたばかり)
私が侍女で、良かった。侍女である私を評価している。
評価されないよりはずっといいです。筆頭侍女なんて立場になっている以上、下の子たちの規範でありたいしそうなれているとも取れますから。
それにボーナスとかだってそれなりにもらっている身ですし、ちゃんと評価されることはありがたい。
でも、そうじゃないってことはこの場の空気でもわかります。
「ビアンカさま……?」
「ナシャンダ侯爵さまのところで、プリメラさまはジェンダ商会の会頭と顔を合わせたそうね。客人に商人を紹介しただけだとナシャンダ侯爵さまは仰っていたけれど……ユリア、貴女の発案なんですって?」
「は、はい」
ナシャンダ侯爵さまがお話しになったのであれば、私が隠すことはなに一つありません。
ビアンカさまは戸棚にあったキャンディの瓶を手に取ってそれを眺めて、私に少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべてみせたのです。
「……ご側室さまの生家であることを、私も知っているわ」
ぽつりと、そう零すように言った声は、どこか申し訳なさそうでした。
ご側室さまの生家がジェンダ商会であるということは、割と多くの貴族が知っています。
とはいえ、それはナシャンダ侯爵さまが養女として迎え、側室として後宮に入るということがあったから高位貴族は知っている、という話です。
今の若い貴族たちの間では、知らない人も多いのではないでしょうか?
私も行儀見習いで王城にあがった時、そんなこと知りませんでしたしね!
「後ろ盾がなくとも、母君がいらっしゃらなくても、プリメラさまは国王陛下に愛されておいでだし、王太后さまもいらっしゃるし……なにより、貴女がいるから大丈夫だと私たちは思っていたわ」
「……ビアンカさま」
「だけれど、ナシャンダ侯爵さまからそのお話を伺って、私は思い違いをしていたのではないかしらと思ったのよ」
事実、大丈夫だったのではと思います。
日々を暮らす中で、プリメラさまにとってはご家族と私たちに囲まれて過ごすことになに不自由なく、愛されていると知っておられます。
あの日、あの時確かに私はプリメラさまのために行動したけれど、プリメラさまが必要としていたかと問われればそれは違うと思います。
祖父母に会ってみたい、そして亡き母親の話を聞いてみたい……他愛もない願いで、別に実現しなくても困らない、そんなささやかなものでした。
「いやあね、そんな顔をしないでちょうだい」
「ですが」
「……ああやって、会わせてさしあげることができたのだと、気づいたのよ」
「ビアンカさま……」
公爵家の力なら、確かにできた。
プリメラさまが遊びに行くのだって、礼法の教師として、あるいは筆頭公爵家の女主人として招くことはいくらでも可能なのだから。
けれど、ビアンカさまはそれに今まで気がつかなかったと後悔しているようでした。
「決して領民を、一般市民を軽んじているつもりはないわ。けれど、ご側室さまはすでにナシャンダ侯爵家の人間だからとプリメラさまのご家族は、もう王家の方々だけだとどこかで思っていたのよ」
「……それは、貴族として正しい考え方と存じます」
「そうね。だけど、私はプリメラさまの『先生』なの」
ビアンカさまはそっと目を細めてプリメラさまの方を、まぶしそうにご覧になりました。
楽しそうに、レジーナさんと会頭さんと、色とりどりのキャンディについて話すプリメラさまのお姿がそこにはあって、私も知らず知らず笑顔になります。
「あんなに嬉しそうになさるなら、もっと早くにしてあげれば良かったのだと思って。……貴女が、気がついてそうしてくれなかったら、誰も会わせてあげることができなかったんだわ」
「そのようなことは」
「いいえ、そうなのよ」
ナシャンダ侯爵さまが、王妃さまに遠慮と……各貴族たちに対し、王権に介入するつもりはないと動けなかったように。
ビアンカさまが、貴族として『ナシャンダ家に養女となった以上、市井の民と縁戚ではない』と考えていたように。
それは、一言ではきっと表せない複雑さを内包しているからこそ、誰が悪いなんて言える物事ではないと思いました。
「だから、ユリア。貴女がプリメラさまの侍女で、あの方のためを考え行動をしてくれること……本当に、感謝しているのよ」
ビアンカさまの言葉に、私はただ……小さく頭を下げるだけでした。




