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待ち合わせは、王城の裏口で。
プリメラさまは目立たぬようにマント姿、同様に私も。
そうレジーナさんを通じて言われたものの、なんでしょう……。
逆に怪しくない?
全員フード付マントで王城裏口集合って、逆に目立たないのかしら……。
そう思った私は多分悪くありません!
でもなんだか、イケナイことをしているみたいでわくわくした部分はあります。反省はしていない!
「ねえユリア、なんだかドキドキするね!」
「はい、プリメラさま」
正直なところ、確かにプリメラさまは普段よりも簡素なドレス姿なので行き交う人間の目に止まるとマズいのですが私はそのままでも目立たなかったのでは……。
そう思いましたが、楽しそうなプリメラさまの姿にそんなことは吹き飛びました。
レジーナさんも動きやすい私服です。
「レジーナも、素敵よ!」
「ありがとうございます。みなさまとご一緒するのに失礼のない服として妥当か自信はないのですが……本日の護衛を、精一杯務めさせていただきます」
護衛役として来たとは言え、今日はお忍び。
しかもビアンカさま主導なのでどこに行くかも聞いていない、本来であれば許されないお忍び行動です。
レジーナさんは男装に近い格好で腰に細身の剣をぶら下げ、マントを着用しているので見ようによっては冒険者のようで……。
じっと私が見ていることに気がついて、レジーナさんはにこっと笑って私に耳打ちしました。
「冒険者を意識してみたんです。これなら町中で剣を持っていてもおかしくないでしょう?」
「ええ。とてもかっこいいわ」
「ありがとうございます」
レジーナさんなら頼りになるって知ってますからね!
それに冒険者のようだと言ってもその服、結構いいところのブティックで買ったヤツですよね……私、知ってます。
そんなこんなでなんとか人の目を避けて私たちがビアンカさまの用意した馬車に乗り込めば、すでに中にいたビアンカさまが大輪の花のような笑顔でお出迎えくださいました。
おおう、笑顔がまぶしい!
今日も大変美人です、ありがとうございます……。
「良かった、それじゃあ行きましょう!」
「あの、ビアンカさま。それで一体どちらに……?」
張り切っておいでのビアンカさまですが、馬車を走らせても美味しいお茶菓子を勧めてくださるだけでなかなか教えてくれません。
思わず焦れて私が問えば、ビアンカさまがより笑顔になりました。
「まあまあ。大丈夫よ、変なところではないから安心してちょうだい」
「それは、信じておりますけれど……」
「あらそれは嬉しいわ!」
笑顔のビアンカさま、尊い。
もうこの方どうしてこんな無邪気に喜ぶのかしら。
年上のお姉さまで色気もすごくて美人で高嶺の花なのに、ふとした時が可愛いとかさあ!
「プリメラも、ビアンカ先生のこと信じてます!」
「ありがとうございます、プリメラさま」
私とのやりとりに割って入るようにして主張するプリメラさまも尊い。尊いが過ぎる!
なんという天国。
思わず感激する私をレジーナさんが若干残念なものを見る目で見ていたことは、スルーです。いいんですよ、素晴らしいものは素晴らしい。
それでいいじゃないですかー!
(でも、ビアンカさまの護衛はどこに……? 御者がそうなのかしら)
私が疑問に思ったことなどすでにお見通しなのでしょう。
お茶を飲み干したビアンカさまが、笑って私たちを見渡しました。
「そう遠くないところなのだけれど、ちゃんと手配してあるわ。まず今日の予定から説明するわね?」
とある商会を、今日は貸し切りにしているということ。
そこで買い物を……庶民のように品を直接見て選び、買い物をするという体験をすること。
そしてそれを持って公爵家の町屋敷に行き、授業をしたという体裁を整えるのだそうです。
シンプルで動きやすい服装というのは、野外での活動を想定に入れたお茶会のためというちょっとそれ言い訳としては苦しくないですかね?
それ追及されるとすれば私なんですけど……。
でも、楽しそうです。
なにがって、私やレジーナさんは普段から自分で買い物に出たりすることができます。
いや、私も護衛をつけている側の人間ではあるのですが……。それも元々アルダールやレジーナさん、あるいはメッタボンが付き添ってくれるので、相当自由に振る舞えるのです。
けれど、プリメラさまとビアンカさまは、違うでしょう?
いつだって注目され、その存在の貴さから護衛は常時。食べるものでさえ、限られた人間を介してであり、店を見に行くなんてもってのほか。
気まぐれにウィンドウショッピングなんて、できる立場ではないのです。
そうしたかったら店を呼べって世界ですから。
彼女たちが望むのは、そういうものではないのだとしても……そうせざるを得ないのが、身分というものです。
そしてそれを理解している貴婦人たちでもあるのです。
(……ビアンカさま、相当社交シーズンで鬱憤が溜まっていたんでしょうねえ……)
きっと社交界は今、ウィナー男爵とミュリエッタさんの話題で持ちきりでしょうからね!
おそらくそれに付随して、私とアルダールのことも噂されているのだと思います。
それに対して上の人たちが動いているということは、社交界で活動する貴婦人たちの頂点にいるビアンカさまの心労は……計り知れませんね。
「わたくしが連れてきた護衛は、御者の二人。腕は確かだから安心してちょうだい? 基本的に彼らには周辺警護を命じてあるから、店内や私たちの身辺についてはそちらの女性騎士殿にお願いすることになるけれど」
「承知いたしました」
「ええ、よろしく頼むわ」
「大丈夫よ、先生! レジーナは優秀な護衛騎士ですもの! ね、ユリア!!」
「はい」
プリメラさまの太鼓判に、思わずレジーナさんが咳払いしていましたが、私は見逃しませんでしたよ! その耳が赤いことを!!
普段は凜としているレジーナさんですが、やっぱりこういうところが可愛らしいですよね。
はー、天は二物を与えずって言いますがこの世界、二物どころか三物とか与えすぎじゃない? 大盤振る舞いだったのか?
おかげで目の保養で忙しいですありがとうございます!
(……私だけ、場違いとかじゃないですよね……?)
可愛い、将来美人が確定、天才、天使な王女殿下。
美貌の才媛、社交界の頂点である公爵夫人。
クール系美人の実力派護衛騎士。
ちょっと、豪華が過ぎませんかね。
私なんて努力系地味女ですが!? なんだこの女子会……。
それでも居心地が良いんだから、本当に私は周りに恵まれたんだなあと再度思いました。この人たちと一緒にいられる幸せを、噛みしめちゃいますよね!
「ああ、ほら。着くわよ?」
ビアンカさまが意味ありげにウィンクを私に向かってしてきたので、私はなんだろうと窓の外を見ました。
「……あ……」
外の景色を見て、私は気がつきました。
この道に続く、商店。私もよく知っているところです。
慌ててビアンカさまを見れば、悪戯が成功したと確信した笑顔があります。
ああ、ああ、この人は!
私の様子に気がついたプリメラさまが、レジーナさんが不思議そうに私たちを見ています。
「さあプリメラさま、着きましたわ。こちらが今、庶民で人気のマシュマロやグミを扱う店ですの」
「まあ! マシュマロ!」
ぱっと笑顔を浮かべたプリメラさまに、ビアンカさまは笑顔で頷きました。
そして、馬車が止まり、御者たちが扉を開けて私たちは降りたったところでプリメラさまが頭上の看板を見上げ、足を止めました。
「ナシャンダ侯爵さまが懇意にしている商会でもありますのよ。……ご存知かと思いますが、ジェンダ商会ですわ」




