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ライラ・クレドリタス。
その名前がキース・レッスさまの口から出てきて私は目を丸くしました。
確かに、パーバス伯爵家に縁があるからもしや今回彼女を利用してアルダールに、ひいてはバウム家になにかしらしようとしているのではとかミュリエッタさんがどうこうとか少しだけ考えましたが、まさか本当に関係してくるとは。
「どのようにあの執事殿が話を進めるかはわからないがね。バウム家の元家人とでも名乗る人物を商人のツテで雇ってアルダールにその関係を告げ、家族に亀裂を加えその醜聞を広めることでダメージを与えようとパーバス家がしているということを前提に話をするだろうね」
「……している、ですか」
上手く言葉を濁し、それがあたかも本当のことであるかのように語ればそれが本当になることもあるのでしょう。
なによりその筋書きは、以前ミュリエッタさんが私に聞かせてくれた話と一致するのです。
(ということは、パーバス伯爵家がタルボット商会と縁を切られて困るのは、足が付かない人間を用立てるためだった? それとも、すでに用立てていて露見することを恐れた?)
どちらにせよ、碌でもないな。
すでにパーバス伯爵家と距離を置いたタルボット商会は、自分が不利になるような失敗などするはずがありません。
そのあたりについては慎重に行動を起こしたはずです。
あんな、他国との問題で打ちのめされても恐ろしい早さで再生してくるような商人が、簡単に不利になるような証拠を掴ませるわけがない。
「これは事前に、あのお嬢さんには聞かせていない」
「……彼女は驚くでしょうね」
「ああ、そうだろうね」
あの場にいてその話をちゃんと聞いたのは、私だけ。
ほんの少しだけ、エーレンさんが耳にして……私は関与しないで済むように、彼女に外出してもらったけれど。もしかしたらエーレンさんが、恋人のエディさんを通じて、騎士の誰かに伝えてくれたのかもしれない。
ミュリエッタさんの『予知』とされるその言葉に、救われる人もいれば……振り回される人もいるんですよね……。
「まあこれで彼女もパーバス伯爵家も当分は大人しくせざるをえないだろうさ」
「……そうですね」
「おや、嬉しくないのかい? まあ、やり方が綺麗とは正直言えないものなあ!」
くすくす笑うキース・レッスさまに、私は曖昧に笑うしかできませんでした。
いや、そりゃそうでしょうよ。
いい気味だとかほっとしたとか、私にだって勿論あります。
だけど、キース・レッスさまが仰ったようにやり方が綺麗ではない、というか……怖いなあと思いました。
今回、本当にニコラスさんたちは偶然というか……パーバス伯爵家に行くついでに私たちと同行したのは、多分ミュリエッタさんの不可解な、お義母さまを前にしたときの反応を確認したかったのでしょう。
そして今回のことと併せ、彼女に現実を突きつけ……そして外側からじわりじわりと狭められている『自由』を自覚させたに違いありません。
(また利用されたなあ)
悔しいですとか、そういうのはないです。
どちらかといえば、本当にどうしてこう、面倒なことに巻き込まれているのかな……って感じですね。
パーバス伯爵家と縁ができたのも偶然ですし、クレドリタス夫人がパーバス家と縁があるのも偶然、バウム伯爵さまが彼女を助けたのも偶然……偶然が偶然を呼んで、いやあ、世間って狭いなあ!
そんでもってその結果面倒な立場になってしまったアルダールと私が恋に落ちたのも、ディーンさまがプリメラさまに恋したっていう予想外のできごとがあったからこそなので、それこそ偶然ともいえますし。
そしてそのアルダールに、まさかの転生者なミュリエッタさんが惚れていたってのも、そう、なにもかもが偶然でこんなにも重なりやがってこんちくしょう。
やけっぱちな気分になったってしょうがない!
(まあでもこうやって私になにがあるのか話してくるってことは、出る幕はないってことですね)
全部計画通りに進んだから、巻き添え食った人に説明できる範囲だけ説明しておこうねってところでしょう。
勝手に探ったりなどしませんが、万が一なにも知らなくてそれを利用されては敵わないという部分が大きいような気がします。
「まあこれで、色々と落ち着くはずさ。あのお嬢さんもここらで現実を見据えて、落ち着いてくれるといいんだがね」
「……そうですね」
「アルダールのやつも、もうそろそろ任務から解放されてもいい頃だと思うんだがなあ。強いというのもなかなか面倒な立場だよ」
苦笑するキース・レッスさまは、面倒だとか茶化すような言い方をしてはいますがきっとアルダールのことを心配してくれているのでしょう。
私としても、少し前に会ったとき疲労を滲ませていた彼のことを思い出せばやはり心配になりますからね。
「そのうち、アルダールと一緒にキース・レッスさまとどこかに出かけたいものですね」
「そうだねえ、またセレッセ領に遊びに来てくれるんでもいいよ。勿論、メレク殿やディーン殿も一緒でも構わない。我が家に泊まりがけで遊びに来るといい。お泊まり会を開いてあげようじゃないか」
「まあ! そんな子供がするような……でも楽しそうですね」
ぱちりとウィンクしてくるキース・レッスさまに、私は思わず吹き出してしまいました。
ああ、先ほどまでの怖いなということをしれっとやってのける人と同一人物とは思えません!
しかし、お泊まり会ですか。
面白いことを言い出す人だなあ、本当に。
「ああ、妻も私もそういうことが好きでね。勿論オルタンスもさ。貴族は見栄と体面を重視するが、それでも気心の知れた相手と楽しむ場合は別だろう?」
「……いいですね、メレクが正式に子爵となる前に、計画できたらいいなと思います」
「そうだなあ。メレク殿が子爵になったら結婚やお披露目やら、社交界に顔出しやらで多忙になってしまうしなあ」
顎に手を当ててうーんと思案気な表情を見せるキース・レッスさまはもしや本気か……?
本当に企画しそうですよね、この人。
開かれたら面白そうではありますが。
「そういえば、企画で思い出したけれど……公爵夫人がなにか楽しげなことを計画しているって小耳に挟んだんだが」
「あら」
すごいな、さすが社交界の達人。
ビアンカさまが身内で遊ぼうと計画をしていることまで知っているだなんて、耳聡いなんてものじゃありませんよ。
「詳しくは私も知らなくて」
「そうか。楽しんでくるといいよ」
「え?」
「アルダールのやつが参加できるかは知らないが、女性は女性の楽しみがあるだろうからね」
再びウィンクをされて、私は首を傾げましたが……それはつまり、ビアンカさまの計画は近日決行ってことなのかしら?
というか、それをキース・レッスさまがバラしたって知ったら、ビアンカさま不機嫌にならないかしらとふと思いましたが、私もそこはオトナとしてこの胸に秘密と決め込みました。
「さてそれじゃあ種明かしはオシマイだ。色々と巻き込まれて、大変だったろう」
「……いえ」
「王女宮筆頭としての君は、とても評価されている。そして、君個人もね。少なくとも、英雄の娘より」
「え?」
「その言葉を、深く考えずに素直に受け取ってほしい」
「キース・レッスさま……?」
にこりと笑って立ち上がったキース・レッスさまが、私に手を差し出して立ち上がらせました。
その言葉を、素直に受け取る……つまり仕事ぶりから私の存在は、ミュリエッタさんよりも高く評価されているということになりますが。
(なにを、いまさら?)
知ってますけど?
だって、プリメラさまが笑ってくれる限り私はあの方のために、恥じることなく頑張りますからね!
きょとんとする私の様子に苦笑しながら、キース・レッスさまは紳士らしく私を部屋に送って下さったのでした。
一体、なんなんだ……。
次回、王城につきますw




