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そこからは予想外の早さでした。
ミュリエッタさんが出て行き、そう時間を置かずに戻ってきたキース・レッスさまに帰ることになった旨を告げられ慌ただしくも我々は帰途についたのです。
パーバス伯爵家の人間は誰も見送りに来ることはなく、家人に頭を下げられての出立でした。
泊まりがけにならなくて済んだのは幸いですが、あまりの展開の早さに驚きです。
(ニコラスさんとミュリエッタさんはどうしたんだろう)
無事に合流できたんだろうか?
一体彼女はなにをするつもりなのか。ニコラスさんもだけど。
エイリップ・カリアンさまに謝罪をさせるといっても本人不在のまま、喪中の家をうろちょろしているなんておかしな話だし……。
(さすがにクレドリタス夫人関係までは考え過ぎだったかな)
それにしても、マルム・フリガスさまの奥さま……つまり今の伯爵夫人は結局一度も顔を合わせないままだったなと私は思いました。
歓迎されているかと問われれば微妙ですが、少なくとも親戚なのだから挨拶位するべきじゃないのかしら。
具合が悪くて伏せっているという話も聞いていないので、ご健在だと思うのですが。
エイリップ・カリアンさまと同じで外出しているという可能性もあるけれど、それにしたって普通はお義母さまに対して軽くご挨拶か、あるいは人前に出られる状態ではないならそのフォローを家人がするべきよね?
まあ縁をつなぐつもりはないっていう解釈でいいのかしら。いいですよね。
少なくとも私はそう思うことにいたしました!
とりあえず帰りの道中、お義母さまのお加減も安定していたのでキース・レッスさまが説明してくださったことによれば、パーバス伯爵家にエイリップ・カリアンさまがご不在なのは、ただの偶然だったそうです。
とはいえ、王太子殿下の執事と英雄の娘が来るという予想外の出来事に、マルム・フリガスさまはそれを利用して彼女たちを留め、私たちも引き留めてなんとか説得に当たろうと考えていたらしく……。
(いやいや、穴だらけのいくらなんでも無理がありすぎでしょうに)
王太子殿下の執事を引き留めるってね……しかもそれを利用して私たちを引き留める、つまりキース・レッスさまも足止めされちゃったとかあり得ないでしょう。
なんなら帰ってくれていいと思っていたに違いありませんが、同行しているっていう意味を考えなさいよねって話です。
まあそんなこったろうとは思ったらしいのでキース・レッスさまがマルム・フリガスさま相手に貴族議会とか他の貴族が弔問に来たときに困ることになるんじゃないかとほのめかしたところ、とっとと帰れと言われたので帰ることにしたのだとか。
私たちを伴って。
(……ってことは今頃、慌ててるのかしら)
おそらくマルム・フリガスさまはキース・レッスさまだけ帰れと言ったのだと思います。
それをあちらが見送りに出てこないだろうと踏んで言質をとったとばかりにキース・レッスさまは意気揚々と私たちを連れて出て行ったと。
まあ、悪いのはあちらですけどね!
(ああ、でも遺産相続とかそういう話は大丈夫なのかしら)
この世界では男尊女卑とまでは言わずとも、男性優位な面が強いことは変わりません。
ですが、法的には割と緩くて『跡取りは爵位・家屋・土地その他の財産を相続するが、故人の妻に対しての世話と兄弟姉妹に関して相続の幾分かを分け与え、貴族議会に報告すること』となっているのです。
なんて緩いんでしょう!
貴族議会に提出する書類の偽造し放題という事実があり、そこはまあもう幾度となく問題視されていてどう法改正するかで貴族議会も揉めっぱなしなのですが。
まあそんな感じで慌ただしくパーバス伯爵家を後にした私たちは、来たときに泊まった宿屋さんに再び宿泊することになりました。
「ユリア嬢、夫人の様子はどうかな?」
「大分気分も落ち着かれたようで、今はぐっすりと」
「それはよかった。レジーナは?」
「お義母さまの傍にいてもらっていますが……」
慌ただしさのせいもあったのでしょうが、なによりあちらでの緊迫感にすっかり滅入っていたお義母さまも解放されたのでしょう。
宿屋さんに着くなり眠ってしまったので、私は軽食をお願いしていたところにキース・レッスさまがやってきました。
「そうか、それじゃあ少し補足の話をしたいんだが時間をもらっても?」
「……わかりました」
従業員に、軽食はできたら部屋へ届けてもらうようにお願いして私たちはラウンジへと足を運びました。
確かに私としても、幾分かあの馬車の中で受けた説明は省かれていると感じていたのでそれを教えてくださるというならば、お断りする理由もありません。
「まあ、結論から話そうかな」
「珍しく、性急ですね?」
「ユリア嬢相手にそんなに回りくどいことをしても申し訳ないからなあ」
朗らかに笑ったキース・レッスさまは、私に向かって優しく目を細めました。
その様子に、アルダールの恋人だからとかそういう理由以外の信頼を見つけたような気がしてなんだか嬉しく思えます。
とはいえ、厄介なことに巻き込まれているという状況は変わらないんですけどね!
「今回あのお嬢さんを連れて来たのは、貴族は甘くないってところを見せるためさ」
「え?」
「つまり、パーバス伯爵家は見せしめにちょいと絞られる。それに彼女は加担するわけだ……望む望まないに関わらず。自分の手を汚したことを、人は忘れがたいだろう?」
「それは……」
それはなんとも大胆なやりようだなと思いました。
確かに今まで何度となく注意勧告を受けている彼女ですが、それなりに改めている様子でもあくまでそれはそれなり。
どうやらそれに業を煮やした上層部が、直接的に関与させることで学ばせようとしたということでしょうか。
だとしたらパーバス伯爵家はいい気味……じゃなかった、いい迷惑でしょうね!
「まあマルム・フリガス殿もいつかはいい勉強になったと思ってくれたらいいのだがねえ」
「顔と発言が一致しておりませんよ」
「おやおや」
あくどい顔で笑ってちゃ説得力に欠けるってものですよ。
まああくまで表面上は『いい勉強』なんて言っているだけで、正直なところキース・レッスさまもいい気味だって思っているのでしょう。
私も同じだからそれ以上言いませんが。
「パーバス伯爵家にどのような処罰が?」
「なあに、大したものじゃない。とはいえ領内にある鉱山を一つ失うから、それなりに痛手だろうな。だけど領地経営さえしっかりしていたら大丈夫な範囲さ」
「結構な痛手じゃありませんか」
「そうかな? まあこれで当面はおとなしくせざるを得ないだろうね」
くすくす笑うキース・レッスさまは本当に楽しそうです。
確かパーバス伯爵家の資金源は、鉱山からの銀だったはずなのでいくつか所有しているとはいえ一つでも欠ければしばらくは立て直しにかかりっきりでしょう。
「それで? わざわざその話を聞かせていただけるということは、結論だけでなくどのようにしたのかも教えていただけるので?」
「ああ、そのつもりだよ」
にっこり笑ったキース・レッスさまは手を挙げて給仕を呼び、ワインを頼みました。
勿体ぶっているというよりは、話がもう少しかかるから喉を湿らせるためなのでしょう。
運ばれてきたワイングラスを掲げられたので、私も同じようにして喉を潤しました。
美味しいワインです。これも後でお義母さまに飲ませてあげたいなあ。
「新たなるパーバス伯爵殿をやり込めるのは当然、あのお嬢さん……英雄の娘に対して、彼の息子が仕出かした態度と他にも失態、それに加えて過去の問題が露呈することを恐れてある人物を恫喝しようとしたという点だそうだよ」
「……恫喝ですか」
それは穏やかじゃない!
過去の問題が露呈って、一体パーバス伯爵家になにがあったのでしょう。
私が眉を顰めたところでキース・レッスさまは真面目な顔で続けました。
「ライラ・クレドリタス。この女性を、君も知っているね?」
まさかここで出てくるとは思わなかった、クレドリタス夫人の名前に私は目を瞬かせるのでした。




