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「ミュリエッタさん、お加減はどうですか? まだもう少々、時間がかかるようですがあまり辛いようでしたら、ニコラス殿を探してきますが」
「ユリアさま。いえ、大丈夫です」
お義母さまに言われて私はミュリエッタさんと少し話をするため、彼女の傍に歩み寄りました。
少しだけ驚いた様子を見せたミュリエッタさんでしたが、それでもすぐに外向けの、明るい笑顔を浮かべたのはさすがです。
もう少し、年相応に振る舞えばいいのになんて少し思いましたが、これはこれで彼女自身を守るための術だったのかもしれませんね。
「そうですか、それなら構いませんが……辛いようでしたら、いつでも言ってくださいね。私たちは親しい友人というわけではありませんが、この場では助け合うことが大事ですから」
「……はい」
親しい友人ではない、それは間違っていません。
けれど、このパーバス伯爵家の中にあって、ミュリエッタさんがもし助けを必要とするならば声をかけやすいのは誰なのか……となったら、やはり同性である私なのではないでしょうか。
お互いの心証はともかく、ね。
なんせミュリエッタさんがおかれている今の立場はストレス満載だと思うんですよ。
腹の内がわからない、しかも味方とは言い切れないニコラスさん。
表向きは友好的だけれど、セレッセ領でのことから彼女が苦手にしているであろうキース・レッスさま。
正直、私の護衛なので、彼女が助力を求めてきても率先して動いてはくれないと想像に難くないレジーナさん。
なにかよくわからないけれど彼女の動揺スイッチを持っているお義母さま。
そして、恋のライバル的な……私、ですものね。
いやあ、なんでこうなったんだってきっと彼女も思っているに違いありません。私も思っていますからそこはよくわかりますとも。
よくわからないけれど、いいように偉い人たちが巻き込んで利用しているっていう立場は似たようなものですからね……。
(私たちの関係か)
自分で言っておいてなんとも奇妙なものです。
彼女は気づいていないかも知れませんが、私とミュリエッタさんは同じ転生者。
それなのに、どうしてこうも違う立ち位置になったのでしょう。
私はただ、真面目にプリメラさまの幸せを考えて暮らしてきました。
その働きぶりを認めてもらって、今こうしているわけですが……少し過分な期待を感じたりもしますが、その辺りもまあ周囲の助けもあってなんとかやっていけているんですよね。
対してミュリエッタさんは、ヒロインという主要キャラの強みを活かして知識をフル活用した結果、その魅力とチート能力を余すところなく発揮しているのではないでしょうか。
ただ、それがゲームと同じ展開ではないこの世界にそぐわなかったのか、空回っているようですが……。
(……上手くいかないって彼女は気づいているハズなんだけど、諦めないところは強いんだよなあ)
その方向性を間違えなかったら、彼女はあっという間に世間にもっと認められてそれこそ『英雄』になった父親を超える人気者になると思うんですけれどね!
しかし、ミュリエッタさんにはミュリエッタさんの考えがあるのでしょう。
「……ユリアさまは、恋愛してるんですよね」
「え?」
「アルダールさまと」
「え、ええ」
「ご両親は、政略結婚なのに?」
「……私の父と、亡くなった母は恋愛結婚だったそうですよ。実母の記憶はあいにくありませんので、詳しくはお答えできませんが」
「あたし、恋愛は大事だと思うんです」
「……え? は、はあ」
「愛し、愛されて、周りに祝福されるのって素敵じゃないですか。憧れます」
「そ、そうですね……?」
唐突に話しかけられたなと思ったら恋バナですか!
いえ、別に深刻な話題よりはずっといいんですけども。だけどなんだかこれは、雲行きが怪しい……?
「憧れなんです。……あたしは、ずっと、憧れていました」
「……? ミュリエッタさん?」
「だから、諦められません。諦めることなんて、できません」
静かな声でした。
お義母さまと、レジーナさんがこちらを気にする様子もなく談笑していることからも、きっととても自然なほど彼女の表情は穏やかで、落ち着いた声だったからでしょう。
私も、言われた瞬間は他愛ない話をされているくらいの雰囲気でしたもの。
「……貴女が、嫌いになれる人だったら、よかったのに」
「ミュリエッタさん?」
「そうしたら、あたしは正しいことをしているって思えたのに」
なにを言われているのか、言葉はわかるけれどその意味がよくわからない。
ミュリエッタさんは笑顔で、そりゃもう可愛らしい笑顔なのにその目が笑っていなくてぞっとする。
勿論、そんな雰囲気に呑まれるほど私もヒヨッコじゃないからなんてことないようにその視線を真っ向から受け止めましたけど、内心冷や汗ものでした。
そして沈黙を迎え、彼女の方からすっと視線を外したかと思うと冷め切ったお茶に手を伸ばしたミュリエッタさんが、再び顔を上げて笑顔を見せました。
「あたし、ちょっとニコラスさんを探してきますね」
「えっ、ええ……あの、では誰か人を呼びましょう。勝手に出歩くわけには参りませんから」
「いいえ、大丈夫です。この部屋を出て誰かに聞きますから」
私の言葉を切り捨てるようにして、ミュリエッタさんは空になったティーカップをテーブルに戻し、立ち上がりました。
そして軽い足取りで扉の方へ向かったかと思うと、我々に向かってとても綺麗なお辞儀をしたのです。
「きっともうすぐ、みなさんは帰ってしまわれるでしょうから。先にご挨拶だけしておこうと思って!」
朗らかな、天真爛漫なヒロインらしいその笑顔は愛らしい。
けれど、それがミュリエッタさんのものなのか、私にはわかりませんでした。
そして彼女がなぜそんなことを言ったのか、それを知っているのかとレジーナさんをちらりと見ましたがあちらでも驚いているようでした。
(いえ、確かに私たちは目的が違うのだから、当初の目的である『弔問』を済ませた以上私たちが先に帰るのは最初から決まっていた話だし……)
ミュリエッタさんはエイリップ・カリアンさまの謝罪を受けたら帰る、その目的の違いで帰りが別になることは当たり前なのです。
それは、わかっています。
わかっていますが、まるで彼女は今、こういう事態になることを知っていたかのようで、それが気持ち悪かったのです。
(まさかこれもゲームのイベントにあるとか!? いやそんなの私知らないし……待って、隠しイベントとか!?)
この世界はゲームじゃない、そう割り切ったとはいえ似通った点が多いことは現実です。
それゆえに、もしそうなら……なにが起こるのだろう、そう考えると行き着くのは一人の女性。
そう、パーバス伯爵家に縁があって、そこからバウム伯爵さまの手を借りて逃げ出すこととなった、ライラ・クレドリタス夫人です。
(いや? でも待って、ミュリエッタさんは以前、なんて言っていた?)
実母のことを誰かから聞いてショックを受けるとかなんとか、それを慰めてあげられるのは自分だけだっていうような発言をしていましたよね?
しかしそれは現実問題起きていなくて、それにゲームで考えるなら時間軸的にも彼女が学園に通っていないから当たり前なんだけど、それはアルダールが誰ともお付き合いしていない状況で……ああ、もうわからないな!?
(でも、だとしたらもしかしてミュリエッタさんはそれを強制的に起こそうとしている、とか……?)
いえ、無理でしょう。
なんせ暗躍では遙かに彼女の上を行く、ニコラスさんがいるのですから。
けれど、お義母さまじゃありませんが……私は出て行ったミュリエッタさんを、今まで以上に『危うい少女』と思わずにはいられなかったのでした。
ようやく次回から話が進むよ!
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