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それからまあ、私たちは弔問を済ませました。
さすがにその場は粛々とした雰囲気で無事にお別れを済ませることができました。
その後、お義母さまはマルム・フリガスさまにお手紙を突きつけたりそのことについて叱責されて震えたりと色々あったわけで……。
でも間にキース・レッスさまとレジーナさんが入ってくれてなんとかなったりと、まあ本当に盛りだくさんです……。
とにかく、当初の目的である弔問を、終えることができました!
(まあ、あの様子では今後パーバス伯爵家とファンディッド子爵家は没交渉になるかもしれません……やったね!)
お義母さまが震えながらも、ファンディッド子爵夫人として毅然とした態度を取って下さったのです。
それについてマルム・フリガスさまは今後謝ってきても助けてやらないといったことを言ったわけで……はい! 言質いただきました!
聞いていたのはお義母さまと私だけではなく、レジーナさんもいましたからね!
なによりキース・レッスさまという強い証言者がいるのですから、今後は没交渉でいいです。やりました。
コレは想定外でしたが、ちょっと嬉しい誤算です。
しかし問題は、まだ帰るなと足止めを食らっていることです。
(困りましたね……)
なんでもエイリップ・カリアンさまがまだお帰りにならないので、ニコラスさんたちだけでなく縁戚でミュリエッタさんに絡んだ際に関与した私たちも残るべきだっていうのがあちらの言い分なんですよね。
弔問が目的ですが、それゆえに“急ぎの用事”なんてものができたとは言えませんし……もし、キース・レッスさまがお急ぎだと言い出したら『じゃあお前たちだけ残ればいい』なんて言われるでしょう。間違いない。
それがわかっているからキース・レッスさまも苦笑しただけでこうして一緒に残って下さっているのですから、あとでお礼をしないといけません。
(なにでお礼をしたらいいのかしら、アルダールに相談できたらいいんだけど……まだ忙しいだろうしなあ)
そもそもエイリップ・カリアンさまの帰宅が遅すぎるのです。
誰もどこに行ったのかわからないってどうなのよって……ねえ。
仮にも跡継ぎになる予定の人間がそれでは困るじゃないですか。それを容認する新伯爵ってのもどんな目で見られるのかわかってないんですかね。
私たちだけならいくらでも丸め込めるでしょうが、キース・レッスさまもこちらにいるし、貴族ではないにしろ護衛騎士であるレジーナさんもいるんだから無理でしょうに。
一体なにを考えているのでしょう。
ニコラスさんはいつの間にかサロンから姿を消しているし、ミュリエッタさんは俯いたまま難しい顔をしているし。
レジーナさんは静かな顔をしているけれど、あれはキレていますね……。まだ震えるお義母さまについていてくれるので安心ですが……。
キース・レッスさまもお声を掛けて下さっているので私はただ、お義母さまの手を握るだけです。
あまり周囲でうるさくしても仕方ありませんからね!
そんな私たちの様子を、俯いていたミュリエッタさんが時々見ていました。
けれど、話しかけてくることもなく……なんとも微妙な距離感です。
(ニコラスさんはどこに行ったのかしら。不安がっている女の子を放り出して……紳士のすることじゃないわあ)
後ほど、セバスチャンさんにシメてもらうとしましょう。
なんだかんだ、今回に限っていえばミュリエッタさんも巻き込まれてしまった側ですからね……同情を禁じえません。
だからって率先して話しかけたいってわけでもないからこそ、この微妙な距離感なんですけどね。
あちらも同じような気持ちだと思います。
「ユリア嬢」
「はい」
そんなことを考えていると、キース・レッスさまに声をかけられました。
小さい声だったので同じように小さく、短く答えれば満足そうな笑顔が向けられます。
「ちょっと、私も様子を見てこようと思う。なに、ちょっと家人に話を聞いてくるだけだ、安心して待っていてくれるかな?」
「……かしこまりました」
キース・レッスさまはどうやらこの状況をやはりおかしいと思っておられるようです。でもご自分で動くこともないんじゃ……とは思うのですが、あまりにもおかしな行動をとるパーバス伯爵家を不審に思われたのでしょう。
その不審に思うのは、ニコラスさんについても含まれているかなと思います。
これも! セバスチャンさんに!
あとで言っておきたいと思います!!
(……という冗談はまあ置いておくとして。半分は本気だけど)
ニコラスさんもお役目があるでしょうからね。王太子殿下のお考えなんて私みたいな凡人にはわかりませんが、そのくらいはわかっていますし……。
だからってこのまま無駄に足止めを食らうのもいやなので、キース・レッスさまに期待するしかありません。
もしかしたら、本当に出かけているだけのエイリップ・カリアンさまがお戻りになって終わるかも知れないわけですし。
とにかく、早く帰りたいというのが一番ですね……プリメラさまに心配を掛けたくないですし、お義母さまも心配ですし。
できればこの家を出てから、お話ししたいこともありますし……。
レジーナさんがいてくれるので安心ですが、あとどのくらい待ったら事態が動くのかわからないというのも不安なのです。
レジーナさんは勿論のこと、私はまだ我慢できます。
いざとなったらミュリエッタさんは強いですから一人で逃げてもらって助けを呼んできてもらうとかも可能でしょう。ただ精神面はどうかな……。
キース・レッスさまはもう……ほら、なんだかすごく強いって話ですから大丈夫です。メンタルもきっと超合金。
(そうなると、やっぱり心配なのはお義母さまよね)
今も顔色はあまりよくありませんし。
本当は少し横になることができればいいのですが……この館で部屋を借りようものならそのまま泊まっていけと言われそうでいやなんですよね。
それはお義母さまも思っていらっしゃるからこそ、大丈夫だと言ってくれているのだと思いますが。
(私にできることはなんだろう……)
「ユリア」
キース・レッスさまが出て行かれた後、私がしっかりしなくては。
そんな風に少しだけ気持ちが焦ってしまったところで、お義母さまが私の手をぎゅっと握りました。
「はい、どうかなさいましたか。お水ですか?」
「いいえ、私は大丈夫。ねえ、ユリア。お願いがあるのだけれど」
「……はい、なんでしょう」
私の手を握ったお義母さまは、ちらりと視線を私から外しました。
思わずきょとんとしてしまった私とレジーナさんに、お義母さまは弱々しく微笑み、言葉を続けます。
「私は、大丈夫よ。温かいお茶を飲んで、おとなしくしていれば落ち着くわ。貴女たちのおかげだもの、ありがとう」
「はい」
「だからね、私はいいから……あのお嬢さんにも、声をかけてあげてくれないかしら」
「えっ」
あのお嬢さん。
すなわち、この部屋においてその言葉が示す人物は一人しかいません。
そう、ミュリエッタさんです。
別段仲間はずれにしているわけではありませんが、確かに彼女は一人ですしお義母さまが気にするのも仕方ないかもしれません。
だけど、えっ、私ですか!
(これまでのこととかもあるし、向こうも話しかけられたいとは思っていないと……いやでもお義母さまの期待には応えたいし、確かにあんな女の子を一人で放っておくのも確かに良心が咎めるし……)
お義母さまが私に期待するような眼差しを向けている。
そんな目を向けられたら、引けないじゃないですか!
ええ、いいですよ。
筆頭侍女として年若い見習いから他宮の侍女にまできちんと接する技術を身につけた私です、やらいでか!
「わかりました、お義母さま。お任せ下さい」
「ありがとう、ユリア。ごめんなさいね、今の私では彼女を安心させてあげられそうになくて……あまりにも、心細そうだったから」
「いいえ」
そう、これは善意です。
あちらが断るならそれで引けばいいだけのこと!
私は内心気合いを入れて、立ち上がりました。
視界の隅で、レジーナさんがやれやれと言わんばかりの顔をしていたことは、見なかったことにしました。




