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通されたパーバス伯爵家の客間。
一応客人として遇するという発言は本当らしく、私たち全員の前に置かれた茶と茶菓子はまともなものでした。
(……しっかし、まあ……)
ファンディッド家を格下だといって笑う割に、私に言わせればパーバス伯爵家の内装だってそんな大層なものではなかったです。
いえ、勿論室内は埃一つなく、家人たちがきちんと掃除などをして行き届いているのだろうと思わせる清潔感はあります。
そしてその家人たちも決してレベルが低いとは思いませんし、人数もそれ相応にいることがこの部屋に通されるまでの様子でなんとなくわかりました。
とはいえ、じゃあなにもかもが立派で由緒正しいものに溢れた素晴らしいお宅かと問われたらそこは言葉を濁すしかないかなと言うところでしょうか。
(……まあ、ファンディッド子爵家も似たようなもんだからここでそれに言及するのはどんぐりの背比べにしかならないから、ね)
とりあえず、マルム・フリガスさまは不機嫌そうに腕を組んで我々の前に座っていますが、息子であるエイリップ・カリアンさまの姿はまだありません。
この部屋に来る間に、家人へ指示を出している姿を見ていますが……そういえばあの方、城下でミュリエッタさんに無礼を働いた後、ご実家にどう説明したのでしょう。
まあおそらくは彼の勤務先である警備隊から説明がいったんでしょうけれどね。
(となると、私のせいだとかなんとか色々言ってそうだなあ)
そう考えると私が歓迎されないのもうなずけますね!
むしろ私のせいで迷惑を被ったのだから商人との間を取り持つことで許してやるとか言われそうで、あれ、理解できません。これっぽっちも。
「それで、王太子殿下の執事が我が家に何の用件で来られたのかお聞かせ願おうか」
「おや、ご子息を待たずともよろしいのですか?」
「かまわん。当主として把握する必要があるのは、私だ」
「さようですか、では……」
どこから見ても上から目線な物言いですが、おそらく焦りから来ているのだろうと私は思いました。
ニコラスさんは相変わらずニコニコと笑顔を浮かべていますが、彼は出された茶に手を出していませんでした。
「それでは。こちらにいらっしゃるお嬢さんですが、かの『英雄』ウィナー男爵のご息女、ミュリエッタさまです」
「……ほう。あの英雄の娘か。話は聞いている」
「さ、ウィナー嬢、ご挨拶を」
「……。ミュリエッタ・フォン・ウィナーでございます」
ミュリエッタさんは無表情に、どちらかといえば嫌そうな雰囲気のまま優雅に挨拶をしてみせました。
それにしても『話は聞いている』って……息子さんの無礼の件もちゃんと聞いているはずですけれどって思うのですが、あの態度はなんなのでしょう。
たかが男爵の娘相手だからと侮っているのかなんなのか知りませんが、呆れて物が言えません。
ですが、マルム・フリガスさまも思うところはあったのでしょう。
厳しい顔をしたままではありますが息を少し吐き出して、努めて出しているとわかるくらい柔らかい声を発したのです。
「先日は息子が迷惑を掛けたと聞いた。その謝罪を求めて来たのか」
「私は、別に……!」
ミュリエッタさんは謝罪要求で来たのかと言われてむっとしたようでした。
まあ、その通りと言えばその通りですが、彼女が望んでここに来たわけではないのでストレスもあってカッとしたのかもしれません。
彼女の隣にいるニコラスさんは相変わらずニコニコしたままです。
「ああ、咎めているわけではない」
彼女の様子に唇の端をあげるようにして笑ったマルム・フリガスさまですが、いやそれただの悪役顔ですよ、全然安心できない顔ですね!
思わずそう感じて私はそれを誤魔化すようにお茶を飲みましたが、さすがに誰も口を挟むことはありませんでした。
「私が謝罪をするよりも本人にさせるべきだろう。だが、なぜ王太子殿下が?」
「ご理解が早く大変ありがたいことにございます。ウィナー嬢は優れた治癒の使い手でもありますので、ご当主の具合が悪いと耳にいたしまして、その件も併せ穏やかに解決できれば良いのではと王太子殿下のお心遣いだったのですが……残念ながら不幸の方が一足早かったようで」
「そればかりは仕方あるまい。……息子も子供ではないのでな、私の方で謝罪に行けと言わずともよいかと思っていたのだが、それが余計なご心配をお掛けしてしまったということか」
(うっわ、白々しい)
きっと私だけじゃないですよ、そう思ったの。
しかしこの白々しいやりとりをして言い逃れをしようとしているのでしょうね。ニコラスさんもキース・レッスさまも追撃をしないところを見ると、それでよしとしているってことなのでしょう。
この件に関しては私が口出しすべきではないので、お義母さまと揃ってただおとなしくしているほかありません。
(それにしても、当主として話は知っていたけど息子の自己責任だからって……あの妖怪爺にしてこの息子、そしてエイリップ・カリアンさまに繋がる見事なまでの責任転嫁の連鎖ですね)
そこは当主としてお詫び申し上げるってすっぱり言ってくれた方がまだ好感度が上がるってもんですよ。
この様子じゃあエイリップ・カリアンさまが来て謝罪するよう促され、渋々言いましたってオチでしょうか。
まあ、ないよりはマシなのでしょうけれど……。
色々な方面が丸く収まるわけですしね。
当主がやる気なしってことは記憶に残ると思いますが。
「しかし、有能な治癒師ならばウィナー男爵もさぞかし鼻が高いことだろう。それに、なかなか美しい」
「……ありがとうございます」
「寄親は定まっていないと聞くが」
「その件に関しては公爵家預かりとなっているからね、あまり詳細な話を求めてはいけないよパーバス殿」
「……そうか」
寄親に立候補でもしようと思ったのでしょうか?
さらりと間に入ったキース・レッスさまに対し目を細めるようにして睨んだマルム・フリガスさまですが、特にそれ以上言葉を重ねることはありませんでした。
私とお義母さまは空気同然ですが、別行動を取って無用な危険を招いてもいけませんのでおとなしく茶菓子を食べることにしました。
うん、このクッキー、悪くない。
しかしメッタボンが作ってくれたものの方がやっぱり美味しいなあなんてどこか現実逃避めいたことを考えていたのは許してほしいところです。
いやでもメッタボンのクッキーはすごいんですよ?
なんならクッキーでお菓子の家だって作ってくれますからね!!
まだプリメラさまがお小さい頃、なんとはなしに話したら面白がって作ってくれたことがあってですね……本当にメッタボン、有能すぎます。
あの日は楽しかったですね、壊すのがもったいないと言いながらこっそりプリメラさまとメッタボンと、セバスチャンさんも交えてクッキーの家を食べた思い出です……。
「ところでご子息は随分と遅いようですが」
「呼びに行かせたのだが、外出しているのかもしれん」
ニコラスさんの問いに、何でもないことのように答えるマルム・フリガスさま。だけれどそれはおかしな話で、ニコラスさんがとびっきりの笑顔を見せました。
「……祖父が亡くなられたというのに、直系の人間が遊びに出歩くのですか?」
「息子は先代にとても憧れていたのでな、少々気持ちが落ち込むことも多い。肉親ならば、よくわかるだろう?」
ぴくりと眉を跳ね上げたマルム・フリガスさまが水を向けたのは、お義母さまでした。
ぎくりとしたお義母さまですが、その視線から顔ごと背けるようにして、小さく頷く姿はとても痛々しいです。
「なるほど、それはあるかもしれませんね」
「なんにせよ、息子が来るまで、執事殿とウィナー嬢も我が家のお客人としてきちんと歓待させていただく。ゆるりとすごされよ」
歓迎の言葉だというのに、私にはそれが足止め成功と言われたような気がしてなりませんでした。
エイリップ・カリアンさまが外出し、戻ってこなければ……戻ってくるまで、いてくれと謝罪を盾にするのでしょうか。
(まあそっちはニコラスさんにお任せです。私とお義母さまは弔問さえ終えれば帰っていいのですからね!)
冷たいと言うことなかれ。
それはそれ、これはこれ、です!




